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Blue sky  作者: 立花くろは
第一章 夜陰
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 放課後、今日も一人教室に残って花に水をやった後テスト勉強をしていたが、20分ほどで集中力が切れてしまった。


 いつも同じ環境だからと思って図書室に行こうとも考えたが、きっと人の視線で勉強どころではないだろう。


 こんなにも集中できないことは初めてだ。

 困惑、苛立ちが私を襲うが、それをどうやって沈めていいのか分からなくて、とりあえず背もたれに寄り掛かって天を仰ぎながら溜め息をついた。



「……うざ」



 頭に浮かんでくる顔のせいで、私はこんなにもボロボロになっている。


 集中できない理由をちゃんと分かっている。でもそれが余計私を混乱させ、顔に出てしまうくらいの怒りにい嫌気を差していた。


 何故あの質問をしてきたのか。

 あの言葉にはどういった意味があるのか。


 どうしてそれが嫌いなのかはどうでもいいけど、彼は私に何を伝えようとしているのかが分からない。分からないからどうしても考えてしまう。



 ──俺たち似た者同士なのに。



 彼と私のどこが似ているのか未だに分からない。

 私に何かを伝えようとしているのかは分かるが、今日の階段での柔和な笑みを思い出す度に彼への憎悪が膨れ上がり、またこの思考に蓋をする。これをもう何十回と続けている。


 こんな思考になってしまうのは、机の上に置いてあるボロボロになったキーホルダーのせいだ。


 3人お揃いのキーホルダーはレジンで作られている。ちょっと踏まれたり落としたりしただけじゃボロボロにならないのに、名前が入っている表面だけにヒビが入っていたり欠けてたりとあまりにもおかしな壊れ方をしている。


 それに、もっとおかしなところがある。

 こんなにボロボロになっているというのにヒートンは折れてないし、ナスカンに傷一つ付いていない。


 なにで壊したのかは定かではないが、こんなに上手く表面だけを壊せる?

 躊躇いが一切なかったらいけるのかもしれないけど、人の物を壊すのになんの躊躇いもないなんて、あまりにも人の心が無さすぎる。


 ボロボロになったキーホルダーをつまんで持ち上げる。

 じっとそれを見つめてみるが、壊したであろう人物の顔がふと頭をよぎって思わず目を細める。



「人の心なんてないか」



 渇いた笑みをこぼしてから何度目か分からない溜め息をつきながらなんとなく視線を前に向けると、黒板の下にあるゴミ箱が目に入った。


 オーダー品のキーホルダーは決して安くはない。私だったらそもそも買わない値段だし、名前入りのキーホルダーなんて特別に決まっている。

 ダヨンには本当に申し訳ないが、それでもこのキーホルダーは捨ててしまおう。


 席を立ち、ゴミ箱の前に立つ。

 ペダルを踏んで蓋を開け、キーホルダーを捨てようとした瞬間、耳元に誰かの息がかかった。



「それ捨てちゃうの?」



 誰もいなかったはずの教室から、しかも耳元で声が聞こえてきたことによって肩がビクリと跳ね、勢いよく振り返りながら距離を取ったせいで壁に思いきり肩がぶつけた。

 勢いよくぶつけたから痛いはずなのに、驚きから全く痛みを感じてはいない。それよりも全く気配を感じさせずに真後ろに立ち、私の耳元で声を発した天王寺玲青がいることに強く恐怖を覚えていて痛みどころではなかった。



「白石さんってそんな顔もするんだね」



 目を見開いて間抜けな表情をしている私を見て楽しそうに笑う彼に負の感情が生まれないわけもなく、視界が半分になるくらい鋭く彼を睨みつける。


 早くなった鼓動が不快すぎる。喉に何かが詰まったような感覚も覚えて更に不快感が増す。



「気配消すのやめて」


「別に消してないよ。白石さんが気づかなかっただけじゃん」



 それはそう。

 だけど、明らかに驚かせに来てるじゃないか。



「……帰ったんじゃなかったの」


「帰ったふりをしただけで、さっきまで屋上にいたよ」


「屋上? 鍵がかかってるでしょ」


「鍵なんて掛かってないよ。ま、俺を含めて3人しかそのこと知らないけど」



 屋上に鍵が掛かってないとか問題すぎる。

 生徒が屋上に入り浸っているのも、それを許しているのも私には理解できない。


 彼らにはとことん甘いんだな、と思いながら盛大に溜め息をつく。

 体勢を元に戻し、捨てようとしていたキーホルダーをブレザーのポケットの中にしまう。早く教室から出て行こうと自分の席に戻って鞄を持とうと手を伸ばせば、彼は私の鞄を掴んだ。


