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4 ファイア・ガーデンの断罪

 二人の間にしばらく穏やかな時間が流れていた。


 窓の外をながめ薄く微笑んでいたセムヤザは、わずかに姿勢を正し私に向き直ると、

「さて、そろそろ君の役回りを説明いたします」と、言った。


 ふふ


「ずいぶん優雅に構えてるから忘れてるのかと思ったわ」

 

 セムヤザは両の手をパチッとあわせ、

「あの庭園を作った物語ヴォードオルフにでてくる君は、お姫様」


 私は、身振りで話の続きを促す。


「不倒の戦旗の下、金の髪を風になびかせ泰然と立つフレール姫。その姿に、騎士団は猛り勝利への確信を深くする。無数の角笛が天に響き渡る戦場を、銀の津波のように一斉の突撃を仕掛ける。

 その先頭、魔の大群をかきわけ、勇者フロズカルが血道を拓く。 ついにドラゴンを討ち取ったフロズカルは、不動の姫のもとにもどり、ひざまずきドラゴンの心臓を捧げ、姫は英雄をねぎらうのでした」  

おしまい。と言ってこちらの反応を伺うセムヤザ。


「……つまり。どういうこと?」 


「姫がドラゴンをぶちのめしたり、あたまから湖に飛び込んだりは無しってこと」と、にやにや笑いのセムヤザ。


 いつまでも昔のことを、

「あんた、ひっぱたくわよ?」  

「そもそもあれは不幸な行き違いよ。 運命の女神がソファで昼寝でもしてたのね」

 思い出すと顔が火照る。


 私の弁明に、話半分といった様子のセムヤザが、

「姫はただ英雄を信じる。 もって永劫不倒のガーダの戦旗は今日もたなびくのでした」


(ちっとも信じてないみたいだけど、さすがのあたしだって突撃なんてしないわよ)


「日傘の交渉は僕がするから。作戦は以上です」


 もし失敗したらセムヤザを担いで逃げよう。 と密かに決意する。


「さあ そろそろ着いたみたいだよ」


 

 言われて私も窓の外を見る。

 門のはるか奥に、鉛葺きのドーム屋根に尖頭窓が目を引く白い石造りの建物が見えた。

 

 壮大な宮殿というよりは、カントリーハウスのようだ。

 (イメージとはだいぶ違うわね)


 剪定の行き届いた見事な前庭に馬車で乗り付け、セムヤザはここでも衛士にメダルをみせる。


 (今度はまた違う色のメダルね)


 たまらず小声で確認する。

「あなた何枚もってるのよ、それ?」


 セムヤザはおどけた様子で、

「これで全部だよ。 2枚だけ」と、ウインクする。

 


「さぁ、参りましょう」と、エスコートされ馬車をおり並んで歩く。


(衛士はボディーチェックさえしなかったわね)


 

 白く輝く複数の扇模様を重ねた曲面天井の長いアーチを抜けると、


 そこは――



 

 一気に視界が開けた。


 冬だというのに千々に花咲き乱れる庭園。 初代王の物語がそのまま残る。 ここはファイアガーデン。


 500年前の戦争の跡地。 いまだ消えない竜の炎が燃える場所。 すり鉢状の大地の中心に、英雄と竜の激闘が産んだ大きな裂け目は、そのまま湖になっている。

 あたりを囲うすばらしい花々と、むき出しになった黒い大地から時折吹き上がる炎。

 流れる川を押し潰し生まれた断崖が滝となり、湖にに注がれる様は果てしなく美しかった。  

 

 古の戦場にして、冬なお暖かい王の保養地。


 古い石造りの手すりから身を乗り出して、しばらく言葉も忘れて眼下の絶景を眺めていた。


 隣からセムヤザの視線を感じる。

「草原に張られた天幕の下の、たくさんのおつきを従えている人。あれが本物の王子かしらね?」


「どうやらそうみたいだね」


 私は、取り繕うように、

「口空けて放心してたわけじゃないのよ。私もプランを練ってたの」


「何かほかにわかった?」


「ここのテラスで待ち構えるのが吉ね。突撃は、やめておきましょう」 

 僕も賛成。と、セムヤザ。


 石造りのテラスには、いくつもテーブルがしつらえてあるが、くつろぐカップルはほとんどいなかった。


 そして、舟遊びから引き上げてくる数人の集団の中に、目的の女。オコネンを見つけた。

 彼女がさしているのは、間違いなく私の日傘だ。 

 


