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3 いきなり初日から大丈夫ですか?

「あ、そうだ。ここに来る途中でスライムを狩って魔石を手に入れたのだけど、買い取りとかやってもらえます?」


 アイニと名乗った受付嬢に早速尋ねてみる。


「流石は元冒険者の方ですね。拝見させてください」


 受付カウンターに先程のスライムから回収した魔石を並べると、アイニの表情が怪訝なものに変わった。


「……これ、本当にスライムから回収したのですか? もっと中級の魔獣ではありませんか?」


「いえ。普通にスライムでしたけど?」


「そういえば、ドロップ品の価値向上スキルをお持ちでしたね。私も実際こんなスキルを持った方に会うのは初めてでして……」


 おお、異世界モノらしく俺にもチートスキルがあるじゃないか!


「今更ですけど、そのスキルはあまり他言しない方がいいですよ。クラタさんを利用とする人が大勢出てきます」


 アイニが周囲を警戒するように忠告してくれた。

 確かにそんなスキルを強欲な奴に知られたら面倒になるな。

 ここはパーティーを組まずにソロの冒険者として活動するか。

 ついでに先程採取した薬草も買い取ってもらう。

 こちらも品質がいいと褒められた。


「早速ですけど、既に二件の依頼達成という事でEランクに昇格ですね。初日にランクアップする方も中々いませんよ」


 アイニが俺に尊敬の眼差しを向けてくるのだが、周囲の冒険者達が俺に向ける視線に殺気がこもってる。

 もしかして、彼女はギルドのアイドル的存在なのか?

 確かに可愛いけど、俺が狙っていい年齢じゃないでしょ。

 そんな状況の中、大声で俺を呼ぶ人物が現れた。



「クラタさーーーん! 登録終わりましたかにゃーーー!?」


 猫耳っ子のミユである。

 彼女は満面の笑みで俺のところへやってくると、いきなり俺の腕を取った。

 他意は無いと思いたいけど、状況が益々ややこしくなった気がする。


「クラタさん、ご飯食べに行こうにゃ! 今日は助けていただいたお礼に、アタシが色々サービスするにゃ!」


 悪意が無いだけに余計に質が悪いってやつだ。

 アイニの表情は引きつってるし、周囲の冒険者の殺気が一段と高まっていく。


「これは犯罪だろう」


「あれはパパ活ってやつだな。俺は詳しいんだ」


「立場の弱い獣人の子を手籠めにしやがって……」


「あの男、きっとロリコンだわ!」


 完全に犯罪者扱いでございます。

 仕方がない。

 ここで俺の立ち位置ってのを若造達に見せつけておかないとな!



