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5 アズガルドの殺し屋

 すっかり日も暮れ、明かりを落とした客室に広場の喧騒は届かない。


 窓から差し込む大きな月の明かりが、ひたすら穏やかで、暖炉で燃えるオレンジの炎が私たちの輪郭をあいまいにする。 


 くたくたに疲れているはずなのに、激動の一日の余韻で、冴えきった頭は眠気をどこかへ追いやってしまった。

   

 窓際のテーブルを二人で囲み、言葉も無くただ月を見ていた。手の中の青い日傘が胸の中心を暖めてくれる。



 視線の先に真新しいギターケースを見つけた。

「それ中身は六弦よね どうしたの?」


セムヤザは、少し恥ずかしそうに、

「……最近練習してるんだ。まだぜんぜん下手だけど」

 

 あたしたち、三人でいた頃。 間に私のギターがあった。


 私の演奏に、目をつむり静かに耳を傾ける兄と、対照的に一音だって聞き漏らすまいと目をまん丸にして手元をのぞき込む金髪のやせっぽちな少年。


 あたしは目をつむり、いつもの景色を瞼の裏で思い出す。


 セムヤザがごそごそ動いてる。


 ケースを開く音がした。 セムヤザは、ボロンと一つ和音を奏でた後、ろくに調弦もせずつま弾きだした。 


(たぶん俗謡の「崖に咲く花」かしら)


 何度も音を飛ばす。つっかえつっかえのリズム。 ちぐはぐな和音。 左手に力を込めすぎなのが 目をつむっていてもわかるほど。 



 ほんとに下手だった。


「ふふふ あなたにも、こんな苦手なことがあったのね」


 目を開くと、セムヤザは真剣な顔で、口を尖らせ、指板をひたすら凝視しながらビョンビョン演奏していた。

 

 唐突に天を仰ぎ、セムヤザは途中でギブアップ。

「ふー。 やっぱりまだ僕には難しいや」


 再びケースにギターを仕舞う。



「僕とユーベルのブランドについてだけどさ、」

セムヤザは、月を眺めながら語りだした。


「ユーベルがダンジョン通い辞めたあと、しばらくたって彼から相談されたんだ。 自分が居なくなった時、セシルが暮らせるだけの何かを残したいって」


「ダンジョンで危険な目にあって、ナーバスになってるのかとおもったけど、彼自身自分の命について何かを確信してるみたいだった」


「僕はそのころもう深層にいたんだ。そんなわけで、僕が持ち帰ったダンジョンの品をユーベルがリビルドする仕事を始めたんだ」 


「ユーベルってば、ほんとに頑固でさ。 僕が材料集めて、彼が作る。 かなり高価な品なのに、自分から持ちかけといてなかなかお金受け取ろうとしないんだもの。 彼自身が定めた加工費以上は受け取れないって」


「それでドレスとケープをだまして作るように頼んだんだよ。 C.Cって刻印まで入れて。 出来上がってこれはセシルの物だって言ったら怒られたよ。 こんな人目を惹くほどすさまじい魔力にあふれた品を着てたら、セシルが不幸な目にあうって」


「僕は、そんなこと全然考えてなくてさ。

それで長く使えて、派手じゃなくて、毎日身に着けられるものは何だろうって。 ユーベルが日傘にしようっていうもんだから」


「誰が見ても、一見普通の傘に見えるように加工するのは、えらい大変でさ。 つてを頼って書庫から資料引っ張り出してきては、二人でうんうん考えてたっけ。 楽しかったなぁ」


「ぼくらが14歳になって。 今から1年半くらい前。 ユーベルが病で倒れて、そしたら君が突然回復魔法を覚えたろ?」


「治ったユーベルがさ、君を医術士にするための学園に通わせたいって。 僕もそれはいい考えだと思ったから、知り合いの冒険者に紹介してもらってさ。 それから半年後に君は学園に通いだした」


「入学祝いに間に合わせるんだって、張り切っちゃって」



 あらためて、傘を広げて見てみる。 なめらかで、美しい私の日傘。


「小間に張られた布地はセルベスの羽衣が元になってるんだ。 だから光の中で注意深く見ると色がわずかに変わるんだよ。 持ち手はパイク・ド・マユディのさらに奥ホタカで見つけたオーマの古木。 

骨はスチールに見えるけどそれ実は金属じゃないんだ。 

花の刺繍が繊細でしょ。 特殊な処理した縫い糸使ったから魔力がとんでもなく必要になっちゃって」


「それ全部ユーベルのオーダーだったんだ。 これだけは譲れないって。 僕も必死になってあちこち飛び周ってさ」


 私に内緒で秘密の企みね。

「傘の刻印のことで、あたしは赤っ恥かいたんだから」

 

