表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カーテン・コール  作者: お寿司
10/14

イア・グレーン 4

「────イア?」

 名前を呼ばれ、イアは飛び上がった。

 それにつられて、手をつないでいた小さな体も跳ね上がったのを感じた。

「び、びっくりした。どうしたの?」

 怒涛のように押し寄せてきた記憶と急に戻ってきた五感に対応しきれず、イアはその場に固まった。

「ねえ、大丈夫? 俺の声聞こえてる? 見えてる?」

 記憶にある姿より随分小さくなってしまった青年は、手を伸ばしてイアの目の前でひらひらと振った。

「────ソ、ウ?」

「うん」

 恐る恐る、繋いでいた手にもう一つの手を重ねた。すると、ソウもその上に手を重ねた。

「ワタ、シ……何を?」

 混乱するイアに、ソウがえっとと説明してくれた。

「この部屋のドアを開けたら、急に立ち止まったんだよ」

 顔を上げると、この建物の中で最もイアが通った部屋の光景が飛び込んできた。つまり、ソウが捕らえられてコアを抽出されていた部屋だ。

「ここ、どうしてワタシ、ここに」

「行き倒れてたクラウスって人にここに行けって言われたから、俺と一緒に来たんでしょ。ねえ、ホントにどうしたの?」

 ソウは心配そうにイアの顔を覗き込んだ。幼いその顔が記憶の中の彼と重なり、堪らずイアはソウを抱きしめた。

「わ!」

 湧き出た記憶が、徐々に自分の中に浸透していく。

 アレは、間違いなくワタシの記憶。ワタシが生きていた頃の。

 ワタシは一度死んだ。

 そしてどうしてかは知らないけどワタシはドールとして生き返り、そしてカダミアに捨てられた。

 ────じゃあ、ソウは?

 ハッとして顔を上げた。首を傾げているソウに変わった様子は見られない。

 いや、変化が起きた。みるみるうちに彼の体が大きくなり、下にあった目線が同じになり、やがてイアを抜かした。

「あれ、また大きくなった」

 念のため大きめのサイズを着せていた服はぴっちりと伸び、ズボンの方は半ズボンのようになっている。

 イアは確信した。

(ワタシのコアは、ソウのものだ……!)

 イアが死んだあと、ソウはおそらく抽出していた自分のコアをイアの死体に押し込んだのだろう。拒絶反応が出るかどうかは運次第だが、どうやら自分の体はソウのコアを受け入れたらしい。

 ソウが縮んでしまったのもそのためだ。約半分の魔力をイアに埋め込んでそれが定着したため、体がその不足分に耐え切れず縮小化してしまったのだ。

 だから、イアと長時間触れ合っていると魔力が補われ、体が元に戻る。

 不思議そうに自分の体を見下ろすソウは、間違いなく記憶の中の青年だった。

「────バカ……!」

 思わずイアは、ソウの分厚い胸板を叩いた。

 何故、自分なんかを助けた。ワタシはあのまま死ぬべきだったのに。

 それでも、気付いてしまった。助けてもらって、嬉しいと感じている自分に。

「……ワタシは、もっとバカだね」

 でも、もう大丈夫。キミが命を分けてくれた、その事実だけで救われた。だから今度は。

「ど、どういうこと?」

 目を白黒させているソウに、イアは笑いかけた。

「ワタシはソウに、返さなきゃいけないものがあるってこと」

「え」

 イアは部屋の中に目を向けた。かつて自分が使っていた研究室は壊滅していた。それ以前に、ここはもう電気が通っていない。

 この施設の中で電気が使える可能性がある研究室は。

「ソウ、来て。こっち」



 隠されていた地下への扉を開けて、下に降りたイアは第三十一研究室、と書かれた黄ばんだプレートが貼られたドアを開けた。

 幸い、魔族の襲撃にも耐え、発見もされなかったようだ。中はほぼ当時のままだった。

 ここは特に重要な研究が行われていて、アドルフがよく利用していた場所だ。だから有事の際には非常電源に切り替わり、独立して別の電源を得られる場所でもあった。

 イアは配電盤の扉を開き、電源AからBへとつまみをスライドさせた。そして棚に保管してあったサンプル管から緑色の結晶を取り出した。

「それって……もしかしてマジックコア?」

 後ろからソウが覗き込む。イアは頷いて、それを配電盤の中にあった特殊力場に置き、スイッチを入れた。

 その瞬間、部屋の電気が一斉に点く。よかった、まだ配線も生きていた。

 ここの独立電源は、マジックコアのエネルギーを電気エネルギーに変えて使うものだった。

(ごめんね、名前も知らない人。あなたのコアを少し使わせてね)

