4 わたしは、困っている人に手を差し伸べてあげたいです
取り敢えず、隠れている相手に話しかけてみるか。
「えっと、そこの君。隠れてないで出ておいで」
できる限り優しく言ったつもりだが、明らかに動揺している気配だ。
まさか、俺に気づかれるとは思っていなかったのだろうか。
「お腹空いてるのだろう? 一緒に食べよう」
扉の向こうから『ぐう~』と可愛くお腹の虫が鳴いているのが聞こえてくる。
空腹に耐えきれなくなったのか、ようやく気配の主が恐る恐る顔を出した。
扉から顔を出したのは、リスみたいな耳と尻尾を生やした小さな女の子だった。
もっと悪ガキ的な子供かと思ったが、思いの外可愛らしくて少し驚いた。
ちなみに断っておくが、俺はロリコン趣味ではないぞ。
俺が驚いて目を丸くしていると、女の子も驚いたみたいで隠れてしまった。
その動きがなんとも言えない可愛さである。
再度断っておくが、断じて俺はロリコンではない。
「えっと、驚かせてごめんな? まさか女の子だと思わなくて、ビックリしたんだ」
「……勝手に忍び込んだのを怒りませんか?」
鈴を転がすような、とても澄んだ綺麗な声だった。
改めて少女の姿を見ると、首に金属製の首輪がはめられているのが目立つ。
恐らく相当な訳アリと見た。
だけど、ここは何ごとも無かったかのように振る舞うのが、おっさんの役目である。
「怒るなんて、とんでもない。俺は今日ここに越して来たばかりなんだ。一人で寂しいから、一緒にご飯を食べてくれないか?」
少女はしばらく考え込むが、空腹には勝てなかったらしく、恐る恐る部屋に入ってきた。
まともな生活をしていなかったのだろう。
服は薄汚れていて、あちこちボロボロだ。
年齢は小学校低学年ぐらいだろうか。大人になったら相当美人になりそうな雰囲気アリ。
「食事の前に手と顔を洗おうな。こっちへ来て」
「……分かりました。おじさん」
分かってはいたが、改めて言われるとこれは結構ショックである。
この子からすれば、俺は立派なおっさんだよな。
「えっと、俺はおじさんじゃなくて、クラタソウジ。クラタって呼んでくれ」
「わかりました。クラタのおじさん」
「う……。おじさんはいらないから、クラタでいいぞ。それで君の名前は?」
「わたしは、マナシエです」
「そうか。じゃあマナシエ、そこで顔と手を洗ったら、テーブルまで来てくれ。食事を用意しておくから」
「ありがとうございます。クラタ……さん」
マナシエが戻るのを待って、二人で向かい合って夕飯を再開する。
そこでまたもや驚いた。
てっきりマナシエは、夕飯にがっつくかと思っていたのだが、行儀よく食べているのだ。
奴隷みたいな姿だけど、ちゃんと教育を受けていた子なのだな。
「あの、わたしの顔に何か……?」
「ごめんごめん。よく食べるなと思ってな」
「その……とてもおいしかったので……」
そのまま顔を赤くしてうつむいてしまった。
恥ずかしがる姿に思わず笑みが漏れる。
こんな食卓も悪くないな。
そう思った時だった。
ドンドンドンドン!!
突然ドアが乱暴にノックされた。
その音にマナシエが怯えてしまい、慌てて俺の背後に隠れようとする。
この子、随分と怖い目に遭ってきたのだな……。
「大丈夫。俺がついてるから心配しないで」
マナシエを安心させるように声を掛け、ドアの外の様子を窺う。
俺の探知魔法によると、外にいるのは女性らしい反応だ。
いきなり襲い掛かってくる事は無いと思いたい。
「どちらさんですかね?」
「グラダざん、だじゅげで~」
どこかで聞いた事のある声だな。
そうっとドアを開けると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔になっている女神リグミナが立っていた。
この女神は一体何をやってるんだ?