 セムヤザは少しも悪びれず、

「その話って君が学園に通うときだから1年前だろ?」


「その頃なら僕らのブランド自体、有名でもなんでもなかったんだ。つい、何か月か前に、ある冒険者に請われて例のドレスをゆずったんだよ」 


「その時は知らなかったんだけど手に渡った先が危篤の女王でさ。 あのドレスには複雑な呪符がはいってて。 何でだか、君とユーベルの病には効果なかったのに、女王にはてきめんでさ」


「回復したあとの晩餐で女王様が人前で披露しちゃって、ほんの一部の上流階級の間で話題になったらしいんだ」


「他の作品は冒険者が使うものだから、そもそも広まることはなかったはずだよ」


「だからユーベルは悪くはないんだよ。実際C.Cってロゴも君の名前だし」

 そこまで言って、セムヤザはようやく私と目を合わせた。

 



 

「その話が全部本当ならあなたは、ずいぶん前からお金持ちだったみたいね?」

 

 昼間の全ての出来事が、すこしずつ繋がりだした。

「なのに普段はパンかじって? それに仮面で出歩いてるそうね」


「説明がつかないと思わない? 出会った時のへなちょこだったあなたは、幻かしらね」

 つい嫌味っぽく聞こえてしまう。



 うん、いや。と言ったきり難しい顔をして、セムヤザは俯いた。

 まるで苦しむように。 



 私は、頭を空っぽにして、口が動くに任せて語りだす。


「1年半前。ユーベルが倒れて。 私が普段ギターの練習場にしてた家のうら手の廃教会。 あそこで神像に祈ってたら、ザルカエルっていう不思議な男の人に声を掛けられたのよ。 その人『自分は賢者だ』っていうの。 何を祈ってるのか聞かれたから、正直に話したの」


「そしたら私の大切なものを神に捧げることを条件に、癒しの力を授けてくれるって」


「突然あたしが回復魔法を発現したのはそのおかげ。 私はギターを弾けなくなったけどその後、ほんとにユーベルが起き上がって。 私が医術士に目覚めたのは、その賢者のおかげなのよ」

 私の秘密を打ち明ける。



 反応は劇的だった。目を見開き、尋常じゃない様子でセムヤザは椅子にへたり込んだ。


 想定外のリアクションに私は慌てて、

「あなたが、心配してくれなくてもいいのよ。 確かに音楽を失ったけど、それ自体は後悔してないんだから」



 かなり長い間、固く目をつむり、歯を食いしばって何かをこらえていたセムヤザが大きく息をついた。



 そして、セムヤザの表情が消え、瞳の中は古井戸の水面のようになる。



 小さな小さな声だった。

「全部聞いてほしいんだ。 僕の昔のこと」



 そう言ってゆっくりとセムヤザは語りだした。



 僕が暮らしてた、アズガルドにはね。色々な使命を帯びた戦士がいたんだ。


 僕も、その一人。


 ある時、この王都の近くルーガの森の中に、悪魔がいることがわかって。 それで殺しにいったんだ。


 ほとんど追い詰めたんだけど、結局町の中に逃がしちゃってね。 


 その時僕は初めて王都に入ったよ。


 ずいぶん人の多いところで。 市場を探したり、色んな建物に入ったり。町の中心にある大きな広場をぐるぐる巡って。


 それから耳をすました。 市場の喧騒や、風雑音の奥になにか呼ばれるような、妙な感覚があった。


 それをたよりに路地を渡って、細い水路を辿って、複雑な勾配と階段だらけの裏道を抜けて。 気付いたら旧市街地の奥だった。 


 小さな黒髪の女の子がいたんだ。 その女の子は、神の殺人指令の上位にあった顔だったんだ。


 なんでだろうと思ったよ。 実際会って見てみたら、ただの弱そうな人間の女の子。 悪魔は逃がしちゃったけど、今度はずいぶん簡単な仕事だなって。

 その女の子が後の世で神にたてつくんだか、子孫が何かやらかすんだか、その子を殺す正確な理由なんて当然僕には判らないけどね。


 それで興味をもったから、殺す前に近くで観察しようと思って、積んであった木箱の陰に隠れたんだ。


 地面に直接座ったその女の子は、自分の胴回りより倍も大きな弦楽器を組んだ足の間で抱えてた。 


 はじめて六弦を聞いたのは、その時だった。


 今でも絶対忘れないよ。 

 すさまじい音楽に打ちのめされ、旋律に震えて、楽想に殴られたんだ。 

 

 嵐の中で誰かに助けを呼ぶ切実な叫びをそのまま歌にしたような。

 

