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「もうそろそろ次の街につく頃じゃのう」
「チチッ」
すっかり少女の肩の上でお眠だったペットが、大きなあくびを一つ。
ぶるっと体を振るわせると、少女の頭の上に飛び乗った。
心なしか高くなった視界で、丘の上を見据える。
「キー」
「何か見つけたかの?」
「キキ」
見れば、徐々に街の入り口が姿を現していた。
少女はどこからともなくお面を取り出すと、それで顔を隠した。
喧騒も耳につくようになったころ、漸く街もその全貌を現し始める。
決してみすぼらしくない構えの門が、入り口に鎮座していた。
近づいていくと、門兵らしき装いの人物に声を掛けられる。
「身分証の提示をお願いします。それと、人相の確認もさせて頂きます」
少女は懐からカードを取り出し、それを門兵に渡す。
「すまんのう、儂はこういう者で、面を隠さねばならんのじゃ」
「確認させていただきます」
受け取った兵士はカードを窓口の役員に回し、照会を急がせる。
すると、裏方の方で小さなざわめきが起こった。
兵士は不思議そうな顔で、少女に尋ねる。
「何やら職員が騒いでおりますね・・・。失礼ですが、お国の役員の方でしょうか」
「なんの。儂はしがない錬金術師じゃ」
「・・・錬金術師?!・・・様?!」
慌てて敬称を付け足し、姿勢を正す。
「ッこれは大変失礼いたしました!」
「よい。そう畏まられるようなモンでもない」
錬金術師は十万人に一人いるかいないかともいわれる、特別な役職だ。
地方によってその存在意義は違うが、その強大な力からどこへ行っても畏怖の目で見られてしまう。
そのため、オフの日には安心して外を出歩けるよう、その正体を隠している錬金術師も多く居る。
公にも、錬金術師が表情を隠して出歩くことは許可されていた。
門兵は、まさかこんな場所をふらりと旅するような人材でもないだろうに、と胸中で呟く。
窓口の役員が門兵に声をかける。
二言三言言葉を交わすと、少女に向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいませんが、認証キー?をお持ちでしたら、そちらもお預かりさせて頂きたいのですが・・・」
「うむ」
そう言うと少女は左袖をまくり、銀色のチェーンが巻かれた腕を露わにする。
そして、くるりと手のひらを反すと、門兵に向かってその手を差し出した。
困惑した門兵は受け皿のように手を丸め、そっと少女の手に添える。
「・・・? ええと」
「ほれ、その認証キーじゃ」
少女が答えた次の瞬間、先ほどまでなかった筈の、銀色のプレートがその手に握られていた。
「なんと、いつの間に!」
驚いた門兵はおおきく目を見開く。
恭しくキーを受け取りながら、いったいどんな仕掛けが施されているのやらと、窓口に回す合間に素早く確認した。
見れば、厚いクッキーのような板に、無数の幾何学模様が彫り込まれた、複雑怪奇な形状をしている。
小さいとはいえ、少女が隠し持つには少々大きすぎる。
明らかに手品の領域を超えているその技に、ははあ、これが錬金術かと内心で合点が行くのだった。
とはいえ、その超絶技巧の裏に隠された仕掛けに、納得したわけではない。
知識としては知っているが、錬成には何かしらの代償が必要なはずだ。
しかし、それに相当するものがあったようには思えないが・・・。
少女の細い腕に視線を注ぐ。
そこには、巻かれていた銀のチェーンが、きれいさっぱり無くなっていた。
今度こそ何が起こったのかを理解した門兵は、その信じられない事実に驚愕することとなる。
(間違いない、今この瞬間に、チェーンを溶かして組みなおしたんだ!)
今まで見たことも無い、不思議な技。
(そして、あの一瞬で複雑な文様を刻み込んだ。いや、そうなるように作ったのか・・・?)
どちらにしても信じがたい技術だ。
鍵というからには、正確無比な形状をとらなければならないはずだ。
初めから完成形を予期して作ったに違いない。
普通に作っても、あれほど緻密な代物は生み出せないだろう。
まるで御伽噺のような世界。
「確認が終わりました。お時間を取らせてしまって申し訳ありません」
「気にするでない」
一周回って何かの境地にたどり着いた門兵は、内心のカオスとは裏腹に、粛々と手続きを遂行する。
窓口から諸々が乗ったトレイを受け取ると、一つ一つ確認しながら少女に手渡していく。
最後に少女のサインを貰って、借りたものと証明書の類を返却し、静かにその姿を見守る。
キーを受け取った少女は、またしてもその手を空に向けていた。
来るぞ、と門兵は確信に近い思いを抱く。
少女は拳を軽く握るようにしてキーを包みこむ。
すると、まるで見えない空間に飲み込まれたかのようにキーが消滅し、次の瞬間には少女の腕にしゃらりと、銀のチェーンが巻かれているではないか!
やっぱりな、と門兵は声には出さず叫ぶ。
思った通りの結果に、言い知れぬ満足感を抱きながら、丁寧にお辞儀をしてトレイを片す。
門の開錠を指示した。
重低音を響かせて、重たげな門がその口を開いていく。
ゲートに少女を誘導しながら、門兵はサインを受け取った時の彼女の名前を思い起こした。
“アーラ・デランテ”
それが少女の名だ。
今後この娘に会う機会があるとは思えないが、その名前だけはしっかり心に留めておこうと思う門兵だった。
「それじゃあの」
一言残すと、少女は軽快な足取りで街へと繰り出していく。
心なしか楽し気に踊っているようにも見える。
その見かけ相応の幼さと、先ほどの熟練者の雰囲気とが噛み合わず、門兵は不思議な気持ちになる。
若い頃の妙な疼きが、彼の知らぬところでひっそりと鎌首をもたげた。
錬金術。
不思議な力だ。
今まで聞いたことしかなかった技をこの目で拝むことができて、生きててよかったなあ、と謎の感動を覚える。
若返ったかのように肌ツヤの良くなった門兵は、少女の姿が見えなくなるまで、その背に微かな嫉妬と大きな羨望の眼差しを送るのだった。