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今までも何度も心臓が大きく跳ね上がることはあった。けれど今回は、今までと比べ物にならないくらいドクンッと大きく心臓が跳ね上がり、動悸がすると同時に視界が一気に狭まった。
やけに耳につく鼓動が不快で仕方がなくて、呼吸をすることも瞬きをすることも忘れて彼を凝視していると、更にグッと私に顔を近づけてきた。
「俺もね、自殺願望があるんだよね」
「っ……」
「だから言ったでしょ? 一緒だって」
誰がそんな言葉を信じるんだ。
みんなから愛されて、欠点などどこにもない人間が私のように死にたいって。死ぬなら自らの手で死にたいだなんて思っているはずがない。
私に自殺願望があることをなぜ彼が知っているのかは分からないが、私は更に彼のことが苦手になった。
「だからさ、一緒に死なない?」
彼の顔は真剣そのもので、嘘をついているようには見えなかったものの、私には無いものが沢山あって、私が欲しいものも沢山持っている彼が死にたいだなんて。それも一緒に死のうと誘ってくるとかふざけてるでしょ。
なんでこんな奴がみんなから愛されているのよ。
「きっと、あなたは甘やかされて育ってきたんだろうね」
「なにを根拠にそんなことを言ってるの?」
「あなたのその態度。何でも手に入れることが出来るっていうその態度が癪に障る」
彼は表情を崩さず、ずっと口角を上げたまま。
まるで、私がそう言うと分かっていた態度に私はまた腹を立てる。
「そんなあなたとは一生分かり合えないから」
「えー? 俺たち似た者同士なのに」
「それこそ何を根拠にそんなことを言ってるの?」
「今まで俺の前でも必死に高嶺の花を演じてきたのに、もう演じなくていいの?」
今更そんなこと訊いて何になるの。
自分だって〝俺〟って言ってるくせに。
確かに、必死に築き上げてきたものを一瞬にして壊してはしまったけれど、彼に好かれたくはないし、今更いつもの私で接するなんて無理な話で。顎を引いて彼を睨みつけていたが、顎を上げて見上げるように睨みつければ、彼は少しだけ真剣な表情になった気がした。
「白石さんを全て理解した上で言ってる」
「いい加減にして」
「そんなに怒らないでよ。俺はまず仲良くなりたいだけなんだから」
「難しいと思うよ」
「そんなことないよ。俺たち絶対相性いいし」
「……もし仮に似た者同士だったとしても、私たちは絶対に分かり合うことはないよ」
「ううん、そんなことない」
ここまで言っているのに、なぜ否定が出来るだ。
しかも、その自信はどこからくるんだ。
ただただ私の中で怒りが増幅していって、仲良しごっこをやりたいのなら他を当たって。そう言おうとして息を吸い込めば、先に彼が口を開いた。
「俺だけにしか白石さんを支えることも、理解してあげることも、受け入れてあげることもできないよ」
理解して〝あげる〟?