 静かにその時が訪れるのを待つ。


◇◇◇◇


 こちらの視線に気づいたレディ・オコネンは集団から離れまっすぐ向かってきた。


「呆れた。 どこの屋敷から服を盗んできたのかしら? あなたセシルよね?」

 

「私が言いたいことは、あの時十分伝えたはずよ?レディ・オコネン」

 

「それはお互い様ね。 なんとまぁ、生きてらしたの。 ホントにゴキブリみたいな生命力だこと」


 約束どおり無言の私。 ただ、展開を待つ。


 オコネンは、おもちゃを見つけた獣の凄惨な笑みを浮かべ、

「あなたどうやって忍び込んだのか知らないけど、あたしが見つけたからには悪運もここまでよ。 どうしたの。 ずいぶん静かじゃない?」


(不思議ね。後ろにセムヤザがいるだけで心が波立たない)


 オコネンは、差していた傘をくるくる畳み、見せるのも嫌だとばかりに後ろ手ににぎりこむ。

「縛り首にならないことを祈るのね。 私が始末する手間を省いてくれたことだけは感謝するわ」


 一切反応しない私に業を煮やしたのか、オコネンは衛士に呼びかける。 

「セキュリティー! このカメムシをつまみだしなさい。 気を付けるのよ、この虫は飛ぶから」

 おーほっほっほっほ


 これには正直カチンときた。


 黙って話を聞いていたセムヤザが、私の目くばせを無視して一歩前に出る。


(あら珍しい。怒ってるわ)


 セムヤザが、近寄ってきた衛士を目線だけで下がらせる。


 剣呑な空気が満ちる前に、私は一つ深呼吸して、

「これで最後よ。 殿下の御前で恥をかく前に返しなさい」


 一向にとびかかっていかない衛士にご立腹の様子のオコネンは、こちらに視線さえよこさなかった。


 そして、セムヤザが口を開いた。

「レディ・オコネン。 お手の日傘を見せていただけますか」


 そこで初めて気づいたように、

「あら?あなた学園の生徒ではなさそうね」

 

 (セムヤザ相手に首をかしげて、あだっぽく振る舞ってるつもりかしら)


「そこの人に何を吹き込まれたのか知りませんけど、正真正銘この傘は私のものよ」

 

 尊大に顎を突き上げ、憎たらしい笑顔を寄越す。

「金貨100枚で最近購入したのよ。 それだけの金子(きんす)が彼女に用立てできるわけないでしょう?」

 茶会の見世物に集まりだした高貴な観衆相手に、身振りを大きく。傘を掲げて動き回る。


(まるで田舎芝居の稽古ね)


 私は、隣に立つセムヤザの気配が突然変わったことに気付いた。

 

 セムヤザは、通りの良いバリトンの声で、

「アトリエ フューザ。 あなたが手に持つ日傘を作った工房の名です」

 

 聞き覚えなんてまったくない単語だ。


「職人が手掛けた発表してある作品は10もない」 


「――とりわけそのロゴの入った作品は」


 声を落とすが、はっきりとあたりに伝わる響きがある。

「世界に3つしかないんだ」


 私には、セムヤザが何を言っているのか理解できない。


「一つはとある深層冒険者が所持するケープ」


「一つは女王陛下が身に着けたドレス」

 

 さらにセムヤザが大きく見える。

「そしてあなたが盗んだこの傘」


「……盗んでなんかないわ」

 オコネンの声は確かに震えをはらんでいた。


 セムヤザは、その返答がまったく聞こえていないかのように振る舞う。


(この日傘はユーベルがあたしに買ってくれたもの)

 私の知らないセムヤザがそこに居た。


 招待客の間に困惑が広がる。 騒ぎをききつけ、距離をとり周りを囲んだ集団の中に、さきほど見かけた王子がいた。

 

 その場の誰より私自身が混乱してる。


 王子が黙って話を聞いているので、その様にならって護衛さえも介入しない。


 セムヤザは、更に風の中に言葉を走らせる。

「迷宮深層に通い、手ずから集めた希少なアイテムを、本物の職人が時間をかけてリビルドしたのがそれら作品なんだ」


「生命力を高め、病を祓うスロスキの衣を希少な霊薬で染色したそのドレスは、縫いこまれた宝飾もまた稀代の逸品。 ちなみに女王陛下は、その褒美に金貨3万枚。 ケープを引き取った冒険者も対価に同じだけ支払ったよ」