 触らないでと暗に告げるように鞄を自分の方に強く引き寄せるが、彼も力一杯鞄を掴んでいるせいで彼の手を振り払うことが出来ない。


 ここから出て行こうとしなければこの手は離されるんだろうけど、何故いつも私が諦める側でいないといけないんだろう。



「まあまあ、座りなよ」


「手放して。放したら座るから」


「今放したら逃げるじゃん。座ったら放すよ」



 鞄を掴んでいない方の手で頬杖をつく彼は、怖いくらいこちらを真っ直ぐ見据えている。


 学年一モテる彼とこんなに目が合っていたら、他の子だったら顔が真っ赤になるんだろうな。顔はいいけど性格に難ありだから私は赤くはならないし、絶対に彼のことを好きにはならない、なんて考えながら私は渋々自分の席へと座る。

 自分の言う通りにした私を見てにやりと笑った彼は、約束通り鞄から手を放した。



「今日もここで時間潰してたんだね」


「白々しい。知ってたから来たくせに」


「そんなことないよ。で、今日は何時までここにいるつもりなの?」



 私の机に両肘を置き、前のめりになってそう訊いてきた。

 誰のせいでまたここで時間を潰さないといけなくなったと思ってんの、と心の中で呟きながら私は椅子を思いきり後ろへと引き、彼と距離を取るために背もたれに寄り掛かった。

 あまりにも分かりやすい行動をした私を見て彼はまた笑ったが、彼の瞳には確かに翳りがあった。


 その翳りを、私は当然見なかったことにして俯いた。



「なんでいつも邪魔ばかりしてくるわけ?」


「邪魔なんてしてないよ。俺はただ、白石さんと話したいだけで」


「それが邪魔をしてるって分からないの?」


「なんの邪魔になってるか俺には分からない」



 全て見透かすような目をして話しかけてるくせに、分からないなんて言わせない。でも言わないと分からないの一点張りだろうから、遠回しではなく素直に本音を言った。



「独りになりたいからここにいるの。天王寺君がいると一人になれないの」



 少しだけ目を伏せながら気持ちを込めてそう言うと、すぐに彼からの言葉が返ってきた。



「本当にひとりになりたいの?」



 まさかそんな言葉が返ってくるなんて思ってもいなかった私は、勢いよく顔を上げて彼を見た。

 視界に映っている彼は笑わない瞳で嗤っていて、思わず唇を噛みしめてしまった。



「……なにが言いたいの」


「独りは寂しいよ」



 一人は寂しい?

 まるで知っているかのような口ぶり。


 一人とはかけ離れている人間がなにを言っているんだ。


 流石にここまでくると喧嘩を売られているとしか思えない。



「ひとりの本当の寂しさなんか知らないくせに……」



 冷たい怒りが私の背筋を這い上がり、心の内にあるものをありのまま口に出すと天王寺玲青の表情が一瞬にして変わり、私は息を呑んだ。



「俺のなにを知ってるの?」


「知らないよ」


「俺は白石さんのこと少しだけ知ってるけど、白石さんは俺のことなにも知らないんだよね? なんで知ってる風に言えるの?」



 そっちだって、私のなにを知っているというの。

 どうして私だけが責められなくちゃいけないの。


 言い返してやりたいのに、彼の圧に負けて口を開くことが出来ない。

 再び口を開けば腹立つ言葉が返ってくるだけ。それなら言葉を飲み込んで大人しくしている方が体力を使うことはないだろう。


 死ぬほど悔しいが、これ以上話すことはないと伝えるために頬杖をついて窓の外を眺める。


 段々と暗くなっていっている空には色んな色が混ざっている。それを人は綺麗と言うのだろうが、やっぱり私にはなにが綺麗なのか分からない。



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