なにその上から。まるで私が頼んでるみたいじゃない。
誰もあんたになんか私を理解してもらいたくも、受け入れてもらいたくもない。
改めて彼の存在は、警戒しておくに越したことはないと思った。
結局言い返すことはなく、勢いよく顔を背けると同時に手を振り払い、彼に背を向けて部屋に戻った。
感情を抑えることが出来ず、ドサッと勢いよく腰を下ろしたせいで陽斗先輩がこちらに顔を向けた。先ほどのように顔を覗き込ませるのではなく、トントンと肩を叩いて自分の方に視線を向けされるように仕向ける先輩。
膝の上で拳を力一杯握りしめながら、渋々陽斗先輩の方に視線を向ける。
「なにかあった?」
「……いえ」
何があったのかなどメッセージの時のように馬鹿正直に答えれるわけもなく、先輩から目を逸らしてふてぶてしくそう返事をすれば、先輩はそれ以上訊いてくることはなく、「そっか」と流してくれた。
陽斗先輩に八つ当たりをしても意味がないというのに。
それに、さっきの先輩の声、すごく悲しそうだった。
早く謝らないと。
でも、自分から話しかけるのは少し気まずい。
心に生まれたモヤモヤの名前は分からないが、放置をすればするほどそのモヤモヤは増幅していく。ウジウジしたって意味ないし、これ以上自分の中に溜め込むのもよくないと判断した私は、何度か瞬きをしてから勇気を振り絞って陽斗先輩の〝はる〟まで言いかけた時、部屋に戻ってきた天王寺玲青のせいで私の声は遮られてしまった。
また邪魔をされたと思った私は、みんながいるなか自分の感情を抑えられなくて彼を睨みつけた。彼もまたこちらを見ていて、勿論目が合っている状態。眉間に出来たしわが更に深くなっていく私とは違って、彼はふいっと私から目を逸らした。
今まで一番と言ってもいいほど冷たかった目つきにこれでもかというくらい怒りを覚え、やっぱり私は表情管理ができなくて。一気に血圧が上がった自分を落ち着かせるためにお茶が入ったコップを手に取って飲もうとしている私の前にわざわざ座ってきた彼は、先程とは違ってみんなにいつも見せている笑顔を私に見せつけてきた。
別にみんなと同じ対応をされたいわけじゃない。彼に好かれたいわけじゃない。特別になりたいわけでもない。私だけが彼に見下されているのもよく解っている。ただ、それを理解している私に見せつけてくるだなんて、本当いい性格してる。
──俺だけにしか白石さんを支えることも、理解してあげることも、受け入れてあげることもできないよ。
先程そう言っていたくせに、その態度はなんなの。
彼を理解するなんて到底無理な話だが、彼との会話はこの世で一番くだらない会話だったな。
「二人とも、トイレ長くなかった?」
絵麻の一言にちょうど音楽が終わり、少し緊張が走る。
何か言わないと変に誤解される。
それなのに声が出ない。
何度も生唾を飲む私と、そんな私を心配する陽斗先輩とは違って、彼はくすっと笑った。全員が彼に視線を向けるなか、彼は隣に座っている絵麻の顔を見るように前屈みになった。
「面白いこと言うね」
「だって、遅かったし……なんかやましい事してたんでしょ」
「してないって。僕は電話しに行ってただけだし。何かあるなら一緒に帰って来てるよ」
嘘臭い笑顔でよくもまあ、スラスラと嘘が出てくるもんだ。
でも、彼が嘘でも話してくれたおかげで助かったのには変わりなくて。コップを握る力が徐々に強まっていく。
「それに白石さんとあまり話したことないし」
「それもそうか」
「でも」
私の方には一切顔を向けず、絵麻たち向けて言葉を続けた。
「僕は白石さんと仲良くなりたいって思ってるよ」
別に今言う必要なんてどこにもなくて。そんなこと自分の中で留めておく感情だ。
けれど、彼が口にしたせいで何故か凪沙と絵麻から鋭い視線を向けられている。
二人は先輩の方が好きで、彼になど一ミリも興味がなかったはず。
思い当たる節と言えば、今日は私たちが主役なのに何でお前がちやほやされてんだよって思われてるんだろうな。
確かに今は私が会話の中心になっているのかもしれないけど、そうさせたのは絵麻だし。私は一言も話していない。彼が勝手に言ったことなのに、私に怒りの矛先を向けないでよ。
「玲青、人見知りだから無理無理ー。俺たちとだけ仲良くしてなよ」
「僕が人見知りっていつの時の話? もう人見知りじゃないよ」
「え? うーん、確かに色んな人と話してるなぁ」
「でしょ?」
黒木先輩が間に入ってくれたから少し空気が変わり、ようやくカラオケを再開することになったが、私の気まずさが消えるわけはなくて。正直、数分前に彼に言われた〝一緒に死のう〟って言われたことなど記憶から消え去ってしまうくらい、怒りでどうにかなりそうだった。
私が何をしたっていうの。
関りなんて持つどころか、避けていた。
避けても近づいてくるのはいつだって彼なのに、声を発していないどころか喜んだり微笑んだりしていないのに、いつだって私は悪者扱いだ。
悲しさと怒りで感情がグチャグチャになり、涙が滲んでこないように歯を食いしばってひたすらこの場を耐えることしか私には残されていなかった。