 ここまで黙って聞いていた王子の口から、マイスター・アザ。と、確かに聞こえた。


 その言葉を受けて、幾人かが息をのむ。

 意味を知る人も稀。 私は、その先を聞くのが恐ろしい。


 あたりの静寂に、とおりの良いバリトンが響く。 


「物には格があり、それを得る人物にもまた格が求められるんだよ。 それを真に必要とする深層冒険者。 世界を治める知者。 あるいはそれを身に着けるだけの美しさを備えた女性」

 

「物が人を選ぶんだ。 ユーベルの作品はそういうたぐいの特別なものなんだ」


(ユーベル?)

 いよいよ頭が混乱してきた。


「ドレスもケープも凄まじい逸品だがその傘には及ばない」

「素材それ自体でも伝説に連なるにふさわしいだけの希少性がある」


「だが、これはそんな生易しいものじゃない。伝説が霞むほど、いやそれ以上だ!」


 セムヤザは、ほとんど叫んでいた。

「その傘は!兄が妹のため想い、文字通り命を削って作ったたった一つの作品なんだ!」


「魔力に乏しいユーベルが、15か月の間、毎日毎日作業して仕上げた一切妥協のない宝なんだ!!」


(そんなことぜんぜん知らなかった)


 大雪の日、私が止めるのもかまわず、工房に通う義足の兄の姿を思い出す。 あの日もやっぱり微笑んでいた。


「ただ愛する妹の、人生最初の晴れの日を祝福する純粋な想い。いつまでも、年をとっても使ってほしい。その時自分が居なくても、かたわらに持っていてほしい。


『自分が死んだあと、もし妹がふさぎ込んでいたらこの日傘が助けてくれる』


『優しい妹が、自分のために悲しみ、部屋でふさぎ込んでいても、 この日傘がお日様の下へ連れ出して、歩いてくれるんじゃないか』 って!

ユーベルのその祈りが、奇跡みたいなこの日傘を世界に紡ぎだしたんだ!」



 想いが、満ちて。


 セムヤザは、この世のすべての理不尽を神に聞かせるかのように、

「僕らの祈りと時間と思い出と命そのものが!! その作品はこめられてるんだ!!!」



あにとの おもいでを おもいだす


たぶん頑固なおにいちゃんのことだから、セムヤザとずいぶん作品のことでもめたんだろう 

たぶんやさしいおにいちゃんのことだから、にこにこ笑って、つくってたんだろう

たぶん我慢強いおにいちゃんのことだから、ずいぶん無理してつくったんだろう


なんにも一つもかえせてない


できそこないの妹は、部屋で毎日泣きながら綺麗な日傘を眺めてた。



ごめんね



ありがとう


 

今日から毎日 差して歩くよ。


日傘は嬉しい 本当にうれしい。


それでも、



ただ、 



生きていてほしかった。




「レディ・オコネン。 まるで君にはふさわしくない」

 鉈を振り下ろすように言葉を切り、射貫くような視線。


 オコネンは手すりの下にしゃがみ込み、セムヤザを憎悪が篭った視線で、歯をむきにらみつける。


「このロゴの正確な読み方はセシル・シャミヤード。いずれ三品とも元は彼女が身に着けるためにデザインされたんだ。さあ、あるべき場所に返してもらおうか」

 


 その時王子が前に進み出た。

「仮面を外したお顔を初めて見ましました。 マイスター・アザ。母上の命の恩人とはつゆしらず」

 言葉を切り、オコネンを一瞥する。

「私の招いた客が無礼を働いたことを謝罪します」


 王子の突然の謝罪に、辺りの招待客は一斉に視線を逸らせた。


 王子も怒っている。


 わたしには、兄の思いが知れただけで、もう十分だった。

 しゃがみ込むオコネンに、そっと近寄り肩に手を掛ける。

「お願い、返して?」


反応は劇的だった。

「うるさい!!! しらない!! しらない!!!」

 

 大声で泣きじゃくり、癇癪をおこして私の手を振り払い、

 唐突に立ち上がると、一瞬のためらいもなく、眼下の炎に向かって握った日傘を投擲した。


 とっさに手を伸ばすが間に合わない――



 傘が!!!


