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ポーメンシュク市。
国の東部に位置し、比較的小さな街並みを形成している。
隣国との国境線付近に位置するため、万が一のために、周囲を外壁で覆っている。
昨今の情勢により、現在は平穏な雰囲気が流れており、軍部も表立った活動をしているわけではない。
街ではたまに軍服姿の青年を見かけるものの、その表情は熱意に溢れており、兵役後の生活について楽し気に語らう姿が目に付く。
他にも、強気な主婦が、口数少ない店主を言い負かそうとする姿などがあちこちで見受けられた。
「いい街じゃのう」
門を通過していくらか進んだところに立地する、若者受けがよさそうなカフェにて。
紅茶を楽しみながら、時たまアップルパイを食みつつ、アーラはそう独り言ちた。
まだ各地を見て回ったわけではないものの、これまで目にした住民たちの様子から、アーラは街の雰囲気を察する。
子供から老人まで、幅広い年齢層が道を行き来している。
気持ち、若者の方が多いだろうか。
側道には簡易な露店が列をなしており、これなら自分が風呂敷を広げても問題なさそうだと、アーラは安心して息を吐いた。
ストレートティーをちびり。
「じゃが、錬金術が浸透しているわけではないのう」
心配事があるとすれば、そこだろうか。
錬金術自体は、知らない人がいない程、世に広まっている。
しかし、総じて研究熱心である彼、彼女らは、一か所の巨大な施設で合同研究を進めることが多く、国家のお膝下で活動することが殆どだった。
あまり辺鄙な街では、お目にかかれるような存在では無いのである。
妙な術を使う怪しげな風貌の人間を、優しく受け入れてくれるだろうか。
せっかく苦労して訪れた場所なのに、早々に追い出されてしまってはつまらない。
アーラはカップを両手で持ち、その水面にほぅと息を吹きかけた。
さざ波が香りと共に立ち上がる。
「キ?」
主の胡乱気な溜息を心配してか、ペットの子ギツネが顔を上げた。
口の周りに、パイの食べかすが所々くっついている。
「ふふっ、まあ上手くやっていくしかないじゃろて。なあリースよ」
間抜けなペットの表情に癒されつつ、アーラはハンカチで、子ギツネの口を拭いてやる。
リースと呼ばれた子ギツネは、主のそんな姿に安心して、再び目の前のごちそうにかぶりつくのだった。
すぐさまリンゴとシロップで、口周りがべたべたになる。
諦めたように笑うと、アーラも負けじとフォークを手に取った。
あっという間に一切れのパイは無くなってしまう。
「むぅ、もうちっと食べたいのう・・・」
しかし、小さな財布を開けて中を確認したアーラは、情けない顔でその思いを堪えるしかなかった。
カップの中を飲み干すと、立ち上がってお気に入りのローブに袖を通す。
そしていつものお面を装着すると、重たい木箱をしっかり背負う。
頃合いを見計らって、リースが主の肩に飛び乗った。
カウンターに向かい、会計札と銀貨三枚を差し出す。
「ご馳走様」
「どうも」
店員の声を背に店を後にするのだった。
*****
銀髪の少女が過ぎ去った店内にて。
「ねえ、今の女の子見た?」
「見た見た。銀髪の子でしょ? 信じられないくらい可愛い顔してたわ」
少女に近い席でケーキを食べていた客たちが、興奮気味に言葉を交わす。
「アップルパイを食べている時の幸せそうな表情、絵に描き写したかったぁ」
「それに時々見せる、あのミステリアスな横顔・・・。とても年下とは思えなかったわね」
瞳を閉じてパイを味わう少女の顔を思い浮かべ、ほっこりするマダム達。
ティーカップを片手に時折翳る目元を思い出し、胸をかき抱く女性陣。
「それに、連れているペットも可愛らしかったわ」
「わかる! でも、あんな生き物、今まで見たことないわね・・・」
「キツネでもネコでもないし・・・」
「うーん」
いくら悩んでも知らないものは知らない。
気を取り直した彼女たちは、また乙女の世界へと還っていくのだった。
そして勢いは店内に留まらず。
このカフェは外から店内の様子が伺えるようになっている。
偶然にも少女の食事姿を目撃してしまった通行人は、そのまま店に直行してアップルパイを注文することとなる。
銀髪少女のあずかり知らぬところで、その店は密かにブームになっていった。