「ええっと、本日この町にやってきたクラタソウジと申します。ご挨拶代わりに今日の飲食代は俺のおごりです! 自由にやっちゃってください!」


 先程の魔石と薬草の売上げが吹っ飛ぶけど、このまま犯罪者扱いされたらかなわないからな。

 それに余所者なので、早く馴染まないと。


「おお、話の分かるおっちゃんだな!!」


「ウェーイ!! 今日は飲むぜ!!」


「獣人の俺達にもおごってくれるのか!?」


「ロリコンじゃなくて、素敵なおじさまだわ!」


 そんな訳で、効果てきめんであった。

 こういうのはちょっとした切っ掛けだよな。


「うわあ、クラタさん太っ腹ですにゃー!!」


 ミユが一番喜んでくれたみたいだ。

 そんな彼女を生暖かく見守っていると、アイニがやってきた。


「いきなり初日から大丈夫ですか? えっと、こちらとしては売上げ的に嬉しいのですが……」


「ああ、今日だけですから。それにまた稼げばいいんですし」


 頑張れば、頑張っただけ稼げるのだ。


「他のギルド職員さん達にもどうぞと伝えてください。仕事にならなくなっちゃうでしょうけど」


「ありがとうございます。今日はギルドも店じまいですね」


 アイニはくすりと笑うと、同僚達のところへ向かった。


 そんなこんなで、気づけばすっかり夜更けになってしまった。

 そして、途方に暮れてしまう。

 今日中に住まいを探しておきたかったのに、これじゃどうしようもない。

 しかも、こんな時間じゃ宿屋も空いているかどうか。


 どうでもいいけど、俺に寄りかかるようにして寝息を立てているミユは、どうにかならんのか。

 いくらなんでも、この子は無防備すぎるだろうよ。



「クラタさん、今夜の宿の予定は決まっているのですか?」


 他の職員達と後片付けに奔走していたアイニが尋ねてくる。


「いいや、決め損ねてしまってね。なので、途方に暮れています」


 そもそもだけど、ミユはどこで寝泊りしてるのだろう。

 こいつの面倒も見なくちゃならないとか、俺は嫌だぞ。


「でしたら、ギルドの宿泊所に泊まりませんか? 今日はお代はいただきませんので」


「それは助かる! あ、こいつどうしよう?」


 流石にミユを放置はできない。

 こいつの事だから、下手したら朝までここで寝ていそうだ。


「それなら、職員寮の私の部屋に泊まってもらいますよ」


「いいのか? 迷惑にならない?」


 なんかすっかり保護者の気分である。


「ええ。同世代の女の子と一緒に夜更かししながら、お話しとかしたいですし」


 天使みたいに微笑む子だなー。

 天使なんて見た事ないけど。


「助かるよ。おい、いい加減に起きろよ!」


「う~ん、これ以上食べられないにゃ~」


 完璧に寝ぼけている。


「後は私に任せてください」


「そうか? 悪いね」


「いいえ。それではまた明日。お休みなさい」


「ああ、お休み」



 こうして俺はギルド内に併設されている宿泊所に泊まる事になった。

 ちなみに風呂はなく、サウナが設置されている。

 せっかくだから、利用させてもらいますか。


 男用サウナに入ると、先客がチラホラと。

 そして何故かみんなガタイが良い。

 なんか場違いな気がするので、端っこの方へ座ると、何故か俺の隣に座ってくる奴がいる。

 細身のイケメンっぽい青年だ。


「おじさん、いい身体してるね……」


「そ、そうか?」


「ここ、とても引き締まってるね……」


 そう言いながら、俺の胸の辺りを撫でまわしてくる。

 これはヤバい。俺はそこまでの上級者ではないぞ。

 異世界まできて流石にこれは勘弁してほしい。


 そのまま逃げ出すようにサウナを後にする。

 これはさっさと自分の家を探さないと駄目だ。

 俺はそう心に誓った。




 翌日。

 ギルド内で朝食を食べているのだが、朝っぱらからミユがやかましい。


「クラタん、今日はどうするにゃ? 魔獣討伐? 薬草採取?」


 こいつ猫じゃなくて犬なんじゃないの?