 

 時間が引き延ばされる――


 日傘は回転しながら飛んでいき、視界から消えた


 一瞬の間を置き、私の隣を影が通り抜ける


 止める間もなく柵を乗り越え、迷いなくセムヤザが飛び降りる


 私は、慌てて手すりから身を乗り出し、


 突然吹き上げた炎の中に飲まれた。



 招待客の悲鳴が響く



 一瞬炎が収まった機会を逃さず、手すりに乗り出し見下ろすとはるか下、


 セムヤザが、炎の中に悠然と立っていた。 


 セムヤザは、ゆっくりと日傘を拾い上げると、テラスにつながる管理用の片持ち階段を上がってくる。 


 思考停止からあけて、

 私はあわててセムヤザに向かって走り出す。 


 セムヤザがテラスに足を掛けたのと、私が回復魔法の詠唱を終えたのは同時だった。

 手の中の頼りない青い光は、セムヤザの胸に消えた。

 そして、首にしがみつくように抱きしめた。


 セムヤザの耳元で、

「ばか!」


「ほんとに無事なの!?」

 

 セムヤザは、抱きしめていた私の肩に手を置くと、

「この傘はね。あらゆる類の炎から君を守ってくれるよ」

 私に日傘を差しだした。


「傘じゃなくてあんたよ!」


「僕の服もユーゼルがあつらえてくれたんだ。 もちろん平気だよ」


 驚きすぎて、寿命が縮んだ。

「君のために一度炎に入ってみたかった。 お嬢様、セムヤザがとってまいりました」 

 私の手に輝く青色の日傘が帰ってきた。


 私の返事を待たず、

「行こう。 ここにもう用はない」


 セムヤザが、サッと私の手をとった。

 そして振り返ると、王子が立っていた。


 セムヤザは私を背中にかばい、一歩王子に近づくと、無言で膝を折り、

「さきほどの謝罪確かに受け取りました。 では、ごきげんよう殿下」


 目の前の王子は、私たちだけに聞こえる声で、

「王家の恩人を、このまま返すのは忍びない」と、言った。


 セムヤザは、優雅に見える所作で、では一つだけ頼まれてくださいますか。と聞いたうえで


「このメダルを先程の女性に返していただきたい」


 殿下に小間使いの仕事をさせるセムヤザを見て、私は青ざめる。 


 そんな私をかまいもせずに、

「参りましょうお嬢様」と、さもこともなげに微笑んだ。

 

 あまりの出来事に言葉もなく、私は慌ててドレスの傍をつまみ上げ、王子に膝を折ってから退散する。


 視界の端、鎧を着た険しい顔のロイヤルガードに囲まれて、座り込み泣き崩れるオコネンが見えたが不思議と何も感じなかった。


 



◇◇◇◇


 帰りの馬車で、濡れた子犬のように小さくなるセムヤザがやっと口を開いた。


「こんな大事にするはずじゃなかったんだ」

 まったくもって説得力のないセリフだが、表情だけは真に迫っていた。


「仕事で昨晩遅くにオコネン子爵に薬草を届けたんだ。 彼女の母が命を長らえたのは僕の働きだったんだよ。 それを伝えてメダルを見せて、殿下に見つかるまえに立ち去る予定だったのに――」

大きなため息をつくセムヤザ。 


「君のことあんなに言うもんだからつい。 ごめん」


 しょんぼりしているセムヤザ。 


 ふう


「王子にひざまずかない。 茶会に乗り込み名乗りもあいさつもしない。 主催者に断りもなしに断罪をはじめた。 あげく王子に無礼な頼み事。 いったいどの罪が一番重いのかしらね?」   


「僕も君の短気が移ったみたいだ」


その言葉は無視する。

「どれか一つでも縛り首なのに、あたしたちにふさわしい罰っていったいなにかしらね?」


 セムヤザはようやく顔を上げた。

「あぁ、そのことならたぶん大丈夫。 王子の母親には貸しがあるんだ」 

 にっこり。



 実際に傘が帰ってきた。その事実は、涙がでる程嬉しいはずなのに、実際どんな顔をしていいかわからなかった。 

「私は、あなたになんて声をかけるのが適切なのかしらね?」

 

 ようやく調子を取り戻したセムヤザは、

「これがヴォードオルフの物語であれば、英雄にキスを賜れませんか?」


 あきれた。

「ずいぶん秘密の多い英雄ね。 すっかり話すまでおあずけよ」


長い一日はまだ終わらない。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたのなら、幸せです。

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