第三話
夜会が解散した明け方。
にわかに信じ難い心境にあるルシアノが戻ると、王宮では何やら騒がしい空気が舞っていた。
そこへ、廊下を走りまわっていたカリナの側近である侍女長が、ルシアノの姿を見るや否や慌てて駆け寄ってくる。
「あールシアノ様!! カリナ様がご出産されましたよ!! 元気な男の子を!!」
その瞬間――ルシアノの背筋に戦慄が迸った。
男……だと?
タナスはカリナが産む子の性別を言い当てていたのだ。例えその確率が二分の一だとしても、ルシアノの不安な気持ちを揺るがすには充分だった。
ふん、まさかな……。
とはいえ『子供の寿命を奪う』なんてことまでは、酔っているルシアノでもさすがに信じられない。ひとまずカリナの元へ行き、新たに生まれた子を祝福しなくては。
「――殿下……まだ首が据わっておられませんので、お気を付けて抱いて頂きたい」
力尽きたようにスヤスヤと眠るカリナの横で、ルシアノが無垢で小さな命を赤子を抱きかかえた途端――余りの嬉しさに酔いまで覚めて涙が溢れてきた。
こんな赤子を目の前にして、夜会でのあんな出来事など誰に言えようか。
その後。
宰相にタナスの件を問いただしてみたが、まさかの『そんな人物は聞いたことがない』と返されてしまう。
呆気にとられたルシアノだったが、ひとまず夜会の場にいた関係者達に箝口令を敷いて、生まれた子には『テルシロ』と名付けた――。
しかし、それから四日経った朝のこと。
タナスの予告通り、アーロン伯爵が心筋梗塞で命を落としてしまった。
カリナが微笑みながらテルシロに乳をあげていた隣で、ルシアノは頭を抱えていた。
ふざけるな……あいつは本当に冥王の化身だったのか?
すぐさま近衛兵隊長に『出来るだけ周りに悟られないよう、タナスを見つけ出せ』と命じたが、大規模な人数を掛ける訳にもいかず、何日捜索しても彼を発見することは出来なかった――。
一方でテルシロは玉のような可愛さで、健康的かつ賢く育っていく。
「おとうさま大好き〜!」
「おーヨシヨシ! 本当にお前はいい子だな!」
ルシアノは、テルシロが生まれる前までの自分勝手な人柄が、まるで嘘だったかのように子供の面倒をよく見ていた。
そう、彼は酒やギャンブルから一切足を洗っていたのだ。
その深い親切さや愛情はテルシロだけではなく、カリナに対しても向けられていた。
「カリナ……愛している」
「ルシアノ様……」
毎日のように愛の言葉を囁き、カリナの育児で疲れる体を労った。そんな見違えるように愛情を注いでくれるようになったルシアノに対して、カリナの心はいつも温かさに包まれていた。
ここまで王子が豹変してしまったことに周囲は驚きを隠せなかったが、みんな『子供が生まれると男は変わるものだ』という定説を充てがう程度に留めて見守っていた。
だが。
『お子様から“寿命”を頂くことに致します』
この言葉がルシアノの脳裏に付き纏っていることを、知る者は数少ない――。
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