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2 もうどこにでも連れてって

「――中庭に池があってよかったね」

 

 目覚めると、そこには心配そうにのぞき込む金髪の男の子の姿があった。

 今にも泣きだしそうな青い目をした、あたしとおない年の15歳。

 半年ぶりに会ったセムヤザは、以前より確実に大人びて見えた。


「セシル。気分はどう? お医者さん曰く体に異常はないけど、よく寝た方がいいってさ。」


 ほとんど何があったか思い出した。当然あれは夢じゃないわけで。

 情けなくて口を開くのもおっくうだ。

「…いったい今何時なの?」

「朝の9時だよ」


(それじゃあたっぷり3時間も寝てたわけね)


 あたしは、枕に頭を乗せたまま尋ねる。

「それで、どういう話を聞いたの?」


「なんでも、寝不足の君が錯乱して身を投げたって。」

「たまたま今週は忙しくしてた所だけは認めるわ」


「それからルサージュって先生が、『淑女にあるまじき言動』をもう少しだけ破滅的にした言い回しで、君の勇姿を称えてたかな」


 先ほどのすさまじい醜態を思い出す。 

 (あたしの耳が聞いた、おんどりゃああってセリフはあたしの口から出てたのかしら?)  

 セムヤザに顔を見られるのが恥ずかしくて、知らずトゲトゲしい声になる。


「そんなことよりあたしの傘はどこ?」

「……そんなことって。 また少し痩せたね」

 セムヤザの細い指が私のおでこにひっついた前髪を払う。

「君までいなくなったら僕はこの広い連邦で一人になる」


 かまわず尋ねた。

「傘についてあなた何か聞かなかったの?」

「さぁ? そんな話聞いてないけど……。」


(あの性悪女!)


 図らずも飛び降りたのに傘はかえってこなかった。貴族の約束のあまりの軽さにため息がでる。


 そんな私をセムヤザは労わるように優しい声で、

「セシル。表に馬車を待たせてるんだ。帰ろう」


 兄の居ない空っぽの家。


 全身のだるさを無視して、あたしはのそのそ起き上がる。

 医局で着替えさせてくれたのか、灰色のローブは乾いていた。


 さっきまで激しい怒りが燃え盛っていた私の中のその場所は、池の水をたっぷり吸って、哀れな気持ちがぴったり収まるほどに小さくなっていた。


 ほんとになにやってんだろあたし。

 この場にセムヤザがいなければ、あまりのみじめさにおそらく舌をかんでたはずだ。



「それで、……あなたこそどうしてこんな所にいるのよ?」 

 あたしは、頭の一番手前にあった疑問を言葉にしてみた。 


 セムヤザは、力が入らず鼻息でふがふがいう私に、

「仕事でたまたまこの街に用があったんだ。 君を尋ねたら医務室だっていうから」


 セムヤザは「あぁそういえば」と前置きをして、

「君が寝てる間に荷物ならすっかり馬車に積んであるよ。学園にはしばらく休みをもらえるように言ってあるから」


 何事にも手際のいい男。

 ということは、私の部屋の惨状もすっかり見られてしまったわけだ。

 あたしの私物なんてバッグ一つに収まる。それら全てが恥ずかしい。


 サンダルをつっかけ、立ち上がった私にセムヤザは、

「つらいなら抱っこして運ぼうか?」

 白い歯を見せいたずらっぽく笑う。


ふふ。 ようやく少し元気が出てきた。


「おだまり」


「ではお嬢様。このセムヤザにエスコートを務めさせていただけますか」

 セムヤザの差し出した手をとり、あたしは歩き出す。

 自ら望み願って入った学園だ。ここを出るときもまた、二本の足で去る。

 ――たとえその先が放校処分だとしても。



◇◇◇◇


 私たちを乗せた馬車は、王都の目抜き通りに向かってゆったり走る。


 私の話を聞く間、セムヤザは静かに怒っているようだった。

 先ほどの顛末をすっかり聞き終えて、

「それじゃあ君は、ユーベルの形見のために飛んだの?」


 その質問は難しい。ほとんど成り行きだ。 


 肩をすくめ「女の意地よ」というにとどめる。


 腕を組みひどい貴族もいたもんだとセムヤザがつぶやく。


 私のためにこの世で唯一怒ってくれる男の子。

 思えばセムヤザとはもう3年の付き合いになる。

 当時はお互い12歳。

 下町のはずれにある2人暮らしの我が家の夕食に、仕事帰りの兄がかわいい男の子を連れて来たあの日。


 私は幼いころから体が弱く、少しのことで熱を出すような手がかかる子供だった。5歳上の兄は、死んだ母の代わりになって、いつも忙しく我が家を支えていた。

 