「まあ、取り敢えず中に入りな」
「ありがどうございまず~」
まさか暴漢に襲われたなんて事は無いだろうが、一応周囲を魔法で探知してみたけど特に反応は無かった。
「クラタさん、その人は……?」
尋常じゃない様子に怯えつつも、気になるのかマナシエが尋ねてきた。
「えっと、なんと説明したらいいんだろう。一応知り合いかな?」
流石に俺を異世界転移させた女神だなんて、説明できる訳がない。
そんな事を考えつつ、リグミナにハンカチを手渡す。
「ありがどうございまず~」
そう言いながら、リグミナが俺のハンカチで思いっきり鼻をかんだ。
そして、そのまま鼻水まみれのハンカチを俺に返そうとしてきやがったので、リグミナにくれてやった。
「で、この状況を説明してもらおうか?」
ようやく落ち着いたみたいなので、リグミナを問いただす。
その間にも、マナシエがお茶の用意をしてくれている。
まるで、勝手知ったるなんとやらだ。
「……お恥ずかしながら、免停になってしまいました」
「免停?」
「はい。クラタさんの異世界転移の手数料を勝手に七割にしたのがバレて、女神の資格を停止処分されてしまいました。てへ☆」
てへ。じゃないよ、このやろう。
というか、普通に自業自得じゃないかよ。
「なので、クラタさんがこちらで天寿を全うするまで、女神として復帰できなくなりました」
「はー、そりゃ大変だな」
ぶっちゃけ、俺にとってはどうでもいい。
だが、リグミナの様子がなにやら変である。
「お願いだから、今すぐ死んでください!」
突然リグミナが隠し持っていた木の棒を振りかざして襲ってきた。
「クラタさん!?」
マナシエが叫ぶが、俺は悠然とリグミナの腕を掴む。
俺は一応そこそこのレベルみたいだし、こんなへっぴり腰のヘロヘロな攻撃にやられる訳がない。
「お前さ、本気で俺をやる気なの?」
いきなり命を狙って来るなんて、冗談にしては笑えない。
「なあ? 聞いてるのか?」
「びえええ~~~~ん!! ごめんなざ~~~~~い!!」
少し凄んだら大泣きされてしまった。これじゃ俺の方が悪人じゃないか。
状況が飲み込めないマナシエも、困った顔でオロオロしている。
「家に帰れないし、力もほとんど使えなくて、どうしたらいいのか分からないんですぅ~~~!!」
「だからって、俺を殺そうとしたのか?」
呆れて物が言えないって、こういう事なんだろうな。
リグミナは泣きながら謝っているが、どうしたものだろうな。
「クラタさん、この人を許してあげられませんか?」
「マナシエ。こいつは俺を殺そうとしたんだよ?」
「でも、こんなに泣いて謝っているじゃないですか。わたしは、困っている人に手を差し伸べてあげたいです」
マナシエの言葉にリグミナの表情がパッと明るくなる。現金な奴だな。
こんな小さな子にかばわれやがって、恥を知れ。
「マナシエ、君はお人好し過ぎるよ。大方、それで騙されたりもしたのだろう?」
「そ、それは……。でも、クラタさんだって、わたしに手を差し伸べてくださったじゃないですか」
それを言われたら何も言い返せなくなった。
それに、ミユの事も無償で助けてしまったのを思い出した。
きっとこの子は、おっさんの俺より、よっぽど大人なのかもな。
澄んだ眼差しで見つめられていると、無性に自分の狭量さに恥ずかしくなってきた。
「あー、分かったよ! リグミナ、お前はどうせ行く当ても無いんだろ? だったら、しばらくここにいていいから──」
「ありがどうございまず~グラダざん~。ケモ耳少女もありがど~!」
言い終わらないうちに涙と鼻水まみれのリグミナが抱きついてきた。
本来なら年頃の女の子に抱きつかれて嬉しい物だが、こうグチャグチャになっていたら、色気もへったくれも無い。
って、鼻水だらけの顔で頬ずりしてくんな!!
そんなこんなで、リグミナが落ち着くまで夕飯を待つ事にした。
しかし、事もあろうか奴は風呂に入りたいとかぬかしやがる。
まあ、年頃の娘さんには汚れた姿は耐え難いのだろう。
「えっと、お風呂はこちらです……」
またもや教えてないのに、マナシエが風呂場に案内している。
「ねえねえ、マナシエちゃんもお姉ちゃんと一緒に入ろ?」
「え……!?」
そうだな。実はマナシエも汚れていたので、気になっていたのだ。
リグミナに洗ってもらえば丁度いい。
ただ、二人の着替えが無いのでどうしようかと思ったら、マナシエが二階から着替えを持ってきた。
こやつ、俺よりこの家の事を熟知しているな。
というか、そんな着替えが残ってるなんて、前の住人は夜逃げでもしたのだろうか。
家具や食器類も残ってるし。
ちなみに風呂だが、魔石を利用して湯を循環して温めるタイプだ。
一軒家の風呂付き物件なんて、かなりの贅沢らしい。
風呂に入ってサッパリした二人を待って夕食を再開した。
もちろん、リグミナの分も用意してやる。
「さあ、遠慮しないで食べてくれ。まだ沢山あるからな」
本当に余分に用意しておいて良かったよ。
「うう、クラタさん、命の恩人ですぅ~」
現金なリグミナの様子を見て、マナシエがにっこり笑う。
つられてリグミナも微笑んだ。
その笑顔を見てふと思う。
こんな風に誰かと一緒に食事をする生活もやっぱりいいなと。
「ああそうだ。リグミナ、ここに住むなら食費ぐらいは自分で稼げよ」
「そ、そんなぁ~」
「マナシエは子供だから気にしなくていいからな」
「え? わたしもここに住んでいいのですか!?」
「君さえ良ければね」
「ありがとうございます! クラタさん」
「なんか私と態度が違うんだけど!?」
「リグミナは迷惑かけたから、文句言うな」
「ひどい!!」
そんなこんなで、俺の異世界生活は始まったばかりだ。
これからきっと訪れる色々な出会いに胸を膨らませて、まずはこの夕飯を楽しむとするとしよう。
取り敢えず、ここで一区切りです。
短編版は色々と修正したい部分が山ほどありましたので、一応は満足です。
今後ですが、ネタはあるけど他作品の投稿もあるので、ゆっくりめの投稿となる予定です。