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11 ひとつ私と勝負をしませんか?

 マナシエの形式上の譲渡手続きは問題無く終わった。

 いくつか書類にサインをし、水晶板のようなタブレット端末に手のひらを乗せて契約終了っと。

 手続きに問題が無いか、終始見守っていたアイニも安心の溜息を吐いた。


 身請けの代金も当初提示された価格より、気味が悪くなる程値引きもしてくれたが、逆に裏がありそうと勘繰ってしまうな。


「それより、奴隷の身分から解放させて良かったのですか? クラタさん」


 書類とタブレット端末を鞄に仕舞いながら、アルジットが尋ねてきた。


「別に構わないですよ。マナシエに何かさせようって訳じゃないし」


 奴隷の首輪を外されたマナシエの頭を撫でながら答える。

 値引きされたとは言え、決して安くはない金額を払ってるのに自由にさせるなんて、酔狂だと思われたのだろうか。

 当のマナシエは、リグミナとミユに撫でまわされて、ありがた迷惑そうな顔をしている。

 それをアイニが仲間に入れてほしそうな目で見ていた。

 素直に交ざればいいのにな。



「ふふふ。そういうところを私は見込んだのですよ」


「それは買い被りですって」


「そういう事にしておきましょう。それで、早速昨日の話の続きを聞かせてください」


「話の続き?」


「クラタさんが昨日、おっしゃったでしょう。人材派遣と職業紹介の件についてですよ」


 そう言ったアルジットの目つきが鋭くなった。

 これが商売人の顔ってやつなのだろうか。


「あー、そういえば、そんな事も言いましたね……」


 参ったな。適当に言った話だったんだけどな。

 頭をかいてると、アイニがずずいと迫ってきた。


「クラタさん! 今のお話はなんでしょうか!? 人材派遣と職業紹介と聞こえましたが!? 大変に興味があるのですが!!」


 ちょっと、アイニさん。距離が近いよ。

 若い娘さんが無防備におっさんに迫っちゃいけませんって。

 いい匂いがして変な気持ちになってしまうだろうよ。


「取り敢えず、落ち着けって」


 アイニを押しやって、空いた椅子に座らせる。


「クラタの旦那。あっしも、その話は気になりますね~」


 ちゃっかり情報屋のオヤジも席に着いている。

 そんな御大層な話でもないのに、ハードルを上げるなよう。



「えっと、そうだな。アルジットさんの行っている奴隷管理をきちんと制度化したような感じですかね……」


 要は奴隷の派遣業である。

 奴隷が売られた後の話を聞くと、不要になったところで転売されてしまう事も多いそうだ。


 繁忙期には人手が欲しいが、暇な時期には不要になるのである。

 いくら奴隷に給金を払う必要が無くても、衣食住の世話が必要になる。

 仕事が無くても維持費が掛かるのなら、不要になった時点で手放してしまおうって事だ。

 それは単純労働に従事する奴隷によくある事だそうだ。


「そんな訳で、アルジットさんの方で奴隷を管理して、必要な時期だけ日額計算で貸し出すってのは、どうでしょうかね?」


 文字通り、奴隷の派遣である。

 これなら高額で奴隷を買わなくても、日額の費用で労働者を雇えてお得だろう。

 奴隷の方も、不要になった途端に売り飛ばされなくて済むし、アルジットも奴隷の扱いに心を痛める必要もなくなると。

 万々歳ではなかろうか。


「まあ、奴隷を管理するアルジットさんの負担が増えるかもしれないですけどね……」


 奴隷を売る訳ではなく、貸し出す形になるので、一時的な収入は確実に減るだろう。

 それはそれで、死活問題になるかもだが。



「……いえ、それはとても素晴らしい提案ですね。これは奴隷の売買ではない。そうですよね? アイニ嬢」


「ええ。確かに奴隷の売買にはなりません。上手く法の穴をついた考えですが、クラタさんは詐欺師か何かでしょうか?」


 アイニが不審者を見るような目を俺に向ける。

 まったく、失礼なお嬢さんだ。


「誰が詐欺師だよ。違法じゃなければ問題は無いだろう? それに、アルジットさんも表立って商売が可能になるんじゃないか?」


「そ、そうですけど……」


「ふふふ。やはり、クラタさんは私が見込んだ方だ」


 だから買い被りすぎだっての。



「クラタの旦那、派遣の事は分かりましたが、職業紹介ってのはどういう事ですかい? あっしも一枚噛めそうな案件ですかね?」


