054
不定期更新です。
書類の作成が終わり、ボクとイクスさんのサインは入れた。
後は製作者のグリンのサインだけだ。
……そういや字って書けるのか?
漢字を知ってるくらいだし大丈夫か?
「んじゃ、グリンを迎えに行きますか」
「あ、今は食堂にいるみたいだよ」
食堂の方へと移動中、イクスさんからとある魔道具のことを聞いた。
「あぁ、それと危機的状況にのみ発動する魔道具はあるにはあるよ。アーティファクトと呼ばれる古代の遺物だ」
古代遺物
未だに構造の解析が出来ない魔道具の総称。
主に遺跡からの発掘やダンジョンから出土する。
どの様な効果の魔道具であれ、オークションで出品されれば高額での落札が約束されている。
昔1人の研究者が構造解析の為、解体したが魔石は確認できなかった。
その上、復元する事も叶わなかった。
そもそも、解体の仕方が解らず砕いたのだから復元しようもない。
「うわ、勿体な」
「研究の為に色々テストを繰り返してたら壊れてしまったんだ」
「どんな魔道具だったの?」
「内包物の時間を止める箱だったよ」
異世界あるあるのチート級アイテムじゃないか。
「とても便利な魔道具じゃない?」
「だから、壊れたんだよ」
「あぁ、そうか。直せないの?」
「初めはそれも込みで解体を開始したのさ。結果は無惨だけどね」
「壊れたって事は時間を止められなくなったの?」
「いや、速まる様になり腐敗速度が格段に上がった」
発酵食品作るのに便利そう。
「落札した人は研究は好きだったんだろうけど生産者じゃなかったんだね」
「いや、生産者だよ?」
「生産者なら時間経過の箱に有用性に気付かない訳ないじゃない」
サムはそんな訳ないと笑う。
「有用性がある?」
「経過テストがすぐに終わる」
「経過テスト……あぁ、確かに」
イクスの顔色が少し悪くなる。
「他にも、料理で使えるよね。寝かせないといけない食材は直ぐにできるし」
1日煮込んだカレーが時短でできるのか。
カレーライス食べたいな。
この世界にも似たような食事があればいいんだけど。
無ければ造る。
「うぅ」
「何より発酵食品。チーズやヨーグルトが作り放題じゃん?」
「胃痛がしてきた……」
「でも、発酵食品といえばやっぱりアレだよ」
「聞くのが怖いんだけど……」
「酒だよ。酒。熟成に掛かる時間が短縮され生産量が大幅に増えるでしょ?」
とイクスを見ると左手で腹を押さえながら壁に手をついていた。
「どったの?」
「購入者は私だ」
「あ~……でも、ほら箱っていうくらいだし、そんなに大きくないんでしょ?」
「手に収まる程度……だけど研究の成果で密閉できるモノに接続するとその箱内も同様の効果を発揮する事が解り、あの頃は研究所の一室を停止用の部屋にしていた」
「あ~……御愁傷様」
「あの時は足の早いを発注していたから皆焦っていてね。修理に挑戦する方向に話が決まったんだ。そうか、有用性があったんだな……失敗したな」
「その発注した素材は?」
「8割は破棄になった」
「二兎追うものは一兎も得ずか、少し違うか?」
「元の国の諺かい?」
「うん」と頷き肯定する。
「全く別の方向に逃げる兎がいる。両方とも得ようと欲を出せば両方とも得られないという事の諺」
「どちらにも魔法を放てば得られそうだけど?」
「ボクの世界には魔法が無いんだってば」
「そうだったね。魔法が無い世界の想像が難しい」
イクスさん、ヴィオさん、シルメリアさんにはボクが異世界出身で魂が入れ替わってる事を説明してある。
説明に至った経緯はグリンがボクの事を異世界人と呼んだ事と、元魔王などという経歴を持つ魔物と何故同行しているのか聞かれたからだ。
まぁ、バレて困る事でもないので話した。
裁判よりも前、シルメリアさんにグリンを紹介した時だ。
記憶喰いの被害者が嘘だった事になるが、撤回してしまうとゲリオスを牢にぶちこめないので、撤回はしない事になった。
ヴィオさんには「今まで騙していたのか」と叱咤されたが、ここが異世界だと判明したのはヴィオさんとレインお姉さんと前世について会話した後の事だしボクがこの世界の常識を知らない事は事実。
レインお姉さんに記憶喰いの話を聞いてボク自身そうだと思い込んだのだから仕方ない。
ボクが異世界人であることは、この3名以外にはなるべくバレない様にと念を押されている。
気をつけないとな。
「だけど、まぁ、そうだね。魔法を放てば得られる事もあるだろう。けど両方外す時もあるでしょ?」
「確かに」
「だから両方獲得に失敗した時の諺なんだ。逆に両方獲得できたら一石二鳥」
「さっきはウサギで今度は鳥か」
読みが違っても伝わるのか、これがスキルの力か?
