29 その名は、とうの昔に捨てたんだから!!
あれはマズい。非常にマズい。
俺達は如何にも『中に大ボスがいますよ』という感じの部屋の扉を開けて、部屋の中に踏み込んだのだが、いきなりドラゴンが待ち構えていたのだ。
そのドラゴンだが、巨体なのは勿論である。
ただ、俺が想像していた姿とはかなり違っていた。
俺は巨大な翼を持つ一般的なドラゴンだと思っていたのだが、目の前にいるのは羽が無く太い四肢を持ち、全身を岩肌のような鱗で覆ったドラゴンである。
なんとなく巨大なトカゲというべきか……。
「あれって、地竜じゃないかなー? それで、どうするの?」
ルネイアナが、関わりたく無さそうな表情で尋ねてくる。
俺だって、あんなのと関わりたくない。
しかし、ナマクラ君ご一行がドラゴンにちょっかいを出そうとしているのだ。
それを伝え、どうにか穏便に事を済ますようにお願いするのが、俺達の目的なのである。
ドラゴンを怒らせたら、最低でも中央の町は壊滅してしまうので、なんとしてでも、それを阻止しないと……。
「あれがドラゴン……」
ミユさんや、俺が言った事をちゃんと守ってくれよな。
いきなり飛び掛かったら、色んな意味で洒落にならないぞ。
(懲りない輩だな、小さき者どもよ。せっかく我が与えた機会を無駄にするつもりか?)
突然、頭の中に言葉が響いてきた。
これは念話か!?
言葉が通じるってのは、本当だったんだな。
(我は、とある者に会いに来ただけなのだが、その我を打ち取って手柄を上げたいのか? それとも、我の財宝が望みなのか? 返答次第によっては、生きて返さぬぞ)
あ、これ本当に駄目なやつだ。
絶対に勝てる気がしない。
ドラゴンに睨まれただけで、完全に射すくめられて手も足も動かせない。
俺の隣では、ミユもルネイアナも固まってしまっている。
その状況の中、エーシャがドラゴンに向って進み出た。
とんでもない胆力である。俺には到底真似できない。
そして、ドラゴンに向けてとんでもない一言を言い放った。
「やっぱり姉さんでしたか」
……なんですと。
(おお、やはり来てくれのか。久しいなエーシャよ。元気そうだな)
「いえいえ。姉さんもお元気そうで、なによりです」
なんか普通に挨拶してるのだが……。
それはそうと、姉って事は、あのドラゴンは雌なのか?
というか、それ以前にドラゴンと姉妹ってどういう事だ?
疑問しか出てこない。
隣でミユもしきりに首をかしげてるばかりだ。
「あの~、お取込み中悪いんだけどさ~。コレってどういう状況?」
ルネイアナがエーシャとドラゴンの会話に割り込む。
こいつも結構凄いよな。
そんな恐ろしい真似、俺にはできないぞ……。
「おっと、再会に夢中で皆さんの事を忘れていました。彼女は姉のガイラです。またの名を魔岩竜──」
(待てい! その名で呼ぶな!!)
