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Blue sky  作者: 立花くろは
第一章 夜陰
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8


 放課後になると、こうやって先生から手伝いを頼まれる。

 今日のようにホッチキス止めだったり、教室に貼らないといけないプリントを貼ったり、ノートを運んだり、どこどこの教室の掃除をやっておいてくれだとか、手伝いというよりも雑用を頼まれている。それを私は喜んで引き受けていた。


 頼まれることの方が圧倒的に少ないけど、私はあるだろうがないだろうが結局のところはどっちでもいい。時間が潰せるのなら、何でもいいのだ。


 家に帰りたくない。

 これが理由だから、遅くまで教室に残れるのならなんだっていい。



 案の定、ホッチキス止めが早く終わってしまお、時計を見ればまだ17時にもなっていない。あまりにも早く終わりすぎてどうしようか困っていた時、教室の後ろにある花のことを思い出した。

 トントンとホッチキス止めをしたプリントを整え、掃除道具入れの中にあるジョウロを取りに席を立つ。


 小さいジョウロに並々水を入れ、黄色、ピンク、濃いピンクと可愛らしい花に水をやる。

 

 この間まで枯れていたというのに、何故かまた咲き始めた。それが何だか嬉しくて愛着が湧いてしまい、放課後教室に残る時はこうやって水をあげている。

 名前も知らない花だというのに。まぁ、調べる気なんてさらさらないけど。



 ジョウロを花の横に置き、花の前で頬杖をつく。可愛いとは思うし、見入ってもしまう。でも、癒されるという気持ちはまだ分からない。


 可愛いという気持ちを抱くことはあっても、みんなが揃いも揃って綺麗というものを綺麗と思えることが幼い時からなかった。多分、嬉しいや楽しいという感情を覚えるのがあまりにも遅かったから。


 みんなと同じ感情を抱けないことに昔は腹を立てることも多かったけど、今はそれすらない。私にはきっとわからない感情だからとそれはすんなりと諦めた。

 諦めてからは、気持ちが楽になった気がする。その諦めを家族に、彼にも出来たらいいのに。


 何もかも自分と違うのだからと諦めてしまえば心も楽になるだろうけど、それが簡単に出来ないからこそ、こんなにも苦しい。



 はぁ……と溜め息をつき、人差し指でちょこんと花に触れたその時、近くで足音が聞こえると同時に視線も強く感じた。勢いよく後ろを振り向くが、視界には誰も居なかった。

 念のため廊下に人がいないか確認しに行ったが、結局誰もいなかった。


 気のせい……ではないと思う。でも、誰もいないということは気のせいでしかなくて。認めたくなかったけど、私は渋々気のせいということにした。


 少し気を抜きすぎていた、と反省する。

 また深く長い溜め息をついてから、いつもより学校を出るには早い時間だけど帰った方が身のためだと思い、机の横にかけておいた鞄に小説を入れ、鞄とプリントを持って職員室へと向かった。



「先生、終わりました」


「お疲れ。ありがとうな」


「いえいえ。これからも頼んでください」


「助かるよ。気を付けて帰れよー」


「はい」



 嫌な印象を与えないように笑みを浮かべながら職員室を後にして、今度は下駄箱に向かう。


 上履きからローファーに履き替えていれば、当然だけど外が見える。まだ外は明るい。いつも時間を潰している公園に今行ったら、きっと子供たちがいるんだろうな。それなら図書室で暗くなるまで時間を潰した方がいいのかもしれないけど、今日はもう、誰からも注目されたくなかった。口角も上げたくなかった。だから私は、あの公園に向かうしかない。


 一人になるまで小説を読んでいればいいんだし。髪を耳に掛けず、俯いて本を読んでいれば近寄ってこられたり、無理に微笑むことはないだろう。



 当然ながら、家に帰るには早すぎる時間。

 まだ父親はいないけど、母親が家にいる。自分の部屋に閉じこもっていようが、結局ひとりになれるわけではない。


 放置をしているくせに、勉強しろ勉強しろと煩く言ってくる。父親のように。それが昔から嫌で、高校生になってからは、21時を過ぎたら家に帰るという習慣を勝手につけた。


 図書館で勉強をしていただの、色んな言い訳をしても遅く帰ってくるのには変わりないため、耳に胼胝ができるほど「早く帰って来い」と言われ続けている。それは、帰りが遅いと危ないから早く帰って来いという意味ではなく、世間体を気にして早く帰って来いと言っているのだ。


