1 二番煎じでも三番煎じでもいいから、スローライフがしたい!
2/18 プロローグ追加しました。
青く澄み渡った空の下、俺は家庭菜園の手入れに精を出している。
異世界に来て、ようやく手に入れた平穏な日々を満喫している最中なのだ。
流石に少し疲れたので、ちょっくら休憩するとしますかね。
マイホームの縁側に腰掛けて、ボケーっと青空を見上げる。
……うむ、平穏っていいなあ。
平穏を満喫していると、向こうの方が騒がしい。
「やはり我は納得いかん! このトマトとジャガイモは、この大陸には無いはずの野菜だぞ!!」
「ここはナー〇ッパとかいう世界にゃ。なんでもあるので深く考えたら負けにゃ!」
「なんだとう!?」
……ああ、また始まったよ。
うちの同居人達が身も蓋も無い事で言い争ってるのだ。
それにしても、同居人のお嬢さん達は今日も賑やかだなあ。
正直こんな日を迎えられるとは夢にも思わなかった。
きっと、これが夢のスローライフってやつなんだろう。
そんな事を考えながら、俺はこの世界に来た時の事を思い出すのであった。
◆◆◆
俺は倉多宗次。四十二歳で絶賛厄年中のしがない独り身のサラリーマンである。
そんな俺だが、通勤途中で急に胸が痛み出した。
あまりの激痛にうずくまってしまうぐらいだ。
というか、この状況ってかなりマズくないか?
親がいなくなってから食生活も適当だったしなー。
休日はゴロゴロするだけで、運動も特にしてなかったしなー。
これ、本格的にもう駄目かもなー。
部屋のヤバいアレとかPCのヤバいデータとか見られたくないなー。
そこで俺の意識は途切れた。
ふと、目が覚めると真っ白な空間である。
なんだここは?
周囲を見渡しても一面真っ白だ。
もしかして、夢でも見てるのかな?
そもそも、俺はどうなったんだっけ?
実は、ここがあの世だったりとか?
まあ、こんな事を本気で考えてる時点で俺もそろそろ末期かな……。
「そんな事は無いですよ?」
とうとう幻聴まで聞こえてきた。
ついに俺も本格的に病んでしまったか……。
「だから、そうでも無いですよ?」
幻聴の他に幻覚まで見えてきた。
若い女が不思議そうに俺の顔を覗き込んでるのだ。
「もしもーし? 私の声が聞こえますかー? 私の姿が見えてますかー?」
さっきから目の前の若い女が妙にウザい。
夢なら早く覚めて欲しいものだ。
「ねー! 無視しないでよー!!」
若い女が俺の頬っぺたを思いっきり引っ張りやがった。
「いってえな! いきなり何しやがるんだよ!?」
「ようやく返事してくれた! ふふん。何を隠そう、私は女神様ですよ!」
女神と名乗った女が妙な決めポーズをしている。
どうしよう。
これ完璧にヤバい人だよな。
もしかして、俺も同類と思われて何処かの施設に監禁されてるのかな?
「失礼ね! 私は正真正銘の女神様なの!! それにここは変な施設でもないから!!」
こいつ、俺の思考を読みやがった!?
「もういい加減に現実を見てください! 私は女神です。お分かり?」
このままじゃ埒が明かなさそうなので、取り敢えず頷いておくとしよう。
改めて目の前の若い女を観察してみる。
見慣れない服装だが、なんとなくファンタジーっぽいというか、コスプレみたいな恰好だ。
「あのう、どこかのコスプレイヤーですか?」
「だーかーらー! 私はコスプレイヤーでなくて女神なの!! 何度言わせるんですか!?」
目の前の変な女が『プンスカ』と擬音が出そうな勢いで怒り始める。
「オーケー。取り敢えず君がコスプレイヤーでは無いのは理解したぞ」
「もう! なんでいい加減に私が女神って認めてくれないの!?」
なんか顔を真っ赤にして目に涙を溜めていらっしゃる。
いちいち反応が面白いなあ。
「さて、冗談はこの辺にしておこう。それで俺になんの用なんだ?」
「冗談って、この私を馬鹿にしてるのですか!?」
「ああ、ごめんごめん。反応が面白いからつい……」
「やっぱり馬鹿にしてるー!!」
少々からかい過ぎたかな。
まったく、俺も何をやってるんだか。
