33 お世辞なんて言われても何も出ませんよ!
いきなりルネイアナがセービルの町に転勤するとか言ってるのだが、意味が分からん。
「おいおい、ちょっと待ってくれ。そんな簡単に即日転勤とか可能なのか?」
ここは異世界だから、前の世界での常識が通じないのは重々承知しているが、流石に業務の引継ぎもろくにしてないだろう。
「ほら、そこはチョチョイと書類を改ざんして~」
「お前なあ、それ犯罪だぞ……」
思わず呆れ果ててしまっていたら、ルネイアナが慌てて訂正する。
「うそうそ! 冗談だってば~。あのね、元から異動願いは出してたのよ~」
「それはどういう事にゃ? ルネイアナは元からここのギルドを辞めるつもりだったにゃ?」
ミユが不思議そうに尋ねると、ルネイアナは少し寂しげに微笑んだ。
「ほら、私って魔族だから同じ場所にずっと住めないのよ。寿命も普通の人間よりも長いし、見た目も老けないし。なので、いつかは正体がバレちゃうんじゃないかって。だから、定期的に住む場所を変えるって訳」
「ルネイアナも苦労してるんだにゃ……」
「そうなの~。だから、ミユちゃん慰めて~」
「うにゃあ! いきなり抱きつくのは反則だにゃ~!」
ミユさんや、俺にいきなり抱きついてくる君がそれを言うのかな?
それはそうと、美女と美少女がじゃれ合う光景は尊い。
こんな事を考える俺はおっさんか。
……って、普通におっさんなんだよな。
「おとうさん、ニヤニヤしていて気持ち悪いですよ?」
「うおう! エーシャはいつからそこにいたんだ!?」
いきなり脇から話し掛けられて本気でびっくりした。
まったく、心臓に悪い。
「ふん。エーシャよ、男という生き物は異性を前にすると、総じてこんなケダモノになるぞ」
ドラゴンのガイラさんまで一緒なのかよ。
出会ったばかりだけど、この人苦手なんだよな。
しかし、いきなりケダモノ扱いは流石に酷過ぎると思うのだが。
「むむ。お主、我が邪魔と思っただろう?」
「いや、そこまでは思ってませんよ」
「そこまでは、という事は心の奥底では邪魔と思っているのだろう?」
うわあ、意外とガイラさんって、面倒なタイプだ……。
「やっぱり、我の事を面倒だと思ったな!? 人間風情が! ここで叩き潰してくれようぞ!!」
いきなり騒ぎだすので周囲から注目を浴びてしまう。
頼みのエーシャは、ミユとルネイアナと話し込んでて、こっちは無視かい。
姉の面倒くらい、きちんと責任持って見てくれよな。
「面倒って自覚があるなら、少し大人しくしてくれませんかね? ここで目立つのも得策じゃないでしょう? 騒ぎになったらエーシャにも迷惑が掛かりますよ?」
「ぐぬぬ。悔しいが、お主の言う通りのようだな……」
周囲の視線に気づいてくれて、なによりである。
そして、なんとなくガイラさんとの接し方が分かってきた。
「それで、お二人でここに来たって事は、宿が取れたのですね?」
「ああそうだ。エーシャのやつめ、奮発して広い宿を取ったぞ!」
「それは助かります」
「そうだろう。そうだろう。我をもっと褒め称えるが良い」
なんか偉そうにしてるけど、宿を取ったのはエーシャだろうよ。
「お主、我の事を役立たずと思ったな!?」
「思ってませんって!」
腐ってもドラゴン。妙に勘が鋭い。
そして、被害妄想も激しい。
「やっぱり思ったな!?」
「思ってませんって!」
ああもう、面倒だ……って考えたらマズいんだよな。
適当に話題を変えよう。
「それはそうと、あの二人はどうしてます?」
「二人? ああ、ヴァネリーとギルデオの事か。宿の部屋で大人しくしてるように言いつけてあるから心配無用だ」
あの二人、そんな名前だったんだな。
訳アリの二人を連れて帰るのは不安だが、見捨てるのも後味が悪い。
エーシャに任せっぱなしも悪いので、地元に戻ったらアルジットにも相談してみるか。
まともな奴隷商だし、訳アリの人間の対応にも慣れていそうだ。
そんな事を考えていると、エーシャがニヤニヤしながら俺の方を見ていた。
「うふふ。おとうさんと姉さんは、すっかり仲良しですね」
「……仲良しに見えるか?」
「ふん、我は人間と慣れ合うつもりは毛頭無いぞ」
いや、普通に慣れ合ってたよな?
