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Blue sky  作者: 立花くろは
第一章 夜陰
19/33

18



 一人が歌い終わると、すぐに次の人が歌い出す。

 カラオケってそういう場所だし、日々のストレス発散の場所でもあるからみんな休むことなく歌い続ける。


 歌い終わった人には上手だったと、流石だと言い、歌っている人には気を遣いながらニコニコと笑みを浮かべ、リズムに乗りながら手を叩きながら聴き入っているふりをする。


 こんなのいつものこと。

 知っている曲も知らない曲も私には関係ない。


 それが今日は、死ぬほどつまらなくて仕方がない。



 いつもだったらそんな感情すら生まれない。この空間だって苦など一切感じない。

 でも今日は、彼がいるから。それだけの理由でどうして自分がこんなにも変わってしまうのか理解が出来ない。



 ただ嫌いなだけなのに。

 ただ、それだけなのに。



 ドンドンと低音の強い音が内臓を刺激する。

 ただでさえ大きな音が苦手だというのに、体調が優れないなか、こんな密室で何時間と大きい音が聞いていると段々気持ちが悪くなってくるのも当たり前で。我慢していた吐き気がついに限界を迎え、席を立とうとすればトンと肩に手が乗る。


 振り向くと、隣に座っていた陽斗先輩が心配そうな表情を浮かべていた。



「どうしたの? 具合悪い?」


「あ……」


「帰ろうか? 送ってくよ」



 顔を覗き込んでそう言ってくれる陽斗先輩の目をちゃんと見ながら首を横に振って、心の中でごめんなさいと呟きながら先輩の手を剥した。



「トイレに行って来るだけなので」



 咄嗟に笑みを浮かべれば、陽斗先輩はスッと真顔になった。その顔は怒っているような、悲しんでいるような何とも言えない表情で真っ直ぐこちらを見据えていた。


 何かから逃れようとする時、笑みを浮かべる癖が陽斗先輩の前でも出てしまった。それによって傷つけたことなんてすぐに分かったというのに、斜め前からの視線に思わず反応してしまった私は、陽斗先輩に謝ったりするのではなくチラッと斜め前に視線を向けると、当然ながら彼と目が合った。


 何を考えているのか分からない表情に恐怖を覚え、あとは気まずさと先輩からの視線から逃れたくて会釈をした私は、足早に部屋から出て行った。



 いつもより早く歩いて、完全に私の姿が部屋の中から見えなくなった辺りからもがくように走ってトイレに駆け込んだ。


 学校の時と同じようにトイレには私以外誰もいなくて、個室に入って鍵を閉めた途端、盛大に溜め息をついた。その息は少しだけ揺れていた。



 怒りだけの感情が湧いてきて無性に暴れまわりたいし、してもいいのなら今すぐにこの扉を思い切り殴って蹴りたいけど、当然その行為は出来るわけなくて。その場に座り込んで力一杯自分の体を抱きしめて怒りを鎮めることしかできなかった。


 吐きそうなくらい気持ちが悪い。

 でも、吐くことが出来ない。


 胃にほとんど食べ物が入っていないのだから吐けないのも当然だというのに、それすらこの時の私は分からず、何もかもに怒りを覚えた。


 じわりと目に涙が浮かんでくるけど、この後また部屋に戻らないといけないのだから泣くことは許されない。変に注目を浴びて変な視線を向けられたくはなかったから。



「はぁ……」



 たった一人の存在で、どうして自分がこんなにボロボロになってしまうのかが意味分からない。分からないからこそ頭にきて、体力が消耗する。


 転校したい。

 劣等感を抱かなくて済む環境に行きたい。

 本来の自分でいてもいい所に行きたい。


 もう、死にたい。


 いっそのこと、死ねない理由がどんどん増えていけばいいのになって思ったけど、死ねない理由が出来たところで何だって話になってくる。差別が無くなるわけでも、今の現状が変わるわけでも、私を捨てた親たちの謝罪が聞けるわけでもないのに。


 私って本当、なにしにこの世に生まれてきたんだろう?