「それはそうと、俺はどうなったんだ? それにここは何処なんだ?」
「やっと話が進んだよー! ここまで長かったよー!!」
今度は嬉し泣きですか。
「おっと、取り乱しちゃいました。まずはクラタさん。あなたは現在、生と死の狭間にいます」
まあ、薄々分かってはいたが、そんな明るく宣言されるのも複雑である。
「そして、この場は私の女神空間とクラタさんの意識世界が繋がっている場所なのです!」
「……はあ」
そんな事を言われても全然分からん。
まだあの世では無いって事だろうか。
「端的に言いますと、ある意味特殊な空間なのです。強く念じるとクラタさんが想像した世界になりますよ」
へえ、そうなのか。
物は試しだ。自室を想像してみる。
すると周囲の光景が変化していき、俺の自室へと変貌した。
「うわぁ……」
目の前の自称女神がドン引きしている。
それもそのはず、俺の自室にはアニメのポスターやらフィギュアが並んでいるからな。
いいじゃないか。オタクだもの。
「クラタさん。いい年して、これはちょっと……」
やめろ、その汚物を見るような目は俺に効く。
居たたまれなくなったので、自室からリビングルームに変化させた。
ここなら大丈夫だろう。
「まあ、このまま立ち話もアレなので、そこの椅子を使ってくれ」
実際のところ、立ってるのか浮いてるのか分からないけどな。
「あ、はい。それじゃあ、お言葉に甘えまして……」
俺の家にお客なんてのは滅多に来ないので、小さな椅子とテーブルしかない。
その小さな椅子に自称女神がちょこんと座る。
なんとなく、その所作に育ちの良さを感じた。
「少し驚きましたよ、クラタさん」
「何がだ?」
「だって、念じれば想像した世界になるとは言いましたけど、こんな完璧に再現してるんですもの。普通の人では無理ですよ?」
こいつ、端から俺ができないだろうと思って言いやがったな。
まあ、俺自身もよく分からないでやってるだけなんだけど。
昔から想像というか妄想だけは人一倍得意ではあったので、その辺も影響してるのかな?
少し試してみるか。
念じてみると、今度は飲み物や茶菓子が出現した。
それを見て、自称女神は目を丸くしている。
「ホットココアだけど、これでいいか? 俺が飲みたいだけなんだけど」
「あ、ありがとうございます」
そう言って、自称女神はカップに口をつけた。
とろけそうな表情になってるのが、なんとも微笑ましい。
「えっと、そろそろ本題に入っていいかな? 君は本当に女神なのか?」
「はっ!? そうでした!! すっかり忘れるところでしたよ!!」
こいつ本気で忘れてたな。
「改めまして、私は女神リグミナと申します」
「改めまして、俺は倉多宗次です」
お互い頭をペコリと下げる。
自己紹介するのに随分と長かったなー。
「クラタさん。私はあなたを異世界へ転移させるために迎えにきました」
「異世界へ転移だって!?」
無論、よく存じていますよ。
普段から俺も異世界へ行ってスローライフを送りたいなと思ってたし。
ここは重要なところなんだけど、決して血沸き肉踊る冒険がしたい訳じゃない。
そんでもって、ハーレムとかもどうでもいい。
適度な人付き合いがあって、適度に暮らせる仕事をして、ゆるりと生活がしたいだけだ。
ぶっちゃけ、今までの会社と自宅の往復だけの人生に疲れてるのである。
「はい。クラタさんは毎晩スローライフを送りたいと強く念じていたでしょう?」
「確かにそうだな」
「その念が私達に毎日届いて迷惑……とても心配になっていたのですよ」
「今、普通に迷惑って言ったよね?」
「言ってませんよ! それはともかく、あなたが倒れた際にくじ引きで負け……私が選ばれて迎えに来たのです!」
「今、くじ引きで負けたって言ったよね?」
「言ってませんって! なので、クラタさんがスローライフを送れるように異世界に放逐……転移させて差し上げます」
「いちいち微妙に引っ掛かるけどさ、それで本当に異世界に転移できるのか?」
とうとう俺にも異世界チャンスがやって来た!