 力場でゆっくり回転しながら輝く結晶を見て、イアは心の中で謝罪する。

「ねえイア、何するつもりなの?」

 イアの手を取り、ソウが不安げに尋ねた。

「……ソウ。キミは、記憶を取り戻したい?」

「え」

「ワタシね、やっぱり生きていた頃ここで働いてたみたい」

「!」

「思い出したんだ。ワタシは確かに魔族の研究者だった。だから、ここの装置を使えばキミの記憶を取り戻してあげられる」

 信じたいけど信じられない。ソウはそんな表情を浮かべてただイアを見下ろした。

「本当だよ。今までワタシが嘘ついたことある?」

「ない、けど」

 本当にイアは、嘘は言っていない。今の記憶喪失は魔力不足によるものである可能性が高い。コアを取り戻して完全な魔力を得れば、ソウの記憶も戻るだろう。

 ただ、全てを思い出した頃、イアはもう────

「イア!」

 気がつけば、ソウに抱きしめられていた。

「なんか、怖い。イアが消えそうに感じる」

「!」

「俺、記憶が戻らなくてもいい。ずっと一緒にイアといられれば、イアが隣で笑ってればそれでいいよ」

 耳元で、吐息がかかった。ギュウギュウと力いっぱい抱きしめられ、そこで初めてイアの決意が揺らいだ。

「なんかここ、嫌だ。ねえ、帰ろうイア。俺たちの家に」

 言われて、想像してしまった。

 このままソウと、カダミアに帰ってまた二人で暮らす。ソウはきっと大きくなったり小さくなったりするのだろう、きっと皆に驚かれるだろうけど、そこを気にする住人たちじゃない。あっさり受け入れられるだろう。また皆を治療して、勉強会を開いて、ソウのご飯を一緒に作って。

 それは、イアにとって最大級の幸せだった。死の決意を、覚悟を簡単に揺るがす程度には、自分はあのゴミ箱と呼ばれる場所が好きだった。

 それだけじゃない。そこにはきっと、ソウがいなくてはもう成り立たない。イアは温かくて大きな背中に手を回した。

(ソウ……ソウ!)

 イアの頭の中で、いろんなソウの姿が再生される。取り戻した記憶の中の青年のソウ。ドールになって一緒に過ごしてきた小さなソウ。

 そこまで考えて、ようやく気付いた。きっと自分は、ソウのことを……

 イアは唇を結んで、ソウの体を押した。

「────だからこそ。だからこそキミに、返さなくちゃ」

 もう、十分救われた。今度こそ、罪を償わなくては。

「さっきから何言ってるの? もう帰ろうよ!」

「ダメ。やるべきことがある」

「そんなの知らない。もういい、力づくでも連れて帰る」

 そう言って腕を引っ張られた。

「い、や! 離して!」

 思わず身をよじって暴れると、手が何かのスイッチを押した。

 その瞬間、もう二度と聞くことがないと思っていた、もう二度と聞きたくなかった声が響いた。

『やあ、イア・グレーン。やはりここへ戻ってきたな』

 肉声ではないそれは、部屋のスピーカーから聞こえてきた。

「アドルフ……!?」

『安心したまえ、これは録音だ。きっと私は数時間もしないうちに死ぬだろう。君がこれを聞く頃、私はこの世にいないだろうね』

 下半身を潰されてしまっては、ろくに治療も受けられないここに一人取り残されたアドルフに生き残る術はない。本来ならば気が狂うほどの激痛のはずだが、おそらく麻酔を過剰投与したのだろう。少しろれつが回っていない。

『先ほど、君がここから助け出そうとしたあの魔族が、コアを君に埋め込むのを見た。運がよければ君はドールとして生き返る。さて、普通、ドールはマスター登録した人物の命令にのみ従う。しかし、死後数秒以内、もしくは死が確認できていない状態……つまり生きているか死んでいるかの瀬戸際にコアを挿入したドールはその限りではない、という研究報告を見たことがある。そのドールは、もととなる死体の人物の記憶や感情をそっくり引き継いだそうだ。つまり────死体本人が自我を持って生き返る、ということが起こり得る。生体反応はないわけだから、正確には生き返る、という表現はおかしいがね』

「な……」

 イアは言葉を失った。それは、マジックコアの究極的な最終目標そのものだったからだ。

 もともとマジックコアは、生きている兵士の強化のために研究・開発されたものだった。しかし、生者にコアを埋め込んでも何の変化もなかった。死体に埋め込んだら動き出した、というのは全く偶然発見された副産物だった。