 そう思うぐらいに懐かれてしまった。

 俺は飼い主じゃないからなー。

 それはそうと、俺の名はクラタんじゃないぞ。


「はいはい。ミユは自分の仕事をしなさいな。俺は他にする事があるから」


「えー、少しぐらいいいじゃん。クラタんのケチー」


 こいつは子供か。

 って、俺からすれば子供みたいな年齢なんだよな。

 きっと甘えたいのだろう。


「ミユさん、クラタさんが困っていますよ」


 そこへアイニがやってきた。

 どうやら、彼女も朝食をここで食べるみたいだ。


「え~、アイニもクラタんとお話ししたいって言ってたにゃ」


「ちょ、ミユさん!?」


 なんかよく分からんが、昨晩は二人で話が盛り上がったのだろう。

 俺は早いところ、自分の家を見つけねば。


「悪いけど、俺は物件探しをするんだ」


「物件探しにゃ?」


「クラタさん、この町にお住まいになられるのですか?」


「ああ、ここに腰を落ち着かせようと思ってね」


 別に冒険者として世界を回りたい訳じゃない。

 あくまでも、ゆっくりのんびり生活したいのだ。


「だったら、クラタんの家に遊びに行くにゃ!」


「ちょっと、ミユさん!? 女の子一人で男性の家にお邪魔するなんて……」


「じゃあ、アイニもアタシと一緒に行くにゃ」


「それなら……構わないです」


 なんでそんな嬉しそうな顔をするのかな。


 そんなこんなで、アイニから教えてもらった不動産屋に向かう事にする。

 ミユもついて来たがったが、遠慮してもらう。


 今日の目標としては、最低でも寝床を確保せねばなるまい。

 ギルドの宿泊所にいたら、色々な意味で身の危険を感じる。

 当分は宿暮らしでもいいけど、生活費も大事だ。

 そもそも、俺は異世界でスローライフをするつもりなので、早く自分だけの家を見つけたい。


 食料や雑貨等を買いつつ、教えてもらった不動産屋に到着。

 異世界にも不動産屋ってあるんだなー。



「えっと、ごめんくださーい」


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは、普通のおっさんだった。

 俺もおっさんだけど。


「あのう、家を探してるんですけど……」


「紹介状をお持ちですか?」


 おっと、アイニから紹介状を書いてもらったんだった。


「これですけど……」


「拝見させていただきます。これはアイニ嬢からの紹介ですか。……それで、どのような物件をお探しでしょう?」


 おっさんの態度が少し変わった気がする。

 紹介状の威力は凄いな。


「ええっと、町から少し離れていて、そこそこ広くて──」


 つらつらと条件ばかり言ってしまったが、そんな破格の条件の家なんて無いよなー。

 そもそも町の外って時点でアウトだよな。



「ああ、丁度良い物件がありますね」


 あったよ!

 しかも予算内だし!

 訳アリ物件な気もしなくもないが、一度確認しておこう。


 不動産屋に案内された先に一軒家が建っていた。

 町の外壁門から、徒歩五分といったところだろうか。

 思ったより傷みはないし、最近まで住人がいたようにも感じられる。



「ここが新たな我が家か……。うん、悪くないな!」


「内見しますか?」


「お願いします!」


 本当はそのまま即決してもいいと思ったけど、一応は確認しておかないとな。

 ガチで事故物件だったら嫌だし。


 中に入ると、流石に少々傷みはあるものの、俺一人なら十分すぎる広さである。

 特に嫌な感じもしない。その上、最低限の家具まで残っている。

 他に俺の要望に合う物件は無いらしいので、ここに決めてしまっても良いだろう。



「今日決めていただいたら、このまま入居されても結構ですよ」


 なんですと。

 それは好都合である。


「じゃあ、お願いします」


 我ながら、とんでもない買い物を即決してしまった。

 前の世界から持ち込んだ資産も、これでかなり消えた。

 これは本格的に冒険者として、働かないといかんな。


 って、俺は冒険者を頑張るつもりは無くてスローライフがしたいんだけど!!

 まあ、生活がある程度落ち着くまでの辛抱である。


 まずは家の中の清掃といきますかい。

 全ての窓を開け放ち、空気の入れ替えをする。

 埃が積もった床も奇麗に拭かないとな。


 ……ん? なんだこれ。

 よく見ると、埃が積もった床に明らかに新しい足跡が残っているのだ。

 先程の不動産屋の足跡かと思ったが、小さすぎる。

 それに子供の裸足の足跡みたいだ。近所の子供のイタズラだろうか。

 見つけたら叱らないとな。不法侵入されたら堪らん。


 そんなこんなで、家の掃除もあらかた終えると、既に夕暮れ時になっていた。

 今から町へ行って食材を買うのも外食も面倒だ。

 ここへ来る途中で買い込んでいたテイクアウトの料理をアイテム袋から取り出す。

 料理が暖かいままなので、ちょっと感動した。

 やっぱり便利だよな、アイテム袋って。

 アイテム袋を支給されなかった転生者とか悲惨だよなー。


 少し余分に買っておいて正解だったな。

 これなら明日の朝の分も余裕で大丈夫そうだ。

 野菜と肉を挟んだパンやスープ等を並べて、ささやかな晩餐を楽しもう。


 しかし、記念すべき我が家を手に入れた初日から、一人ってのも寂しく感じてしまうな。

 昨日はあれだけ賑やかだったので、余計にそう感じる。

 今日ぐらいは宿屋に泊まれば良かったかな?

 まあ、前の世界ではいつも一人だったんだし、今更誰かと食事したいとか思っても贅沢か。


「それじゃ、いただきます!」


 魔力ランプの明かりが灯る中、惣菜パンにかぶりつく。

 これ結構美味しいな。実に俺好みの味つけである。

 なので、軽く平らげてしまった。

 もう一つ食べようかと手を伸ばすと、どこからか視線を感じる。


 ……お約束の幽霊とかじゃないよな?


 冒険者登録時にアイニに教えてもらったのだが、俺は簡単な探知魔法が使えるらしい。

 意識を集中して屋内の気配を探す。

 どうやら気配の主は、すぐそこの扉の奥に隠れているみたいだ。

 よく見たら、少し開いている扉の隙間からこちらを覗いてる姿が見えるじゃないか。

 探知魔法で確認した限りでは子供のようだ。

 もしかしたら、先程の足跡の主だろうか。


 どうするかな。

 このまま放置はできないよな。ここはもう俺の家だし。

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