15 うちは一見さんお断りだから
さて困った。
騒ぎを起こしてしまった冒険者ギルドの空気を変えようと、他の冒険者達に大盤振る舞いをしてみたものの、アイニから支払いを現金でと言われてしまった。
朝に魔石を換金した分で足りるだろうか。
財布の中身を見てみるが、少し心配になってきたな。
この金は生活費なのだ。全てを使う訳にはいかない。
財布の中身とにらめっこをしていると、アイニが心配そうに声を掛けてきた。
「クラタさん、先程紹介した魔道具店で売却してきたらどうですか?」
「そうだな。頃合いを見て行ってくるよ」
俺が答えると、アイニは周囲の目を気にしながらそっと耳打ちをしてくる。
「……ここだけの話ですけど、冒険者ギルドで買い取る金額より高く買い取ってもらえますよ」
「そうなのか?」
「ええ。どうしてもギルドでは手数料を取ったりしますからね。それに、その魔道具店はここより大きな街でも商売していますので、高品質な魔石は喜ばれると思います」
「分かった。早速行ってみよう」
ミユの方を見ると、他の冒険者達とも打ち解けたみたいで笑顔で飲み食いしている。
俺はアイニにお礼を言って、その場を後にした。
「さて、教えてもらった店はこの辺りのはずだが……この店か?」
大通りから一本裏道に入った場所に魔道具店はあった。
古びた外観で、いわゆる穴場の店って感じの佇まいである。
これは営業してるのだろうか?
「すみませーん。魔石の買い取りをお願いしたいんですけど」
入店するには少々勇気が要りそうな店のドアを開け、声を掛けた。
すると、店のカウンターの奥から誰かがやってくる気配がする。
「魔石の買い取りだって? 悪いけど、うちはそういうのやってないんだけど……」
そう言いながら出てきたのは、ボロボロのローブを着たこれまたボサボサの頭をした年齢不詳で大きな眼鏡をかけた女である。
……ぶっちゃけ、眼鏡で美醜も分からないって感じだ。
一応、女なんだからもう少し身だしなみに気をつけた方がいいんじゃないかなあ。
そう思ってしまうぐらいに、だらしない恰好だ。
流石に臭いはしないのが救いである。
「今も言ったけどさ、うちは魔石の買い取りやってないから」
「そうなのか? ここで買い取ってもらえると聞いたのだが……」
「あー、たまにいるんだよね。そういう人。正直言うと、うちは一見さんお断りだから」
取り付く島もない。
こういう店あるあるだなー。
そういえば、アイニの名前を出せば邪険にはされないって言ってたな。
「えっと、アイニって子の紹介なんだけど」
アイニの名前を出した途端、店主の反応が少し変わった気がする。
「もしかして、ギルドの受付やってる子?」
「ええ。確か領主の娘さんだとも言ってたな」
「……それで、どんな魔石を持ってきたの?」
名前を出したら本当に対応が変わったな。
アイニの名前は凄いな。
いや、父親が領主って事もあるのだろう。
「この魔石なんだが、買い取ってもらえるか?」
「ほう、中々いい魔石だね。これ一つだけ?」
「アイテム袋の中にまだ大量にあるんだが……」
「……少々お待ちを」
店主が慌てたようにカウンターの奥へ引っ込んでしまった。
しばらくすると、店の奥からどったんばったんと大きな音が聞こえてきて、『あれが無い、これが無い』みたいな声も聞こえてくる。
一体何をしてるんだろうな。
仕方ないので、店内を見て回る。
さして広くない店内だが、色々な魔道具が並んでいる。
その多くが使い道のよく分からない物ばかりであったが、中にはどう見ても懐中電灯やラジオにテレビといった異世界由来の物と思われる魔道具もあった。
そんなこんなで、店の商品をあらかた見終えた頃、店の奥からこちらへやってくる気配がした。
本当に何をしてたんだろうな。
「大変お待たせしました。どうぞ、魔石をこちらへ」
現れたのは、先程の店主とは似も似つかない美人であった。
ドレスのような衣装を身にまとい、白銀に近い金髪で陶器のような透明感のある白い肌に整った顔立ちと、尖った耳。
もしかして、エルフってやつだろうか。本当に妖精みたいなんだな。
「……ところで、さっきの店主は?」
「嫌ですよう。先程まで応対していたじゃないですか」
「え? もしかして、あなたがさっきの店主?」
「だから、そうだと言ってるじゃないですかー」
マジかよ……。
人って、ここまで変われるものなのだな。
「それにしても、変わり過ぎじゃありませんかね?」
「流石に良質の魔石を多く売ってくださるお客様に対して、失礼な恰好はできませんよ」
良かった。最低限の常識はある人なんだな。
もしかしたら、防犯のためってもあるのかもな。
こんな美人だったら、不埒な輩に狙われる事もあるだろうし。
「いえ、普段は面倒で適当にしてるだけです」
ただのズボラかよ!
