序章
僕はある時から所謂、超能力が使える。
ある時というのは小学生の頃で、超能力のおかげで他人より早く走れたし、力も強かった。
比較的目立つ性格では無かったが高い能力は人を惹きつけてしまうもので高校の時には下校時に他校の喧嘩自慢が絡んでくることもあった。
そんな僕も今年で23歳。平凡な暮らしをしている。
いや、していたんだ。
2020年 秋
木枯らしもそろそろかという頃に赤茶色く染まった街路樹を眺めながら駅から家までの帰路についている。
買ったばかりのスーツは窮屈でもう少しちゃんと選んでおけば良かったと後悔しながら歩いた。
駅周辺はやる気なく客を探すキャッチや今晩の居酒屋を探すサラリーマン達が賑やかな喧騒を生んでいたが、それも数分の事で駅から3キロ程離れた自宅に着く頃には嘘のように静まり返っている。
帰路の果てに古ぼけた木造2階建てのアパートが見え、足を進めていた時だった。
風切り音とともにナイフが眼前を掠めた。
目の前を右から左へ抜けた。
ナイフの主を探すため目線を右へと移すが誰もいない。
「こっちこっち」
見当違いな方を探す僕を嘲るような声で彼は僕に言った。
「君、それでも超能力者?簡単にやれそうじゃん」
「人違いじゃありませんか?」
関わりたくない。
そこにいた男に対しての第一印象はそれだった。
「今の見て顔色一つ変えないのに人違いなもんか」
5m程離れた距離にいる彼は優雅に歩きながら近づいてくる。
「ま、違ってても半殺しだけどね」
彼の周りには数本のナイフが浮いていた。
よく見ると小綺麗なスーツに身を包んだ彼はなかなかの美男子だ。
髪は後ろに流して固めているようで、その目鼻立ちはおよそ美男子というに事欠かないパーツが揃っている。
スーツもかっちりとしていて、あぁ僕もあんなスーツを買えば良かったと考えていた時だった。
浮いたナイフの一本が僕の眉間目掛けて放たれた。
首をひょいと傾げてそれを避ける。
「あれ?避けちゃった。じゃあ、と。」
男が言い終える頃、数本のナイフが今度は同時に飛んでくる。
よく見るとそのナイフは背中にギザギザがついたサバイバルナイフでママゾンなんかのネット販売なんかで容易に手に入りそうな安物に見えた。
ひょっとしたら一見高そうなスーツも意外に安く買えるのでは?と考えながら彼に対して半身になりやや体を仰け反らす事で全てのナイフを躱した。
「え?なんで避けれるんだよ!お前の超能力は予知か!?それとも動体視力か!?」
いや待て待て。安く買えるにしてもせめて冬のボーナスが出るまで待った方がいいだろう。
僕の給料はそんなに良くないのだ。
しかしあんなかっこいいスーツが安く手に入るのだとしたら?
僕はその物欲に耐えられるのか?
考えれば考えるほど頭の中はスーツの事でいっぱいになる。
悩んでいる最中もナイフが飛んできていたがそろそろ鬱陶しい。
ある一本のナイフを躱した直後に掴み取り、柄を彼に向けたまま思い切り振りかぶった。
ナイフは柄から彼の眉間に直撃し、彼は意識を失ったのかその場にへたり込んだ。
スーツの事で悩んでいるというのにこんな輩が現れるようではどうやら引っ越しの事も考えなければいけないらしい。