 母の残した工房での仕立て屋仕事のかたわら、兄は熱心にダンジョンに通っていた。

 そこで知りあったのがセムヤザだった。


 ふかしたくず芋を仲良く3人で分けたあの頃の話。


 一人暮らしのセムヤザは、それから時々訪ねてきては夕飯を共に囲った賑やかな思い出。 


 12歳。あの頃夕食後の憩いの間にはあたしのギターがあった。


 その後運よく兄がダンジョンで見つけたオーブを売って、一息つけた。

 セムヤザは相変わらずで、出会ったころからずっと忙しそうにしていたっけ。

 

 足りないけど満たされた時間。

 このころが一番良かった。





 

 束の間 考え込んでいた。

「――それで君がもめた相手のオコネンって、もしかしてオコネン子爵のご令嬢?」

形のいい眉をゆがめてセムヤザが尋ねる。

 

「タイナ・オコネン。あの有名な金持ち子爵家の長女よ」


「ふーん。 なるほど」と何かに納得したようなセムヤザ。


 姿勢を正し、すこし楽しそうにして、

「それで?我がお嬢様。どうやってユーベルの形見を取り返すか、なにか策は思いついた?」

 

 懲りない二人。兄にはいつもそう言われてた。 


(そうねぇ)


「たしかあの女は、今日の午後から殿下主催のお茶会に行くはずよ。『ファイア・ガーデンに招待された』って今週ずっと騒いでいたし」

 浮かれたあの女が、これ見よがしに王家の印章が入った招待状を教室で広げていた光景を思い出す。 


「だから明日になれば学園に戻ると思う。明後日なら確実ね。今度は私が盗み出してやるんだから」


「君は、『ヴォードオルフ』に出てくる英雄フロズカルみたいに勇ましいね。賢者役の僕からのアドバイスは、今度決闘するときは、もう少し地面から近いところでやりなさいってことくらいかな」  

 

「言ってなさい。宝は私の独り占め。哀れ賢者は空手で山に帰るのよ」


 セムヤザは背中を丸めてくすくす笑う。


 改めて馬車の内装を眺めて気付く、

「最近のあなたはずいぶん稼いでるようね?」 

「たまたま最近機会があってね。 いつか君たち兄妹に今までたくさん借りた分を返せればって考えてたんだ」


 話題に悲しみが満ちる前に、

「小さなおジャガの借りは、さぞかし楽しみにしていいんでしょうね?」

「今日はその何分の一かでも返せればいいな」

 苦笑する。

「最悪な日にあなたが会いに来てくれた。ほとんどそれが全てよ」


二人を運ぶ馬車は、そろそろ街中に差し掛かっていた。


「それでこの馬車はどこにむかってるの?」


 セムヤザはその質問には答えず、

「君 ホントにけがは何ともないの?」


「あの学園には、連邦でいますぐ病院の院長を任せられる医術士が少なくとも一ダースはいるわ。そして私は端くれだろうが医術士よ」


命さえあれば、綺麗に治る。

(それとお金も)


「いけない! 治療費たてかえてくれたの?」


 にっこり笑うセムヤザ。


「いくら請求されたのよ? 今あるだけ払うわ」

 私は体を探り財布を探すが、医局で借りた衣装だと気づく。


 (それなら 荷物は後のトランクに入ってるはず)

 腰を浮かせた私に向かって、


「走行中は危ないですぞお嬢様」と、たしなめられる。

「あなたのセムヤザは買い物に行きたいんだけどご同行ねがえませんか?」


「そんなの後でいくらでも付き合ってあげるわよ」


「それこそが、なによりの報酬でございます」


セムヤザは、御者席に乗り出すと、小窓を開け、小声で御者に行き先を告げる。


(まぁこの場は借りておいて、後で必ず支払おう。もう学費をためる意味も失ってしまったしそれなら余裕も無くはない訳で)


 ほどなくして馬車は停車した。

 先に降りたセムヤザにエスコートされ降りた先は高級な仕立て屋だった。


「何? あなた仕事の途中だったの?」


 そこは、あたしでも知ってる町で一番の高級店だった。 

 相手にするのは貴族や一部の商人。 間違ってもローブ姿の平民女が訪れる店じゃない。


「へー。あなた、ずいぶん高貴な方と取引をはじめたのね」

 改めてセムヤザのこじゃれた服装を確認する。

 明るいところでよく見ると、目立ちはしないがずいぶん品のいい仕立てのシャツだ。

「たとえば君とか?」


「……? 気にせず行っておいでなさいよ。 私は外で待っておくわ」


 笑顔のセムヤザは、まるで聞き分けの無い子供に言い含めるような口調で、

「さあ! 仕事着の君も魅力的だけど、午後のために少しだけおしゃれしてみない?」と言った。


 話の行く先がわからない。

「……? 午後から何かあるの?」


「自分で言ってもう忘れたの? 王子のお茶会に乗り込むんだから素敵なドレスをしいれなきゃ」


「乗り込む?何言ってるのよ?それを言うなら、必要なのは黒い頭巾とマントでしょ」


「では、お付き合い願いましょう」


 セムヤザは、困惑する私の手をそっと取ると、かまわず店のドアをくぐった。

(いったいどこまで本気なの?)