なんか急にドラゴンが慌てだしたな。
「ええ? どうしてですか? 魔岩竜ガイラデック、いい名前じゃないですか。少なくとも、私はかっこいいと思いますよ?」
「やめて! 本当にやめて! その名は、とうの昔に捨てたんだから!!」
今度は普通に喋りながら、ドラゴンが急激に縮まって人の姿になった。
お約束の人化である。
散々アニメや漫画等で見てきた展開なので、俺は驚かないがミユとルネイアナは呆気に取られている。
そのドラゴンが変化したのは、二十歳前後ぐらいの茶褐色の髪の長い女性で、爬虫類のような瞳孔の瞳を除けば、どう見ても普通の人間である。
ドラゴン娘のお約束の角や尻尾も無い。
「自ら『二つ名』を捨てるなんて勿体ないですよう。私の母も、昔は『紫電の咆哮』って名乗ってた事があったそうですよ」
「そういう中二病は卒業したから! 蒸し返さないでくれ!!」
ドラゴンさんも、そういった事を恥ずかしがるお年頃なのですね。
なんか一気に脱力した。
……って、当初の目的を忘れるところだった。
「あのう、再びお取込み中に申し訳ないのですが……」
「なんだ人間?」
ドラゴンさんが睨みつけてくる。
人の姿でも凄まじい眼力で、思わずたじろいでしまうぐらいだ。
「えっと、この後に冒険者というか、ハンター達があなたを狙いに来る予定なのですけど、どうか穏便に追い払ってもらったりする事はできないでしょうか……?」
いくら可愛らしい姿をしていても、ドラゴンである。
俺の事なんか、取るに足らない存在なのであろう。
だが、ここで暴れられるのは勘弁してほしい。
「……ふむ、そうだな。妹の顔を見るという我の目的は既に果たされた。余興に人間と遊んでやるのも吝かではない。その無謀な輩を相手してやるか」
可愛い顔をして恐ろしい事を言うって、こんな感じなのだろうか。
絶対に外見に騙されてはいけないタイプだ。
「はいはーい! だったら、アタシと戦ってほしいにゃ!」
ちょいと、ミユさん!?
いきなり何を言い出すのかな!?
流石のルネイアナもドン引きしてるぞ!
「ほほう、威勢のいい小娘ではないか。好きに掛かってくるがよい。ハンデとして、人の姿で戦ってやるぞ?」
「うにゃー!」
なめられたと思ったのか、ミユは考えなしで突っ込んでいってしまった。
「食らうにゃ! アタシの威力三千倍パンチ!!」
ミユさんや、その三千倍はどこから出てきたのかな。
それはそうと、アイアンゴーレムすら一撃で倒す威力の拳だ。
まともに受けたドラゴンさんは吹っ飛び、壁に突っ込んで土煙が上がっている。
いくら人型と言えど、ドラゴンを殴り飛ばすなんて、おかしいだろう。
「うわー、ミユちゃんってヤバいね~」
「ミユさんがここまで力を付けていたとは、私も想像していませんでした……」
そこの二人も唖然としているが、油断は禁物だぞ。
あの土煙が晴れたら平気な顔をして立っているはずだ。
散々そんな展開をアニメや漫画で見てきたからな。
「やったのかにゃ!?」
ご丁寧にフラグまで立てやがって……。
ほんの一瞬だった。
風が通り過ぎたと思ったら、ミユが吹っ飛ばされて壁に突っ込んでいた。
「少々、侮っていたな。我も少し本気を出すとしよう」
予想通りに無傷のドラゴンさんであるが、彼女の両腕が岩の塊のような太い腕に変化した。
あれはドラゴンの前脚だろう。それと、角と尻尾が生えている。
「来い。相手をしてやろう」
ドラゴンさんが挑発すると、いつの間にか立ち上がっていたミユが再び飛び掛かった。
もうその後はバトル漫画よろしく、凄まじいぶつかり合いだ。
周囲の壁は吹き飛び、地面に穴が開く。
ミユがこんな戦闘民族だったとは誰が想像した。
しかし、恐ろしい事にドラゴンさんは、ミユの攻撃を全ていなしている。
「ふむ。単調な攻撃だな。そろそろ飽きたので終わらせてもらうぞ」
ドラゴンさんの動きが変わった。
今までミユの攻撃を受け止めていたのが、攻撃に転じる。
ミユの腕を掴むと、空いた方の腕で殴りかかった。
「にゃっ!?」
そのままミユを殴り飛ばすと、その先へ瞬時に移動して再度殴り飛ばす。
それを繰り返した。
受け身を取る間も無く殴られるので、これはもうサンドバック状態である。
ミユが全身ボロボロになっていく姿は、流石に見ていられない。
「エーシャ、もうやめさせてくれ!」
「残念ですが、あれを止めるなんて私には無理ですよ……」
ルネイアナも怯えた表情で頷いている。
とてもじゃないが、既に常人が関われるレベルの戦いでは無い。
だからと言って、このままではミユが大怪我を負うどころか、死んでしまう。
……くそ!