気を取り直して、アイテムボックスの鞄からミユと一緒に討伐したスライムから入手した魔石をカウンターに置いた。
「凄い量ですね! それに品質も素晴らしいです! 失礼ですが、これをどこで手に入れたのですか?」
そりゃ気になるよな。
まさか、スライムを狩って入手したなんて信じてくれないだろうな。
ドロップアイテム向上のスキルの話は他言しない方がいいと、アイニが忠告してくれたので、どう答えていいものか迷ってしまった。
そんな俺の反応を見て、店主は正規の品でないと思ったらしい。
「……まあ、まっとうな手段で手に入れた物じゃないケースもありますからね。こちらも商売してる身です。深く詮索はしませんよ」
「あ、いや、決して盗品とかじゃないぞ……」
「分かってますよ。あのアイニが紹介してくるのですから、きちんとした冒険者の方なのでしょう。その腰の剣を見ても分かります」
「え? 俺の剣が何かあるのか?」
「お客さん、自分の剣がどういう物か分かってないのですか?」
店主が呆れ顔になる。
美人はどんな顔しても崩れないなあ。
そんな事より、俺のショートソードは何か特別なのか?
リグミナに持たされた単なる初期装備なのだが……。
「これはもらった剣なのだけど」
「それがもらった剣ですって!? お客さん、どんなお金持ちと懇意なのですか? 是非、私にも紹介してくださいよう!」
店主が食い気味に詰め寄ってくる。
近いって。しかし、美人過ぎると逆に興奮したり異性を感じないもんだな。
「それはそうと、そんなに俺の剣が凄いのか? 確かに切れ味はいいと思うが……」
「本当に分からないで使ってるのですか? それ、ミスリルですよ」
え? マジで?
伝説の武器とかには劣るが、それでもかなり良い武器ってイメージだ。
「そもそも、ミスリルって北の大陸でしか産出されないのですよ。こっちに入ってくる事なんて滅多にない希少金属です。そんなレアな武器をくれるってどんな人なのでしょう……」
また北の大陸か。
なんか異世界人が大勢いるんじゃないかって気がしてきたな。
取り敢えず、魔石は全て買い取ってもらえる事になった。
大金貨なんて初めて見るが、これ一枚でとんでもない価値なのだろう。
「高品質の魔石を大量に売っていただき、大変助かりました。申し遅れました。私、テルエーシャと申します。今後ともよしなにお願いしますね」
「あ、これはご丁寧に。俺はクラタソウジです。また魔石が手に入ったら持ってきますよ」
店を出ようとした時、リグミナに買い物を頼まれていた事を思い出した。
「あ、そうそう。テルエーシャさん、このメモ書きの商品ってありますかね?」
「拝見します。これはまた珍しい物をお求めで……」
「この店で揃いますか?」
「はい。むしろ私の店でないと揃いませんよ。クラタさん、あなたは一体何者なのですか?」
「俺はただの冒険者ですよ。それに買い物は同居人に頼まれた物でして」
「そうでしたか。しかし、同居人の方は随分と古い知識をお持ちの方ですね」
「と言うと?」
「恐らく、薬を調合される方だと思います。それも既に使われなくなった技法で」
そういえば、リグミナにもらった回復薬は凄い効果だったな。
そうか。あいつ、回復薬をまた作ってくれるのか。
「ははは。俺はよく分かりませんけど」
適当にお茶を濁し、ついでに自分用にいくつかの魔道具を買って店を後にした。
さて、ギルドへ戻って支払いをしてこないとな。
◆◆◆
「え? 本当に魔石を買い取ってもらえたのですか?」
「本当にって、どういう事だよ。アイニ」
「いえ、あそこの店主さんは凄く変わっている方でして。買い取ってもらえたらラッキーかなと……」
こんちくしょう。
こいつ、可愛い顔してとんでもない奴だな。
「まあ、確かに変わっていたけど凄い美人ではあったな」
「なんですか、それ?」
「普通に美人のエルフだったぞ」
「え? あの人エルフだったのですか? いつもだらしない恰好の人だと思ってたのですが……」
アイニすら見た事のない姿を見られたのは幸運だったのかな。
冒険者達の飲み食い分の料金を支払い、満腹で寝込んでしまったミユを背負って帰宅する。
「おかえりなさい。クラタさん!」
笑顔で出迎えてくれるのはマナシエだ。
エプロンを着用という事は調理中だったのだろうか。
「ただいま、マナシエ。お土産を買ってきたぞ」
「わあ、ありがとうございます!」
先程の魔道具店で売っていた子供向けの絵本だ。内容は獣人の魔法少女達が悪の組織と戦うストーリーだった気がする。
何故そんな物があの店に売っていたのかは謎だが。
「ソウジー! 私へのお土産はー?」
図々しいのはリグミナである。
ちゃんとマナシエの手伝いをしていたのだろうか。
「リグミナに頼まれていた物はちゃんと買ってきたよ。ほら」
「わあ! ありがと!!」
こうやってニコニコしている姿だけは、可愛らしいのだけどな。
「……ソウジ、ちょっといい?」
「どうした? 何か足りない物があったのか?」
「ううん、その逆。正直全部は揃わないと思っていた物が普通に揃っていたので、少し怖くなったの……」
「そうなのか? 店主は自分の店じゃないと揃わないって言ってたな」
「その店どこにあるの!? 教えて!!」
「あ、ああ。今度連れて行ってやるよ……」
俺には理解できない何かがあるのだろうな。
テルエーシャさんも、リグミナに対して何か思う事もありそうだったし。
「そういえば、俺にくれたショートソードって、ミスリルだったんだな。いい物をありがとうな」
「あ、うん。なんか普通にお礼を言われたら恥ずかしいじゃない! もう!」
そう言いながら、リグミナがバシバシと叩いてくる。
女心はよく分からんな。
ちなみに、その日の晩はギルドで食い過ぎたミユを除いて三人で、マナシエの作ってくれた美味しい夕飯を食べましたとさ。