 セムヤザの耳に顔を寄せこそこそ声で、

「あんたどういうつもりよ。金なんて逆さに振ったって出ないわよ」

「こういうお店は傘一本でも庶民じゃ買えないのよ?」


 言葉に妙な実感がこもり少しだけ恥ずかしい。


「じゃぁこうしよう。 君はここで何かを尋ねられ、それが気に入ったら優雅に微笑む。 言葉は話さず。 思うまま正直に」そういうゲームだと思って。とセムヤザ。


 エスコートされ、おそるおそる店内を見回す。


 棚に飾られた様々な種類の布。 そこは本当にきらびやかな空間だった。 


 案内に現れた店主は、明らかにこの場に不釣り合いな私の存在に気付いていながら、表情一つ変えずに「なにをお探しでしょう?」と、言った。 


 私は、視線を下げセムヤザの仕事の邪魔にならないように気配を消すように努める。

(さしずめ配役は、裕福な商家のせがれと、通りで拾われた女中ね)


 セムヤザは黙って微笑むと、胸元から何かを取り出した。


(今のなにかしら?)


 それを見た店主が、あらためて優雅に腰を折る。

 ドアの脇の看板をしまいこむと、あっという間に店が貸し切りになった。


 手際よく作業する店主に隠れて、

「あなたいったいぜんたい何を見せたの?」


 にっこり笑うセムヤザの手の中には、どこかの家紋が彫られた小さなメダルがあった。


「さて、改めまして何をお求めでしょうか?」


 声を掛けられ、浮かんだ疑問が引っ込んだ。


「こちらのお嬢様は、今日の午後の茶会のためのドレスを所望されています」


 (え?)


 そこで初めて私が目に入ったかのように、店主は居住まいを正した。


 私にもへりくだる店主の態度が妙におかしい。まるでタヌキの化かしあいをしている気分。 

 しっぽが見えないように、あたしはひたすら黙っておく。


「複雑な事情があるんだが……。 なにぶんお嬢様はお急ぎでね。 オーウェル王子を待たせるわけにはいかないのだよ」


 あやうくふきだすところだった。

(招待券もなしに忍び込むって。 まさか本気だったの?)


 ひたすら困惑する私にセムヤザは優しく、

「僕に任せて」


 

 それ自体がどれほどの価値かわからない、ピカピカに磨かれた大きな姿見の中に、気付けば私が立っていた。


 すぐさま店の奥から運ばれてきた、3種類のドレスをわたしの体に合わせていく。

 女性の裁縫士により手早く採寸がなされ、忙しく帳面に記入している。

 

 胸元が大胆に開いた豪奢なレース飾りの赤いドレスをまずは遠ざける。

(新年祭で歌う舞台歌手だとすれば相当なベテランじゃなきゃこれは着れないわね)


 せめてシンプルに見えた白地に青いアクセントがついたワンピースタイプのドレスを選ぶ。

 私の衣装選びを手伝う、二人の女性に「これにしようと思います」と告げる。


 私の答えがまるで望んだとおりのものだったと言わんばかりに、

「お嬢様の瞳の色と大変にお似合いです」と、ねっとり褒められた。

 

 実際に着てみると驚いたことにサイズはぴったりだった。

 鏡の前で軽く回って、全身を確認する。鏡の中の素晴らしい衣装を着た私も動いてる。


(これがあたしだって?)


 腰のあたりに複雑な花の刺繍が施されており、白く輝くのは真珠、青はサファイアをあしらっておりますと裁縫士が述べたようだが、それは聞き流すことにした。 

  

 セムザは少し遠くに立ってにっこり笑って楽しんでいたが、こちらは気が気じゃない。

 

(まさか、このまま茶会の会場まで走って逃げるはめになるんじゃないでしょうね)

 

 訳も分からぬままに帽子にネックレス、靴にオーバーオールに果ては下着の用意まで次々運ばれてくる。私はといえば試着室の中で、マヌカンよろしく立ち尽くし、インコのように「おまかせします」を連発するだけ。なすがままに服をはぎ取られ、着せ替えられ、飾られていく。

 

 もはやなるようになれだ。


 思考停止の半時間は「あ」っという間に経ち。今着ている衣装以外の、品は次々表の馬車のトランクに運ばれていった。


 ようやくひと段落ついたころには、セムヤザは離れた場所で、オーナーと談笑していた。


「ではもう一着は出来上がりましたら、宿にお届けいたします」

 出口に立ったオーナー相手に、鷹揚にうなずいたセムヤザに手を引かれ、堂々と支払いもせず店をでる。


「お嬢様? 喜んでいただけましたでしょうか?」

「正直言って、何が何だか」


 改めて自身を見下ろす。

 自分の格好が、いまだに信じられない。足元がふわふわしているようだ。


「それで種明かしはしてくれるんでしょうね?」


 にっこり笑うセムヤザ。


「君とのおしゃべりも素敵だけど、お先に食事はいかがでしょう?」


 らちがあかん。


「もうどこにでも連れて行って」



ここまでお読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたのなら、幸せです。

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