第一話
あるところに『フェリテ』という小さな国があった。
絶対君主制の国で統制を司るビセンテ王には、ルシアノという一人息子がいた。
そしてルシアノには、カリナという誰もが見初めるほど美人な嫁がおり、そのお腹には新たな命が宿っていたそうな。
「おい、酒が足りんぞ! もっと持ってこい!」
ところがルシアノは大の酒好きでギャンブルにも明け暮れており、その体たらくぶりと言ったら王宮内でも多くの侍者達が国の将来を案じていたほど。無論、父であるビセンテも例外ではない。
「困った……あれが王になったらこの国は大変だ」
片や、ルシアノの嫁であるカリナは臨月を迎え、大きなお腹を抱えていた。カリナも『本当にこのまま私と子は幸せになれるのか」と、心の中の不安を拭いきれずにいた――。
ある日。
寝室で心配そうな面持ちをしたカリナが、小さな声でルシアノに言葉をかけた。
「ルシアノ様、私……お産がとても怖いのです。出来れば出産の際は、貴方様にお側にいて頂きたいのですが……」
お腹に手を添えるカリナが俯き気味にそう告げると、ワイングラスを片手に酔っていたルシアノが、フラフラと寝室の扉に手をかけてカリナに背を向ける。
「俺なんかその場にいたって、何の役にも立たないだろ。優秀な助産師もついてるんだ……そう心配するな――」
少し呂律の回らない口調でそう吐き捨てたルシアノは、貴族達が集まる夜会へと発ってしまった。
寝室に取り残されたカリナが涙する。
少しだけでもいい……ただお腹をさすってくれるだけでも。
お腹の赤ん坊が胎動する度に『この子は二人が望んだから神様が授けてくれた大切な命なのに』と、孤独な寂しさがカリナの胸を強く締め付けた――。
夜会ではたくさんの美味い酒が振る舞われ、ギャンブルを嗜む王族や他の貴族達で壮大な盛り上がりを見せていた。ルシアノもそこに交じって大笑いしている。
「こりゃまいった!! 一か八かで大穴に突っ込んだらこの様だ、ギャハハハハ!!」
「いやはや、殿下の度胸には敵いませんな! アハハハハハ!」
その様子を見ていた近衛兵隊長も「カリナ様が大変な時にこんなことしてる場合なのか」と呆れていると、夜会に遅れて見慣れない風貌をした男が入ってくる。
何だ……簡単に入ってきたが、あんな男が来るとは聞いてないな。
不審に思った隊長が部下に目で合図を送ると、部下は頷いてその男に質問した。
「おい、お前は何者だ?」
黒いハットを脱いだ男がそれを胸に当ててお辞儀する。
「突然失礼致します。私は隣国のベチスタから参りました外交官のタナスと申す者です。明日、フェリテの宰相様と正式にお目見えする予定でしたが、私も何よりギャンブルが好みでございます故、我慢できずにこの場へ参上致しました」
タナスの様相を見る限りはしっかりした服装で、立ち振る舞いも至って貴族のそれだ。すると、円卓に座すルシアノが手を挙げた。
「構わんぞ、その男も交ぜてやれ! 無礼を働けばその場で斬ればいいだけだろう!」
大きな溜息を吐いた隊長が部下に「下がれ」と指示を出すと、タナスはルシアノのいる席に腰を据えた――。