 苛立ち、悲しみから貧乏ゆすりを無意識にしていたため、床にローファーが当たる音が響き渡っているのと、扉もガタガタと揺れていることにようやく気付いた私は、膝に手をついて溜め息をつきながら立ち上がった。


 ここに長居をすると何だか面倒なことが起こりそう。そうじゃなくても部屋から出る時に陽斗先輩なんかは心配してくれたし、早く戻らないと。


 ただ、戻ったところでいつもの対応が出来るか出来ないかは別だ。



 ムカムカしている胃を押さえながら個室から出て、げんなりしている顔を見ながら手を洗う。ポケットから取り出したハンカチで手を拭きながらトイレから出た瞬間だった。



「ねえ」



 聞き覚えのある声に伏せていた目を上げると、壁に寄り掛かって明らかに私のことを待ち伏せしていたであろう天王寺玲青に声をかけられた。



 目も合っているし、声をかけられたからには無視はできない。

 そう思ったけれど、見下しているような表情を彼は浮かべていて、雰囲気も何故かいつもと違う。何もかもが癪に障って返事もせずに彼の前から立ち去ろうとすれば、それを許さないとばかりにひんやりとした手で手首を掴まれた。



「放してください」


「二人で抜け出さない?」



 予想外の言葉に動きが止まり、思わず目を見開いてしまう。


 そんな行動など彼には予想通りの結果だったのだろう。後ろからふっ、と鼻で笑ったのが聞こえてきたことによって一気に怒りが頭と胸に広がり、勢いよく振り返ってしまう。



「なに、突然」


「だってつまらなくない?」



 あんなに楽しそうに歌っていたくせに?

 なんて思ったが、つまらないという言葉に少しでも共感してしまったことに心が物凄くざわついている。



「それに、白石さんと二人きりになりたかったから」



 本当、なんなの急に。

 急すぎて逆に恐怖すら覚える。


 だって彼は、私のことが嫌いなのだから。


 嫌いな奴と二人きりにわざわざなりたい?

 嫌がらせだとしても私は死んでも嫌だ。



「無理」


「なんで?」


「大勢の方が楽しいから」


「嘘つき。そんなこと一ミリも思ってないくせに」



 すぐに嘘だと気づかれたが、ここで変に反応すれば彼の思うつぼ。


 私は目を逸らすことなく、真っ直ぐ彼の目を見据えたまま何の反応もしないでいると、彼は口角を上げると少しだけ首を傾げた。



「俺とも仲良くしてよ」



 俺?

 この人の一人称って〝僕〟じゃなかった?


 他人の一人称など超絶どうでもいいが、彼は別だ。

こんなにも気味が悪いのは何故だろう。


 高嶺の花の自分などこの際どうでもよくて、目を細めて彼が何のために私に関わりに来ているのかを考えていると、その顔がきっと彼からしたら間抜けだったのだろう。クスッと私を見て笑う彼を睨みつけていると、今度はグイッと自分の方に私を引き寄せた。


 より一層距離が近くなったことで胃のムカムカは更に増し、手を振りほどこうと腕に力を入れるが、一日一食の生活をしているやせ細った私が男子の力に勝てるわけもない。



「放して」


「俺たち凄く似てるんだよ」


「……似てる?」


「うーん、一緒って言った方が合ってるかな」



 なに一つと理解が出来ていないというのに、一人でブツブツと何かを言っている彼には嫌悪感しか抱かない。


 こんな人に関わっているだけ時間の無駄。

 私はもう一度腕に力を入れて手を振りほどこうとした瞬間、彼が更に距離を詰めてきて、最後にはグイッと顔を近づけてきた。


 あまりにも近い距離に動揺している私に、彼は爆弾を落とす。



「白石さん、自殺願望あるでしょ?」



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