何が保護者だ。ミユを娘と思ってるなら、俺が止めなくてどうするんだ!!
ミスリルの剣を抜き、正眼に構える。
とんでもなく早い動きだが、目で追えなくもない。
ブーストを使えば、二人の間に割って入れるはずだ。
深呼吸を繰り返し、タイミングを計る。
今だ!!
殴り飛ばされたミユとドラゴンさんの間に入り込み、再度殴りかかろうとする腕を剣で弾く。
凄まじく重い拳だ。
「何!?」
闖入者の出現に驚いたドラゴンさんに、一瞬の隙ができる。
それを逃さず、彼女の首元に剣を突きつけた。
「そこまでにしてもらいたい。この子はもう戦えない」
少しでも力を入れれば、彼女の首を切断できる程の間合いだ。
ドラゴンさんは、つまらなさそうに溜息を吐いた。
「無粋な邪魔が入った。この勝負はお預けだな」
そう言ってミユから離れていく。
「おい、ミユ! 大丈夫か!?」
ズタボロのミユに、すぐさま回復薬を飲ませる。
最初にリグミナにもらった回復薬程の効果は無いが、回復効果はかなり高いはずだ。
「あーーーーーー!! 悔しいにゃーーーーーーー!! 手も足も出なかったにゃーーーーー!!」
回復して第一声がそれかよ。
流石に呆れた。これはちゃんと叱らないと駄目だ。
「一人で突っ込むなと言っただろ! 下手したら死んでいたんだぞ!!」
「だって……」
「だってじゃない! 俺がどれだけ心配したと思ってるんだ!?」
「……ごめんなさいにゃ」
「分かればいい。だけど、今度こそちゃんと約束してくれ。ミユに何かあったらと思うと不安なんだよ」
「クラタん、アタシの事をそんなに心配してくれてるのにゃ?」
「当たり前だろ。お前は俺にとって……」
「クラタんにとってアタシは……?」
あれ?
今、俺はなんと言おうと思ってたんだ? 娘と言おうとしたのか?
何やら、ミユは期待に満ちた目で俺を見つめる。
そんでもって、ドラゴンさん含めエーシャとルネイアナも生暖かい目を俺に向けてくる。
そんな目で俺を見るな!
「俺にとって……大切な相棒だ」
途端に周囲の空気が落胆した物に変わった。
「ルネイアナさん、あれは逃げですよね」
「うわー。ソウ君ここで日和るのか~。最低だわ~」
二人とも、失礼な事は言わないでくれないかな。
「……そっか。アタシはクラタんにとって、相棒だもんにゃ」
なんで、そんな寂しそうな笑顔をするんだよ。
これじゃ俺が悪人みたいじゃないか。
なんとなくアウェーの空気を感じていると、ドラゴンさんが俺の肩をポンと叩いた。
「ふん、とんだ茶番を見せられたものだな。それで人間。我の喉元に剣を向けたのだ。相応の覚悟は出来ているだろうな?」
なんですと。
もしかして、ドラゴンさんは激おこってやつなのか?
ミユが手も足も出なかった相手だ。
俺が勝てる訳がない。素直に謝って許してくれるだろうか。
そんな絶望的な状況の中、突然ドラゴンさんが笑い出した。
「あはははは! 冗談だ。まさか我が人間に攻撃を受け止められ、あまつさえ喉元に剣を突きつけられるとは。エーシャも面白い者を連れてきたな!」
冗談かよ!
脅かさないでくれよ、まったく。
思わず脱力しかけた時だった。
突然殺気を感じ、考えるよりも先に体が動いて飛んできた数本のナイフを剣で叩き落とす。
だが、そのうちの一本が腕をかすめて切り傷を負ってしまった。
くそ! 今のは明らかにミユとドラゴンさんを狙っていた攻撃だ。一体誰がこんな事を!?
襲撃者を探そうと思った途端、急に体がしびれて重くなり、目の前が真っ暗になって地面に倒れ込んでしまった。
まさか、これは毒なのか……?
「クラタんしっかりするにゃーーー!!」
ミユ達の悲痛な声が、どこか遠くに聞こえた。