 しかし、死体が蘇るという特性は、色んな意味で人を狂わせた。いつの間にかマジックコアは、人間を不老不死にする夢のエネルギーとして研究され始めたのだ。

 アドルフの話が本当ならば、それはドールとしての蘇生以上に世界の根本を揺るがすものだ。意志を持たないまがい物などではなく、人を生き返らせることそのものだからだ。

『君も知っているとおり、生きているうちにコアを埋め込んでも無駄だし、コアを埋め込んだまま死んでも普通のドールになるだけだ。生と死の狭間にコアを埋め込む、ということが重要らしい。それでも、確率はおよそ一万四千分の一、つまり〇.〇〇七%。とても現実的なものではない。とはいえ大変意義のある研究だ、さすがにごく一部の者しか知らないし、今もどこかで行われてはいるはずだがね』

 そこでアドルフは一旦言葉を切った。

『フフフ、つい話がそれてしまった。つまり、もし君がドールになった場合記憶や感情、性格を引き継いだ自律思考型のドールになる可能性がある。まあ普通は、君があのままただのドールになると考えるのが妥当なのだが、どんなに確率や期待値が低かろうが、現象が起こるときは起こるものだ。それに何より、どうせ私はもうすぐ死ぬ。最後の暇つぶしに、部下を巻き込んだっていいだろう?』

 さも当然のように言われ、イアの中で様々な感情が錯綜し、そして急に肩の力が抜けた。

「……本当に貴方は、最後まで変わらないんですね」

『そうだな。私は生まれながらに、人に同調する感情や倫理観というものが欠落している自覚がある。脳の作りがそうなってしまっているのだ。私はそれでいいと思っているし、君とは根本的に分かり合えない。最後まで私は私らしくあるだろう』

 一瞬、会話が成立したかのように思えた。そんなことはありえない、彼は十五年も前に死んでいる。答えたように錯覚させられたのはトリックでもなんでもない、アドルフはイアの心理を読み解き、答えを用意していただけだ。

 イアは思わず口角を上げた。十五年前に残された言葉で会話してしまったということは、イアの考えもまた、あの頃から何一つ変わっていないということだ。人は、一度死んでも変われないものらしい。

『さて、君がもし意志を持ったドールとして生まれ変わったらどうなるか。おそらく君は、あの魔族を連れて再びこの場所にやってくる。そして、魔族にコアを返そうとするだろう。自分が再び死ぬことになっても、ね』

 これまで黙って隣に立っていたソウが、勢いよくこちらに顔を向けた。

「まさか……まさか、その魔族って、」

『その可能性にかけて、私はあの魔族ごと君を再び殺そうと思う』

 その声に合わせたように、周りから一斉に何かの駆動音がした。記憶の中の音とあまりにも酷似したそれに、イアは戦慄した。

 瞬間的にソウがイアの手を掴んでドアに走った。だがそれは叶わなかった、丸いフォルムの兵器が既に部屋の中に侵入していたからだ。

「戦闘用、ドローン……!」

 しかも一台ではなく、何台も部屋に侵入してくる。十数台の殺戮マシーンで部屋が埋め尽くされた。

 イアは気付いた。その内の一つに、人骨の一部が乗っていたことを。

『さあ、今度こそ絶望して死にたまえ。先にあの世で待っているぞ』

 ブツリと、音声データの再生が終わった。もはや呪いに近い執念だった。

 そしてドローンは一斉に攻撃を開始した。

「くっ」

 あの時と同じく、イアを胸に抱いたソウが手を伸ばし、バリアを張って応戦した。ただあの時の十数倍の腕が放つ正確無比な銃弾は、雨を通り越して滝のようにイアたちを襲っていた。

 それでもソウは、魔法でドローンを潰していく。一台、また一台とドローンがその形を失うたびに銃弾は目に見えて減っていった。

 そして、最後の一台になった。例の人骨が乗ったドローンだった。だが。

「ぐ、っぅ」

 ソウが苦しそうに呻き、膝をついた。

「ソウ!」

 思わずイアはソウの顔を覗き込んだ。その顔色は明らかに悪い。

 コアを埋め込んだイアが密着しているとはいえ、彼の魔力が不完全であることには変わりない。体への負担は大きいはずだ。

 その瞬間、透明なバリアがぐにゃりと歪んだ。

「!」

 バリアは消滅し、声も上げられないうちに、ソウがイアをかばうように床に押し倒した。

「うあああぁぁぁああぁぁっ!」

 ソウの悲鳴が耳元で爆発した。それでもソウは背後に手を伸ばして、その手で空中を握り締めた。

 ドローンが潰れる音がして、それきり何も聞こえなくなった。同時に、ソウの手が床に落ちた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