 女の子の歌う言葉の意味は、一言だって分からないのに。


 繊細なのに過激。 挑発的でまっすぐな肯定。 

 強くて簡素で乱暴なのに献身的。

 

 僕は、訳が分からなくなって、走って逃げ出したかったんだけど足が動かないんだ。


 ただ、目を見開いて耳をすませて立ってることしかできない。


 がくがく震えてきちゃってさ。


 それで、突然思ったんだ。


 僕の歌だって。


 これは、僕の歌を歌ってるんだって。 


 なんでそんな風に思ったのかは今でもわかんないよ。


 それまでにも、教会音楽は何度か聴いたことあったんだ。 全然それは興味なかった。なんにも感じなかったのにさ。



 どうして僕の歌をこの女の子は知ってるんだろ?って。 変なこと言うようだけどほんとに不思議な気持ちだったんだ。


 初めて見た女の子が奏でる初めて聞く音から。 


 でも初めから僕の魂に根付いてた、その歌が備わっていたんだって。


 気付いたら涙が膝まで濡らしてて。 


 これが感情なんだって。なんで泣くのかわからなかったけど、そもそも泣いたのが初めてだったんだから分からなくて当然だよね。


 感情を得てびっくりしたよ。 思考力はあっても、感情なんて不確かなもの僕らアズガルドの戦士は持ってなかったはずなのに。

 

 そのまま木箱に腰かけて、ずいぶん長い間呆然としてたよ。 これはなんだ、さっきのはなんだってぐるぐる考えてさ。


 その時おなかが鳴ったんだ! おなかが減るだって!? 驚いたよ。 いきなり人間みたいになっちゃったんだから。    


 困り果てたね。 そして天界に帰れなくなってた。 帰り方を思い出せなくなっちゃったんだ。


 気付いたら、神から借りた力がすべて失われてた。



 明け方になって親切な男の子に会ったんだ。 食べ物を分けてもらって。 ふふふ。 おいしかったよ。 ただの黒パンだったんだけど。 初めてものを食べたんだ。 


 ダンジョンへの道を教わって。 戦うことしかできなかったから助かったよ。


 それからずっとダンジョンに通ってる。 




 悪魔の痕跡もなにも見えなくなっちゃって。 


 代わりにダンジョンで鍛えた。 今度はただ生きるために。 


 僕にその生き方はむいてたみたい。 1年足らずで深層いりしてた。


 君が12歳の頃。 僕にパンをくれたあの男の子と再びダンジョンで出会った。 


 彼に夕飯に誘われて、ついていった家に女の子がいた。 あのギター弾きの女の子だった。 驚いたよ。 あれから何度も最後に会った場所に行ったり、辻を見て回ったり、さんざん探したのに君ってば全然見つからないんだもの。


 ずっと探してたんだ。 もちろん音楽も聴きたかったけど、一番の理由は、天界からの刺客を遠ざける贈り物を渡したかったんだ。 君が今も着けてるその指輪だよ。

 あの時、君が素直に受け取ってくれて助かったよ。 どうやって指輪を着けてもらおうか必死にあれこれ口上を考えてたんだ。



 今では殺人名簿の上の方に僕の名前があるんだろうね。


 だから、一つ所にとどまってられない暮らしをしてるんだ。 2,3日なら問題は起きないはず。そんなにすぐ居場所をつかめるはずがない。 でも1週間ならどうだろう。 一か月は多分無理だ。


 試したことはないんだ。三日同じ場所にとどまったことはない。


 好奇心で誰かを巻き込むわけにはいかないしね。


 毎回今日が最後だぞって言い聞かせて君の家に行ってた。 会いに行けば迷惑になる。もう付きまとっちゃいけないって、毎回自分に言い聞かせて。

 ただ、一緒に居たかった。 本当に僕はこらえ性の無い卑怯者なんだ。 


 半年前、ユーベルが死んで、そしたら急に怖くなった。 

 次は君かもしれない。 僕が付きまとってるから。 刺客にみつかり君が死ぬかもしれないって。


 ごめん 半年しか我慢できなかった ほんとは、お別れしなくちゃいけないのに。




 ユーベルが倒れた時のこと。 自分でも驚いたよ手を合わせて祈ってたんだ。 ユーベルを助けてくださいって。

 僕が失った神に対して祈ってたんだ。僕を殺す神に対して祈ってたんだから。


 改めて僕は人間になったんだなって。


 君の話を聞いてやっと理解できたよ。ずっと不思議に思ってたんだ。 魔力を持たない君が、ユーベルが倒れて回復魔法を発現したこと。


 僕が追ってた悪魔の名前がザルカエルだ。 そいつの居場所を教えてくれないか?

ここまでお読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたのなら、幸せです。

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