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「キーホルダー、捨てないの?」
少しの沈黙だったが、破ったのはやっぱり彼だった。
「天王寺君に関係ある?」
「あるよ。俺が壊したんだから」
彼が壊したことは分かっていたけど、悪気など一ミリも感じさせずにさらっと自分が壊したと告白した彼に怒りを覚えることはなく、逆に恐怖を覚えた。
「サイコパスって天王寺君みたいなことを言うんだろうね」
「俺が壊してなかったらピンチから抜け出せなかったくせに」
「だからって……」
だからってキーホルダーを盗んで壊すなんて普通の人間はしない。
それに、私は助けてくれなんて頼んでいない。
勝手に助けに入ってきて、感謝されるのが当然のような態度が非常に気に食わない。
「正直やり方は汚かったとは思うよ。盗んで壊したやつを本人に渡してるんだから。でもね、白石さんを助けられる方法があの時はそれしかなかったから仕方がないよね」
一度その人の心に根付いてしまったものは簡単に消せることは出来ない。
私には理解できないが、彼はそれが当然なわけで。だからといっても変なことを正当化されても困る。
呆れを吹き飛ばすように息を吐き、ポケットに入っているキーホルダーを取り出す。
欠けてしまっている名前の部分を見て、思わず眉を寄せる。
「その表情って、一体どんな表情なんだろう」
「……なに?」
「そのキーホルダーって白石さんにとって鬱陶しくて仕方がなかった物でしょ? そんなボロボロになったらもう付けられないから嬉しがってると思ったのに、なんで嬉しそうにしないの?」
俺は白石さんのこと少しだけ知ってる、なんて言ってたくせに何も知らないじゃん。
多少は勿論嬉しかったよ。でも、明日からこのキーホルダーを付けられなくなった私は、今度こそ独りになる。
こんなキーホルダーごときでなにを言ってるんだって大半の人が思うだろう。
私はみんなよりも狭い世界で生きていて、友人たちの繋がりが唯一このキーホルダーのみだったことに今更気づき、これからどうしていけばいいのだろうと頭の中では焦りでいっぱいだった。
「白石さんって人生2週目って雰囲気出しといて、1週目すぎるよね」
突然話題を変えたと思ったら、結局は私に対する攻撃。
仲良くなりたいとか、理解してあげるとか、受け入れてあげるとか言ってたくせにただ喧嘩を売ってるだけで私のことを一ミリも理解してくれないし、受け入れてもくれない。
なんでこんな奴と同じ空気を吸わないといけないのだろう、という気持ちが膨れ上がっている私には、こんな奴とどう仲良く慣れがいいのか一ミリも分からない。
だから余計、彼を思い出しながら紡いでいった陽斗先輩の言葉が理解できない。
「俺はどう思う?」
「知らない」
「いいから答えて」
答える必要なんてないと判断した私は勢いよく立ち上がって鞄を持とうとした際、私の手を彼は掴んだ。その瞬間、プツンと私の何かが切れる音がした。
「なんで嬉しがってないと思う?」
「え?」
突然の私の問いかけに、彼は大きく目を見開いた。
「呪いだったキーホルダーがボロボロになったっていうのに、なんで嬉しがってないと思う?」
腹の底から怒りが湧き上がっている私と違って、彼はいつもと変わらない表情浮かべながら私の問いには答えられずにずっとこちらを凝視している。
結局は口だけだと呆れると同時に、物悲しいさに襲われた。
掴まれている手を思いきり振り払い、鞄を雑に持って席から離れる。
教室を出て行く直前で、後ろから「ねえ」と大きな声が私を引き留めた。
「俺とこれからどっか行かない?」
この人、やっぱりサイコパスでしょ。
明らかに自分に怒っている人間に言えるセリフではない。
やっぱり私たちは一生解り合えない。
それを再確認できた。
「どこに行く? ゆっくりできるところでお茶する? それとも可愛いお店でスイーツ食べる?」
「行かない。食べることが嫌いだから」
答えながら苦いものが心を満たした。
「なんで?」
「なんでって訊いたら全部答えてもらえるなんて思わない方がいいよ」
興味をそそるような言い方をした私も悪いけど、この事を教えるつもりはない。
わざわざ自分の弱みを握られることを言うなんて馬鹿だし、妹のことなど少しも思い出したくもない。
「やっぱり白石さんだね」
また喧嘩を売ってきたと思いきや、彼は不気味なくらい満面な笑みを浮かべた。
「そういう答えを期待してた」
なにそれ。
それを言うためだけに、そんなあどけない笑みを浮かべているというの?
ますます彼のことを理解することが出来ない。
なんだか腑に落ちないけれど、これ以上ここにいなくてもいい雰囲気を感じ取った私は教室から出て長い廊下を歩き始めていると、「白石さん」と再び彼に引き留められた。
歩みを止めてあげる必要などないが、何故か余韻を残して足は止まってしまった。
勝手に止まった足に心の中で文句をいいながら不本意だが振り向けば、教室から半分だけ体を出してこちらを見ている彼と目が合う。
「抜け駆けだけはしないでね」
彼の言葉の意味を瞬時に理解した私は胸が重くなり、怒りを通り越してむしろ殺意が芽生えていた。
当然ながら私は返事などせず、鞄のショルダーを強く握りしめながら再び彼に背を向けて歩き出す。
堪えきれない悔しさに唇をうんときつく噛みしめる。
血の味が口に広がり思わず吐き気が込み上げてくるが、それをまた堪えるように呑み込む。
こんなことになるなら一人を求めすぎないで図書室にでも行っとくべきだった。
もしかしたら図書委員のあの子がいたかもしれない。隣に座って少し話して、下校時間まで無言だったとしても天王寺玲青が私に話しかけてくることはなかっただろうから。
彼が私に何の期待をしているのか解らない。
私は彼の期待に応えられる人間ではないし、彼が求めている人間でもない。
お願いだから、君の理想に私を巻き込まないで。
私ではない誰かに期待して、私に言ってきたあの言葉を言って一緒に死んだらいいんだよ。
決して口にしてはいけないことを心の中で呟いた直後、午前中に見た憎悪を含んでいるのにとても悲哀に満ちていた彼が何故かふとよぎった。
5話完結しました。
次回から6話に入ります。
よろしくお願いします。