便利だな。
「エルフは千年ハイエルフは万年ってのも諺でしょ?」
「あれはただの種族寿命。エルフは千年、ハイエルフ万年、ドワーフ半エルフ、ヒューマン1割ってね」
「ドワーフも結構長寿種族なんだ」
「500年しか生きられないけどね」
しか……。
「でも平均寿命だし、そこまで保たない時もある。逆にハイエルフ超えの人もいるけどね」
「へー……え?」
「それも古代遺物の1つと云われているよ」
そんな話をしていたからか、目的地の食堂についていた。
食堂はカフェテラスの様なお洒落感はなく、研究所の様に白一色。
テーブルも長方形の机が並んでいた。
味気ないが汚れなく綺麗な白な上、机はキチッと並んでいる。
統率がありキレイだ。
理科室を彷彿させる。
そんなキレイな机の1つに皿が積み重ねられている。
グリンだ。
その周囲は白衣を纏ったいかにも研究員らしい人達が集まっている。
「堪能した?」
「おや、マスター。お勤めは終わりましたので?」
お前はどこでそうゆうのを覚えてくるんだ?
それに使い所が違うぞ?
それは刑務所から出所の時に言う決まり文句だ。
だが、訂正する必要はないか。
「問題なく終わったよ」
「ゲリオスには上手く罪を着せられた。爵位は剥奪された上、犯罪奴隷に堕ちたよ」
「本当ですか、グラマス!」
「本当だ」
「「よっしゃー!!!」」
「「やったー!!!」」
研究員たちが歓喜の声をあげた。
「まぁ、着せるまでもなく、殺人は行っていたようだ」
「うわ、ホントにクズでしたね」
「そのクズが1人王都を去る。今日は私が奢ろう。好きなだけ食べなさい」
「本当ですか! じゃあ━━」
研究員たちは一斉にグリンの方に目をやった。
イクスはその視線を追うと大量に積まれた皿が目に入った。
「いいよ。彼の分も払うよ」
「「さすが所長」」
「彼の貢献に比べれば食事代など安いものだろう?」
「それはそうなのですが、流石に持ち合わせが足らなくてですね」
「足らない? 研究室に籠ってばかりじゃなく、少しは外の空気も吸いなさい」
研究員に指摘するイクスを横目に調理場らしき方に目をやると、調理担当であろう方々が忙しなく動いているのが見えた。
洗い場にも大量に積まれた皿が見えるが、アレもグリンな気がする。
いったい幾ら分食ったんだ?
「さて私達もなにか食べようか」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。サム君の分も出すから好きなだけ食べなさい」
「わぁい!」
考えたらこっちに来て初めてのまともな食事じゃないか?
裁判が始まるまでレインお姉さんの家に滞在したけど、食事は酒のつまみかジェイソンの兎肉(塩)しか食べてない。
「何がオススメですか?」
「私のオススメはカッリかな」
「それはどんな料理ですか?」
「あぁ、そうか。知らないか」
「はい」
「なら、来るのを楽しみにしているといい。私のオススメはカッリパスタたが、皆はカッリライスを好む。君はどちらにする?」
そんな会話をしていたら研究員の1人が助言してくれた。
「カッリパスタを好むのはグラマスくらいですよ。カッリパスタは白衣に汁が飛んでシミになるので皆避けますよ。オススメはカッリライスです」
「ならカッリライスで」
「跳ねて出来るシミが芸術性でいいんじゃないか」
「白衣も安くないんで、そんな遊びが出来るのはグラマスくらいですよ」
「芸術だ。遊びじゃない」
「なら今度研究員全員でカッリスープをグラマスにぶちまけてやりますよ」
「おぉ! 頼む!」
芸術遊びを控えて欲しかったのだろうが、懇願の返しに言葉を失った研究員は「考えておきます」と言って肩を落として研究員のグループに戻っていった。