 ここにも油断できない奴がいた。

 既に金の匂いを嗅ぎつけてるみたいだ。


「えっとな、例えば特殊な技能を持っている者を必要とされている場所に紹介するって感じだ」


「それでしたら、冒険者ギルドでも行っています。クエスト掲示板に仕事が掲示されていますから」


「うん。そこはアイニの言う通りだ。でも、それってあくまでも必要とされているのは冒険者だろう? 仕事内容は魔獣退治や薬草収集が多いと思う」


「確かにそうですが……」


「例えば、年を取ったり、怪我を負って引退した元冒険者が現役冒険者と同じようなクエストは無理だろうな」


「それは当たり前です。皆さん、引き際を弁えているはずです」


「そうだな。でも依頼を出したいけど、本格的な冒険者に頼む程でもない依頼もあるんじゃないかってな」


 俺の話を聞いて、アルジットがニヤリと笑った。


「そういう事ですか。ちょっとした力仕事や、荷物持ち等の依頼を普通の冒険者が請け負うとは考えにくいですね。そういった仕事を紹介する場所を作ろうとお考えなのですね」


「力仕事だけじゃないさ。清掃や大工仕事、行商に書類整理だって探せばいくらでも仕事はあると思うぞ」


 恐らくは、個人の伝手で労働者を紹介しているのが当たり前になっているのだろう。

 そういうのに限って、紹介はされたけど扱いにくい人だったりするんだよな。

 そこをきちんと制度化すれば、人材のミスマッチも無くなるんじゃないかと。


「ひひひ。あっしも仕事の紹介はしますが、裏稼業の人達が多いですからね。そこでまともな仕事が増えれば、堅気の道を選ぶ人も増えるんじゃないかと……」


 おお、それは良い事だ。

 ちゃんとした仕事に就けなくて、どうしても犯罪まがいの事に手を染めるような事が減れば、町の治安も良くなるんじゃないだろうか。


 情報屋のオヤジの話を聞いて、アイニが考え込んでいる。


「クラタさん。今回の話を父に提言させてもらいます。クラタさんの考えている事が実現すれば、少なくともこの町で奴隷の売買は無くなりますし、経済も回り、治安も良くなるかと」


 そんな大袈裟な。

 そもそも、奴隷制度自体をどうにかしないと根本的解決にはならないだろうな。

 為政者でもない俺には、縁の無い話だが。



「どうですか、アイニ嬢。今後の事も含めて協議を提案したいのですが。勿論、トルゲ商会にも参加してもらいますよ?」


「あっしは、一枚噛めれば文句は無いですぜ」


「……分かりました。領主である父の名代として、協議に参加させていただきます。今後の奴隷の身分の在り方についても相談したいですし」


 なんか知らないけど、どんどん話が大きくなっていった。

 まあ、俺には関係ない事だけどな。


「つきましては、クラタさんにも参加していただきたいと思いますが、いかがでしょう?」


「……はい?」


 アルジットの奴、いきなり何を言い出すんだ?


「そうですね。提案してくれたクラタさんが参加しないのは、あり得ないと思います」


「ひひひ。クラタの旦那、頼りにしてますぜ」


 おい、どうしてこうなるんだよ。

 ようやくマナシエの件が片付いたと思ったのに、ゆっくりできないだろうが!

 神は俺に恨みがあるのか!?


 俺を異世界転移させた張本人は、ミユと一緒にマナシエに頬ずりをしていた。





  ◆◆◆





 まったく、とんでもないぜ。

 リグミナの奴、自業自得とか抜かしやがって。

 何が悲しくて面倒くさそうな話し合いに参加しなくちゃならないんだ。

 気晴らしに町の公衆浴場に行くことにした。

 汗でも流して気分転換でもしよう。


 それにしても、マナシエはいい子過ぎる。

 両親を亡くしているのに、健気にも俺達と家族になりたいと言ってくれたのだ。

 リグミナも少しは見習えっての。

 ミユに至ってはアホ面で喜ぶばかりだった。

 あいつ、ちゃんとクエストを受けているのだろうか。

 今度、仕事ぶりを見させてもらおう。


 そんな事を考えていると、公衆浴場に到着した。

 ここは貴重な湯に浸かれる銭湯といった感じである。

 さあ、ひとっ風呂浴びるか!





 ……どうしてこうなった。

 湯船に浸かる俺の隣には、何故かアルジットの姿があった。


「奇遇ですね、クラタさん」


 まさか、俺をストーカーしてた訳じゃないよな……。


「ふふふ。私がそんな事をする訳がないでしょう」


 こいつ、人の心を読むのか!?