 私のことなんて一ミリも心配していないのが分かる言葉に、どうして素直に従わないといけないのか私には解らない。だから私は、今日も公園へと向かう。



 公園の近くにある自動販売機でココアを買い、家から結構離れている公園に入れば、案の定子供たちの姿がちらほらと。私は一番端にある薄暗いベンチにいつものように腰を下ろし、鞄の中から小説を取り出す。


 暑くもなければ、寒くもないちょうどいい季節。でも、さっき買ったばかりのココアはすぐに冷めてしまうくらいの寒さではある。


 冬が始まれば、私はまた風邪を引くことになるんだろうな。それまでに私の居場所が出来ればいいが……今年も無理だろう。


 色々考えて、疲れて、いつしか周りの音が全て聞こえなくなるくらいただひたすら集中して小説を読んでいたら、文字が読みづらくなっていることに気づく。子供たちの声も聞こえなくなっていることにも気づいて顔を上げれば、街灯がついていて外は真っ暗とまではいかないが、子供が一人でいたら心配になるくらいの暗さまでにはなっていた。


 栞を挟んで小説を閉じると、自然と口からは溜め息が漏れた。もう少し暗くなってからの方が安心だけど、もういいかとスイッチが切れた私は背もたれに寄り掛かって、この公園に一つしかない街灯を見上げた。



 やっと、一人になれた。


 一人になったら溜め息なんてつき放題だし、表情筋も使わなくていい。手を振らなくてもいいし、気を遣わなくて済む。24時間の中で約4時間くらいだけど、このために一日頑張って生きている。


 もし、それらが当たり前の世界戦があるのなら、今すぐにでも行きたい。

 パラレルワールドの自分はきっと、幸せなんだろうから。


 そんな自分と居場所を好感したい。切にそう願う自分が馬鹿馬鹿しく思えて、勝手に悲しくなる。こんなことを公園に来ては毎回のように思ってしまう私は、やっぱり救いようのない馬鹿で。今日も、これでもかというくらい──死にたくなる。



 カシュッと冷めたココアのプルタブを開け、喉を鳴らしながら一気に飲み干す。そして21時15分を知らせるアラームが鳴り響く。



「嘘……もうそんな時間?」



 まだぼーっとして30分くらいしか経っていないと思っていたのに、いつしか21時を過ぎていた。


 もう家に帰らないといけない。憂鬱に憂鬱が積み重なっていって、今にも一歩踏み出しそうな気持になる。結局それは出来ないから、今日もまた生き延びてしまった。


 公園にあるゴミ箱に缶を投げ入れて、家とは言えない家へと帰る。



 子供が可愛くない親はいないだとか、親には子供の幸せを守る権利があるとか言っている人がいるけど、そんな無責任な言葉を最初に言ったのは誰なのだろう?


 この世界がみんなそう言える人で溢れかえっているのなら、虐待なんて存在しない。



 あぁ、まずい。公園を出たら誰に会うかも分からないのに、本来の自分を隠すことが出来ない。家に入るまでは高嶺の花を演じないといけないのに。


 今日みたいに演じることが難しい時のために、いつも鞄の中にはマスクを入れている。ただマスクの在庫があまりないことに今気づき、帰る途中でコンビニに寄ろう。心の中で独り言を言いながらマスクのゴムを耳に掛けようとした時、嫌な名前が聞こえてくる。



「玲青!」



 聞き覚えのある声と、嫌な名前に私は思わず振り返って姿を探してしまう。

すぐに天王寺玲青の姿は見つかった。そんな彼は、先輩たちと楽しそうに笑っていた。


 どんなことを話していれば、あんな風に楽しそうに笑えるのだろう? そう疑問に思いながら、いつも楽しそうにしている天王寺 玲青に、私はまた劣等感を抱く。


 私はこんなにも負のオーラをを漂わせているというのに、真逆な天王寺玲青が憎くて仕方がない。


 私と同じなくせに。私と何が違うのよ。

 どうして……ここまで違うのよ。

 


 神はやっぱり不公平だ。

 

 ただこの世に生まれてきただけなのに。あの家に引き取られただけなのに。私が何をしたっていうの。



 あの時、私が違うことを言っていたら、違う行動をしていたら、私の世界は違ったのかな。



 もっと世の中を上手く生きたいのに。


 彼女のように。

 天王寺玲青のように──。


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