13
「白石さん、おはよう」
「……おはようございます」
あれから一週間が経った。
あの日を境に、彼は何故か私に毎日挨拶をしてくるようになった。
言ってしまえば、ここまでは案外想定内のこと。
だから何も慌てるようなことはなかったのだ。
動揺というか、今まで以上に負の感情を抱かないように、そして彼のことをそういう目で見ている女子からの目があったため、表情を崩さないように平静を装えと自分に言い聞かせてはいたが、彼は挨拶だけで留まることはなかった。
「白石、これ準備室に運んでくれるか?」
3時間目が終わると、先生が教卓の上に置いてあるノートたちを指差した。
次の授業が移動教室というわけでもないし、少しだけ一人になりたい気分だった私は二つ返事をした。けれど、当然のように友人たちの邪魔が入る。
「ちょっと先生! 毎回ましろをパシるのやめてって言ってるじゃないですか!」
「頼みやすくてな。あとよろしくな」
「あー!」
先生は別に私をパシリで使っているわけじゃないよ。私がそういう風に仕向けるように動いてきたから、必然と私に声をかけるようになったんだよ。なんて言っても信じてはくれないだろうし、なによりも私がそんなことを言えるわけがない。
「もう!」
「怒らないで? それに私、頼られるの嬉しいから」
「先生は頼ってるわけじゃないよ! たまにはましろも断んなよ」
痛いところをつかれてズキズキと胸が痛むが、私は能天気なふりをしながら席を立って教卓へと向かう。
「誰かの役に立てるなら別にいいの。それに私、こういう地味な仕事好きだから」
「本当、優しいんだから」
呆れるようにそう呟いた凪沙は、首をボキボキと鳴らしながら立ち上がった。
色々と思うことはあっても、こうやってたまに人間扱いをしてくれるというか、私のことを本当の友達のように扱ってくれるから嬉しい。簡単な私はそれが嬉しいから、形だけの友人を何年も続けている。
「別に手伝ってくれなくてもいいんだよ?」
「ましろ一人にこんな重い物持たせられないでしょ。ましろ、骨折れるだろうし」
「折れないよ」
「ましろのその笑顔が見たいから手伝ってるっていうのもあるけど」
「どれどれ? 私もみたい!」
怒りや悲しみがスッと消え、作っていない本来の笑顔が久しぶりに浮かべられたというのに、邪魔が入ってすぐにその笑みは消え去った。
「それ、僕が運ぶよ」
誰かが隣に立ったと思った瞬間、思わず眉間にしわが寄ってしまう声が聞こえてきた。
まぁ、これも案外想定ない。
言い換えれば、ここまでが想定内。
あの日以来、こうして彼が私の仕事を横取りすることが増えたから。
その度に、天王寺玲青の株だけが上がっていく。
小説のことで話しかけられてから様子がおかしいとは思っていたけど、まさかこんなことになるだなんて思ってもいなかった。
あとはどうして、いつも邪魔をしてくるのだろう?
私の態度は彼には伝わっていないはず。あの日以来、周りの目が厳しくなったから微笑むだけを望まれている高嶺の花を彼に対しても徹底的に演じ続けてきた。
例え、私の下手な芝居に気づかれていようが、いないようが結局彼には関係ない。少しずつだが着実に先生たちからの信頼を得ようとしている私とは違って彼はただ、私のことを邪魔しているだけ。
先輩や後輩、先生からも媚びを売られるほどの力を持っている彼が、私と同じように信頼を勝ち取るために動いているだなんて考えづらい。
今まで一度たりとも先生の手伝いなんてしてこなかったのに、私に声をかけてから手伝うようになったとか、完璧に私に対する嫌がらせしか考えられない。それを解っているのは私だけで、どこにもぶつけることが出来ない怒りだけが今日も私の中に生まれて、非常に気分が悪い。
一度目を伏せてから『大丈夫』と返事をしようと息を吸い込めば、絵麻が持っていたノートを彼に渡したことによって、私は必然的に発言権を失くす。
「マジ? ラッキーだね、ましろ!」
ちっともラッキーなんかじゃない。
誰かの役に立ちたいって、こういう仕事が好きだって言ったのに。
自分のことだけじゃなくて、少しは私のことも考えてほしいものだ。
私は結局道具でしかないから、その悩みは少し贅沢だったのかもしれない。
「玲青よろしく」
持ったノートを教卓に置いた凪沙は席に戻り、そんな凪沙を追いかけるように絵麻も戻っていく。私はその姿をじっと見ているだけで動けないでいると、なかなか席に戻ってこないと振り返った凪沙と目が合う。
「ましろも頼んじゃいな」
彼を指差しながら凪沙がそう言うもんだから、彼がこちらを見るのも当然で。横から突き刺さるような視線が不快で仕方がなかった。
「ましろ? どうしたの?」
「私が頼まれたものだから……」
「じゃあ、一緒に運ぶ?」
一緒に運ぶ?
何を言っているんだ、この人は。
そう言われて、私が素直に「はい、そうですね」なんて言うわけがないでしょ。
今、この時間さえ息が詰まって死にそうなのに、一緒に運ぶだなんて私を殺す気?
「…………頼んでもいいですか?」
彼から一歩離れ、ノートを教卓に戻して軽く彼に頭を下げてから自分の席へと戻る。私たちの行動をずっと見ていたであろう、彼のことが好きな高橋さんの「じゃあ私が運ぶー!」という声が教室の後ろの方から聞こえてきた。
バタバタという足音に必然と視線はそちらに向いてしまうと、彼女は彼に腕に抱き着いた。
「重いから僕一人で大丈夫だよ」
「玲青と一緒にいたいの。いいでしょ?」
彼女の言葉に彼は微笑むだけで、それを肯定とみなした彼女は満面な笑みを浮かべた。
「玲青って本当優しいよね。代わりに運んであげるとか」
「別に普通だよ」
「普通は面倒だから変わってあげないんだよ」
少しの間でも彼と二人きりで入れることが嬉しいようで、教室から出て行く前に私の方を見たと思えば、ウィンクをされた。本当だったら眉間にしわを寄せたままじっと真っ直ぐ見据えてやりたいけど、高嶺の花の私は戸惑いながら微笑んで軽く頭を下げるという行動を渋々した。
よく彼のことが好きになれるなぁ。
まぁ、悔しいけど顔はいいし、私と違う対応をされているから好きになるのも仕方がないのかもしれないけど、私は死ぬまで彼のことを好きになることはないと断言できる。
「ましろ、体力使わなくて済んだね!」
今日も地雷を踏んでくる。
絵麻からしたら何気ない一言にすぎないのは分かっているけど、邪魔をされたと思っている私は沸々と体の奥底から怒りが込み上げてくる。
また、彼の株だけが上がっていく。
私が彼に頼んだことによって更に彼はいい人だと、優しい人だという人物像が出来上がっていく。それが嫌だというのに。
私が先生の手伝いをすればみんなして〝いつものこと〟とかたづけるくせに、どうして彼の時だけは株が上がっていくの? それが理解出来なくて今日も苦しい。