「せっかくのお近づきの印です。ソウジさんとお呼びしても?」


「……好きにしてください」


「では、私の事もアルジットと呼び捨てで構いませんよ。それと敬語も不要です。私はこの口調が素ですけどね」


 そう言いながら、何故距離を詰めてくるんだ?

 初日のサウナでもそうだったけど、この町はその手の奴が多いのか?


「ソウジさんは、本当に冒険者を引退されていたのですか? とてもそうは思えない体ですね」


 そういえば、そんな設定だったな。

 体に関しては、前の世界ではそこまで太ってはいなかったが、特別鍛えてもいなかった。

 恐らく、リグミナが上手くやってくれたのだろう。そこは感謝しておこう。


「そういうアルジットだって、結構鍛えてるのでは?」


 褐色の肌がより筋肉質に見せている。

 ボディビルダーって、日焼けした肌の方が筋肉が映えて見えるよな。


「ふふふ。昔、ちょっとですね……」


 おいおい、気になるじゃないか。

 実は歴戦の戦士だったとか?

 よく見たら、体のあちこちに古傷があるので、ただの一般人では無さそうだ。


「ところで、ソウジさん。ひとつ私と勝負をしませんか?」


「勝負? サウナの我慢勝負とかなら断るぞ」


「いえ、北の大陸のとある王国から伝わった勝負方法ですね」


「ほほう。それは少し興味があるな。それで、勝負には何を賭けるんだ?」


「フルーツ牛乳一本でどうですか?」


「よし、乗った!」


 この後、俺は大した事の無い勝負だと思って、安易に賭けに乗った事を激しく後悔するのであった。




  ◆◆◆




「さあ、準備はよいですか?」


 湯舟から出て、腰にタオルを巻いただけの姿でアルジットと向かい合う。

 一体何ごとかと、既に見物人が現れ始めている。

 あんまり目立つ事はしたくないんだがな……。


「ところで、どんな勝負か聞いてないんだが?」


「ふふふ。勝負は既に始まっていますよ」


 アルジットは、両手で何かを摘まむポーズを取った。


「いきます! 乳首っキューーーーーー!!」


「な、なんだと!? ギャーーーーーー!!」


 いきなりアルジットに乳首を摘ままれた。

 もう訳が分からない。


「ふふふ。これぞ、北の大陸の王国騎士団に伝わる勝負方法です!」


「くっ、こんな勝負方法があって堪るか……!」


「もっとも、捕虜の尋問にも使われたと聞きますけどね」


 そう言いながら、アルジットは指先に力を込めてきた。

 まずい、このままでは変な気持ちに目覚めてしまうぞ。

 美少女にされるならまだしも、こんなオッサンにされてしまうなんて、まっぴらゴメンである。


 くそ、このままじゃいかん! なんとか反撃をせねば!

 思い切って、アルジットの乳首に手を伸ばしてつねり上げてやった。


「はうんっ!」


 ……変な声出さないでもらえませんかねえ。


「ふ、ふふふ……やりますね、ソウジさん」


「アルジットもな……」


「余裕ぶるのも今のうちですよ! 強化摘まみーーーーー!!」


「!? ぐおおおーーーー!!」


 そんな乱暴に摘ままれたらヤバい!!


「くっ、だったら、こちらからもお返しだ!!」


「んんっ、はあぁぁん!!」


 だから変な声出すなっての!!


 オッサン同士で乳首を抓り合う地獄絵図が風呂場で繰り広げられている。

 想像するだけで、おぞましい光景だ。

 周囲のギャラリーも困惑している。



「な、なんと恐ろしい勝負だ!」


「あれじゃあ、乳首が伸びてしまうぞ!!」


「うむう……歴史書に記された乳首キューをまさか目にする事ができるとは、なんという幸運だ!」


「なあ、あの片割れって、新人のオッサン冒険者じゃないか?」


「ああ、確かにそうだ。初日に酒をおごってくれた気前のいいオッサンだよな」


「ああん、アタシもおじ様達に乳首を摘ままれたいわあ!」


 俺の事を知ってる冒険者がいるのは誤算だった!

 こんな場面を見られたくないぞ!

 それと最後の野太い声の奴、ヤバいだろ!!


「ふふふ、ソウジさんも余裕ですね。これではどうですか? 秘儀、振動摘まみーーーー!!」


「な、なにーーーーーーー!?」


 こうして俺は、公衆浴場でリラックスするどころか、とんでもない目に遭ったのであった。

誰得オッサン入浴回

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