「お主、我の事を馬鹿にしたな!?」
「してませんって!」
「ほら、すっかり仲良しさんですね」
まったく、エーシャもいい性格してるよ。
溜息を吐きながら、宿に向かう事にした。
エーシャが取ってくれた宿は、前日とは大違いの高級宿であった。
煌びやかなシャンデリアが吊り下がるエントランスホールに入るなり、支配人や従業員達が笑顔で出迎えてくれる。
ここは貴族御用達のホテルじゃないのか?
俺達が泊まるには、激しく場違いな気がしてきたぞ。
ルネイアナはともかく、ミユはポカンと口を開けたまま固まってしまっている。
流石に宿代が恐ろしい事になるんじゃないかと、容易に想像できるのだが……。
「エーシャ、宿代はどうするんだ? 払えと言われても、俺の手持ちで足りるか分からないぞ?」
「ご心配なく。姉さんがくれた竜の鱗を売却して懐が暖かくなりましたので、全て私の方で負担させていただきますよ」
なんですと。
思わずガイラさんの方を見ると、自慢げにふんぞり返っている。
「ふん、あんなのは頭をかいた時に落ちるフケみたいなものだ。好きに使え」
竜の鱗をフケと同じに扱うのはどうかと思いますよ、ガイラさん。
それぞれ個室に案内されたのだが、何故か部屋によそ行きの服が用意されている。
案内してくれた従業員……こういう場所では、コンシェルジュっていうんだっけか。
その人に尋ねてみると、『お食事はドレスコードがありますので』との事であった。
どんだけ高級なホテルなのかね。
色々教えてくれたお礼にチップを渡そうとしたら、不要だと言うじゃないか。
おかげで恥をかいたよ。中途半端に格好をつけるものではない。
室内風呂で入浴を済ませ、用意されたフォーマルなスーツに着替えると、それっぽく見えるから不思議だ。
迎えに来たコンシェルジュに案内されて食事会場に入ると、ちょっとしたパーティーが開けそうな広間で、テーブルには色とりどりな料理が並んでいた。
エーシャのやつ、流石に奮発し過ぎだろ!?
「うふふ。驚きましたか? 姉さんと久々に再会したお祝いの席でもあるのですよ」
流石に呆れて言葉も出ない。
しかし、きちんと着飾るとエーシャも良家のご令嬢に見えてくるから不思議だよな。
「ところで、エーシャのドレス姿は意外と似合ってるな」
「い、いきなり何を言い出すのですか!? お世辞なんて言われても何も出ませんよ!」
「別にお世辞でもなんでも無いのだが……」
薄いグリーンのカクテルドレスがよく似合っている。
見た目が整っているのだから、社交界では男どもから引っ張りだこになるレベルだと思うぞ。
「そういう事は、ミユさんに言ってあげてくださいね」
そのミユは薄いブルーの膝丈のドレス姿が若々しくて健康的だ。
色気を語るには、まだ少し早いと思われるが。
「えっと、クラタん。アタシ……似合ってる……かにゃ?」
そんな風に、恥ずかしそうに上目遣いで見つめてくるのは反則だぞ。
「ああ、とても似合ってるぞ」
「良かったにゃ!」
ミユさんや、せっかくのドレスなのだから飛び跳ねないようにな。
「じゃあじゃあ、私のは? ソウ君の好み~?」
ミユに続いて現れたルネイアナは、藍色のドレスでスカート丈がかなり短い。
色々な意味で反則である。
「ルネイアナも似合ってるぞ」
「うわ~誉められちゃった~!」
おっさんに誉められて、そんなに喜ぶものかね。
前の世界では、おっさんが女子の外見を誉めただけでセクハラ認定だぞ。
喜んでいるミユとルネイアナを見守っていると、突き刺すような殺気を背後から感じた。
「ふん、小娘相手に鼻の下を伸ばしているとは、所詮はケダモノだな」
相変わらず失礼なドラゴンさんは、漆黒のイブニングドレスであった。
露出こそ少ないものの、ボディラインがしっかり出るタイプのドレスだ。
これは相当にスタイルに自信が無いと着られないぞ……。
まあ、ここは素直に誉めておくのもマナーだよな。
「ガイラさんは流石の色気ですね。思わず見惚れてしまいますよ」
「なっ、何を当たり前の事を言うのだ!?」
思いっきり挙動不審になっておりますな。