普通に考えたら、こんな自称女神の話なんて信じられないが異世界に行ってスローライフができるのなら、この際なんでもいいや。
「そうですよ。転生の方がお好みでしたか? それなら、今すぐこの女神鈍器で完全に殺し……殴打して生まれ変わらせる事もできますよ?」
「今、殺すとか言わなかった?」
「言ってませんって!! もう、クラタさんしつこいですよ! そんなんだから寂しい生活を送ってるのですね!!」
これは思いの外、ダメージが大きかった。
人には誰しも触れられて欲しく無いって事があるよな。
「あれ……? クラタさん? どうしたのですか? 表情が暗いですよ?」
「リグミナ。君に言われた言葉で俺はとても傷付いた。もう立ち直れないかもしれない。このままだと闇落ち確定だな……」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 闇落ちなんてされたら、女神をクビになってしまいます!! そうなったら邪神に転職しかありません!! そんなの嫌ですよう!!」
こいつ、自分の保身しか考えてないみたいだ。
腹が立ったので、もう少しからかってやろう。
「ああ……もう駄目だ。死にたい……」
「ここで自殺はダメです!! せめて、私の目が届かないところで勝手に死んでくださいよう!!」
こいつ、地味にひどい事を言うよな。
「ああ……優しい女神リグミナ様が色々と便宜を図ってくれるのなら、ここで自殺を思い留まるのだけどなあ……」
「分かりました! 分かりましたから! 色々と特典を付けますから、自殺はやめてください!!」
「……本当に?」
「本当です!!」
「本当の本当に?」
「本当の本当です!!」
「よし、言質は取ったぞ」
「あ……! クラタさん卑怯ですよ!!」
他人事ながら、単純過ぎてこの子の将来が不安になってくるな。
「ほら、それでどう転移させてくれるんだ? 特典も忘れるなよ」
「むう! 話を逸らさないでくださいよう! 一応リクエストを聞きますけど、どんな異世界に行って、何がしたいのですか?」
怒るけど、ちゃんと仕事はしてくれるんだな。
「そうだなぁ。適当に住みやすくて平和な世界で、寂れてない程度の長閑な町の近くの一軒家で適当に生計を立てて暮らしたい。あ、ついでに魔物とか倒せるそこそこの強さと魔力があると嬉しいな。それと若いイケメンにして欲しい。後は──」
「ストップ! ストーップ!! ちょっと欲張り過ぎですよ!!」
リグミナが慌てて止める。
「えー、色々特典を付けてくれるって言ったじゃないか。女神様とあろうお方が嘘を吐くのか?」
「やっぱり卑怯ですよ!! もうっ! これじゃ私の賞与が無くなってしまいます!! 特典は付けますから、もう少し加減してください!」
文句は言うけど、ちゃんと特典は付けてくれるのか。
案外いい子なんだな。
「えっと、若返りは必要なのですか?」
「だって俺、もうおっさんだし。だったら普通に若くてイケメンの方がいいじゃんか」
「そうですか? クラタさん、今の見た目は悪くないと思うんですけどねぇ……」
え? やだ何これ。
若い女の子に見た目が悪くないって言われて、ときめいちゃってるの!?
正直、その手の事はもう諦めてたんだけどな。
「でもさ、若い方が体力もあるし、若者に交じって騒ぎたい」
「思考が既におじさんですね」
「だって、俺おっさんだし」
リグミナが呆れ顔になる。
本当の事を言ったのに失礼な奴だな。
「もう仕方がない人ですね。他にチート系の能力とか、スキルとかは必要ですか? 今の私では、あまり強力なのは難しいですが」
「そうだなあ、何か商売に使えそうなスキルが欲しいな」
異世界に行って冒険者を目指したい訳じゃない。
そこそこの稼ぎを得られるだけのスキルが欲しい。
「言っておきますが、創造や薬関係は人気なのでおススメしません。現地で他の転生者や転移者と被るかもしれません」
「え? 俺以外にもいるの?」
「そりゃ、誰かしらいますよ。異世界って人気なんですから」
身も蓋も無い返事が返ってきたよ。
そりゃそうだよな、これだけ異世界モノが溢れてるんだから。
「創造っていうと、錬金術や魔法作製とかも入るのだろう? だったら、普通に現金収入に繋がるスキルがいいな」
「クラタさん、夢が無いですね……」
「そこは現実的と言ってほしいな。それで、魔石の価値を上げるスキルなんてどうだ?」
「魔石の価値を上げるスキルですか? 魔道具でも作るのですか?」
「いいや。価値を上げれば普通に高く売れるだろ? その辺の弱い魔物を倒して手に入れた魔石でも価値が上がるはずだ。それなら楽して儲けられる。と言っても、既に誰かが持ってるスキルかもしれないけどさ」
「うわー。ここまでせこい考えの人だと思いませんでしたよ……」
「リグミナ。君、失礼過ぎやしないか?」
「まあ、魔王とか勇者になりたいとかじゃなければ別にいいですけど。でも、それでいいのですか? 流行りのスローライフの真似なんて、すぐに飽きるかもしれませんよ?」
「二番煎じでも三番煎じでもいいから、スローライフがしたい!」
「そこまでおっしゃるのなら、私からは何も言いませんけど。今から転移でいいですか?」
「今やってくれるのか!? それは是非頼む!! いや、その前にPCのハードディスクの消去やらと……」
「それは私が上手く処理しておきますから! 早くしてください!」
リグミナが光の扉みたいなのを発現させた。
恐らく、これが異世界へ通じる扉なのだろう。
「あ、待って、他に株とか貯金とかあるんだよ!」
もっとも、向こうに持って行って使える訳でも無いだろうから、どこかへ寄付でもしようと思う。
「株とか貯金やらは私が向こうで使えるお金に両替しておきますから、さっさと転移してください! ちなみに手数料は四割頂きますね」
「あ、ちょ、待てよ!! 手数料四割は高過ぎだろ!!」
半ば蹴り飛ばされるようにして異世界に転移させられてしまった。
以前に短編で書いたのを加筆修正した物です。
4話で一区切りとなりますが、以降はのんびり書いていくつもりです。




