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Blue sky  作者: 立花くろは
第一章 夜陰
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2


 洗面所の端に置いてあった鞄を手に取り、キッチンと繋がっているドアを開けてドアの横にあるゴミ箱にゴミを捨てた。そして、見たくもないのにダイニングテーブルが視界に入る。


 チェック柄のランチョンマットが3つあるだけで、他には何も無かった。


 今日も相変わらず、私の朝ご飯は用意されていない、か。

 分かり切っていたとはいえ、胸が痛んだ。


 

 家族は私を入れて4人。

 それに比べてランチョンマットの数は3つ。


 こんな低俗な嫌がらせを50代にもなってやってるとか、本当……世も末。



 意味もなくゴクリと唾を飲み込んで、憎たらしいダイニングテーブルに背を向け、視線の先にある冷蔵庫を開けて何が残っているのか確認する。


 みんながいなくなってから私は、お昼に食べるお弁当を作らないといけない。高校生になってすぐにそれが日課になった。


 一ヶ月にお昼代として5千円を渡される。その他にお小遣いがもらえるとか、そういうのは一切ない。学校に必要な物もこの5千円から出せという意味も含まれているのだろうけど、5千円なんてお昼代だけで消えてしまう。遊ぶお金も、勿論そこから出る。私が仲良くしている人たちの問題なのだろうけど、家で遊んだりとかはしない。必ずお金を使った遊びしかしないため、5千円は私にはあまりにも足りなかった。


 だから私は、この5千円で自分の好きな物を買ったり、学校に必要な物を買うために、家族には内緒でお弁当を作ってる。


 そんな私と比べてお小遣いをもらい、好きな物を好きなだけ買えて、悩むこともなく使える人が心底羨ましい。



 ──彼のように。



 卵を2個手に取り、卵焼きを作る。朝早く起きて洗っておいた弁当箱に卵焼きを詰め、以前茹でておいたブロッコリーを冷凍庫の奥底から取り出して、2個だけ手に取った。小皿に乗せ、ふんわりをラップをかけて電子レンジにかける。


 冷蔵庫にはメインのおかずはなく、少しなら食材を使ってもバレないだろうと豚肉一枚と玉ねぎを炒めて、焼き肉のたれで味付けをしたそれをシリコンカップに入れてお弁当に詰める。あとは少しだけ開いたスペースに漬物を詰めていく。


 あとは小さなおにぎりを握るだけで、ほぼ完成したお弁当を真上から見る。


 朝から弁当を作って偉いとは思う。ただ本当なら、こういう弁当は食べたくない。倒れない程度の栄養を取れればなんだってよかったから。食事をしない代わりに栄養点滴を食事代わりにしたいくらい、私は食事というものをしたくなかった。


 でも、社会で生きていくには食べるという行為は重要で。馬鹿みたいに変なところで浮きたくもなかったから、必ず一つは茶色いおかずが入った弁当を食べる以外の選択肢はなかったが、私にとって色んな匂いがするお弁当を食べる行為は、あまりにも地獄すぎた。




 おにぎりを握り終えてやっとすべての工程を終えたが、おかずたちが温かいから蓋が閉められない。


 学校に行くまで、まだ時間はある。

 冷めるまでの間、私はこの時間にしか座れないリビングのソファに座った。



 絆創膏が入っているポケットとは逆のポケットに入れておいた正方形のアイシャドウパレットと、ティントを取り出して、テーブルの上に置いてある鏡を手に取る。怒られない程度にメイクをし、鞄の中にあるポーチにしまうまで、またアイシャドウとティントをポケットにしまった。


 ティントが付いた指をティッシュで拭こうと思いテーブルに視線を向ければ、テーブルいっぱいに広がっているメイク道具やティッシュが気になった。


 私より家を出る時間も、通学時間も長いんだから早く起きればいいというのに、妹は早起きができないため、いつもギリギリで生きている。何もかもがギリギリだから、テーブルの上を片付けることもない。親たちもテーブルの上を片付けてから仕事や送迎をしに家を出ればいいというのに、それをしない。


 きっとそれは、私が毎回片付けてくれるからと思っているからだろう。


 散らかっているのを見ると片付けたくなるし、実際片付けてあげているからそれが当たり前となってしまっているのだろうけど、私には何の得もない。お礼を言われることもないし、妹はきっと母親が片付けてくれていると思っているから、毎回のように母親にお礼をしている。


 母親も母親で、「いいのよ」とあたかも自分が片付けたかのように返事をしていて、それが何よりも怖かった。



 私は都合のいい人間。

 誰も私の行動など見てはくれない。


 それをちゃんと理解しているというのに、馬鹿な私は行動に移してしまう。



 テーブルの下にある小さな収納ボックスにメイク道具たちをしまい、テーブルのあちこちにある鼻をかんだり、リップがついたティッシュたちをゴミ箱にしまう。何も無くなったテーブルの上を見てスッキリした私は、まだ時間があることを確認してから再びソファへと腰を掛けた。


 背もたれに寄り掛かり、ぼーっとしても頭に浮かんでくるのは妹のこと。



 妹は小学生、中学生。そして高校生になった今でも、毎回学校まで母親に車で送ってもらっている。

 高校生になって更に底辺の奴らと仲良くするようになってからは帰ってくるのが遅いため、帰りは自分の足で帰ってくる。それを怒らず許している両親たちが怖くて、そして何よりも憎くて仕方がない。


 私は行きも帰りも徒歩と電車。生まれてこの方、親の車で送迎なんてしてもらったことがない。卒業式や入学式の時ですらない。


 別に送ってもらいたいとかそういうことではない。

 妹にとって送ってもらうということは、当たり前なだけだから。



 この世には、色んな当たり前がある。


 例えば、テストで100点を取ったら褒めてくれるとか、風邪を引いて熱が出たら学校を休むとか、誕生日におめでとうと言ってくれるとか、ご飯を用意してくれるとか。両手じゃ数えきれないくらいの〝当たり前〟というものが存在する。


 けれど私には、その当たり前が一つもなかった。


 いい点を取らないと誕生日もクリスマスもプレゼントを買ってもらえない、という約束をさせられたから頑張って勉強してテストで100点を取ったというのに、生まれてこの方プレゼントは買ってもらったことはなかったし。熱があってフラフラもするというのに、「熱くらいで学校を休むな」と休ませてはくれなかった。


 メイクをするのも、お洒落をするのも、みんなが当たり前のようにしているゲームで遊ぶことも、お小遣いをもらうのも何もかもダメ。


 これの他にも数えきれないほど私には〝ダメ〟が与えられている。

 私の当たり前は〝良い意味ではない〟当たり前ばかり。


 許されるのも、与えられるのも全て──妹だけ。



 それがずっと納得できなかった。

 でも今はというか、見つけた瞬間、腑に落ちたというか。

︎︎

 それは──私が本当の子供じゃないから。



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