見惚れるのはお世辞だが、色気は本当だ。伊達に長生きしてる訳では無さそうである。
「……おとうさん、あまり姉さんをその気にさせない方がいいですよ」
いきなりエーシャがジト目で睨んできた。
「不穏な事を言わないでくれないかな? エーシャ」
「ああ見えて、姉さんって異性に免疫が無いのですよ。いきなり乙女心を刺激したら、どうなるか分かりません」
ああ、こじらせ系だったのか……。
「まあ、社交辞令って事にしておいてくれないかな」
「若干手遅れにも見えますけどね」
そのガイラさんは、ニコニコしながらミユとルネイアナとじゃれ合っている。
誉められたのが、よっぽど嬉しかったらしい。
ふと部屋の隅の方を見ると、ナマクラ君の仲間の二人が不安そうにしていた。
二人とも着飾ってはいるが、どうして自分達がここにいるのだろうって顔だ。
俺も同じ立場だったら、絶対に同じ顔をしてるだろうな。
「流石にあの二人を仲間外れにするのも、どうかと思いましてね」
エーシャの親切心が逆に二人を追い込んでそうでもある。
そんなこんなで席に着くのだが、高級な食事に慣れてないので緊張する。
前の世界で上司に連れて行ってもらった高級店で食事した事はあるが、その程度だ。
俺がそうなのだから、ミユなんてガチガチに固まってしまっている。
「エーシャ、ミユの事を少し考えてやれよ」
「大丈夫ですよ。ほら、見てください」
ミユの方に目を向けると、さりげなくルネイアナがミユをフォローしていた。
あいつ、意外に世話好きなんだな。
ナマクラ君の仲間の二人は普通に食べてるので、こういった席にも慣れている様子。
でも、なんか泣いている。余程美味しかったのだろうか。
雰囲気的には、最後の晩餐って感じもしなくもないが。
一方、ドラゴンのガイラさんは論外だ。
骨付き肉を手掴みで食べてるものだから、マナーもへったくれもない。
見た目は美女が豪快に食べる姿は絵になるけど……。
「エーシャ、お前の姉さんはアレでいいのか?」
「おとうさん、時代は多様性ですよ。気にしたらいけません」
物は言いようだ。
スタッフも心得ているのか、気にする様子はない。
そんなこんなで、そろそろデザート待ちになった頃。
気になっていた事をエーシャに尋ねてみた。
「ところで話が変わるけど、エーシャの親父さんって凄い人なんだな」
「突然どうしたのですか?」
「ガイラさんが娘なら、ドラゴンが奥さんなのだろう? ドラゴンを嫁にするなんて、そんなの色々な意味で勇者じゃないか」
「ああ、言ってませんでしたね。姉さんは養子なので、父とは血が繋がってないのですよ」
「……これはまた複雑な家庭事情だな」
「ええ。色々複雑なのです。もっとも、父の事ですから、どこかで本当にドラゴンの奥さんがいて子を授かっているのかもしれませんけど」
「ほほう、二人して我の噂話をしているのか?」
噂をすればなんとやら。
まさか、養子だと聞きましたと言える訳も無いし、ここは適当に誤魔化しておこう。
「ガイラさんが素敵な女性だって話をしていたのですよ」
「なんと!? ま、まあ、そんな当たり前の事で誉められても、何も出ないけどな。……ところで、この金剛石をお主にやろう。なに、たまたま余っていた物だ。気にするな」
何も出ないと言った割には、大粒のカットダイヤをくれたのだが。
そして、そのまま機嫌良さそうにミユ達のところへ行ってしまった。
こんなの貰ってしまって、どうしよう……。
「おとうさん、今の誤魔化し方はちょっと最低ですよ」
「それは自分でも少し思った。なあ、後でこのダイヤを返しておいてくれないかな?」
「嫌ですよ。そんな事したら、姉さんが怒り狂いそうですし」
ガイラさんが想像以上にチョロくて心配になってきた。
「私の方こそ話が変わりますけど、このホテルにはナマクラさんも宿泊してるのですよ」
「その情報って、今必要なのか?」
「特にないと思いますよ」
「じゃあ、なんで……」
「私達が賑やかに食事している一方で、彼が一人で寂しく食事をしていると考えたら、楽しくないですか?」
一番最低なのは、エーシャだと思った俺であった。




