051
「少年が当主を?」
「はい!」
力強く応えるサムを足元から頭までなめるように目線を動かした。
「少年は記憶喰いの被害者だったな。記憶が無くなるは不安であろう。だが、居住地が欲しいならば働き稼いだ金で買う事だ。野心があるのは良い事だが功績もなく領地はやれんよ」
「功績ねぇ。冒険者のグランドマスターの座は功績になる?」
「功績云々の前に各ギルドのマスター職は爵位と同等の位を与えられる。ギルドマスターになる事が出来れば元ゲリオス子爵の領地を譲ってやろう」
「そうじゃなくてさ」
「なんだ?」
「冒険者ギルドのルール改定をしたいんでしょ?」
「カッカッカッ! 冒険者ギルドのルール改定か! それは確かに功績になるな」
「じゃあ、グランドマスターの座を手に入れたら受け渡すから、その領地頂戴!」
「いいだろう。グランドマスターになる実力があればダンジョン管理も任せられる」
ダンジョンを餌にグリンに頼めば、冒険者のトップくらいなれるだろ。
レベル1000前後の元魔王だ。
大丈夫だろ……大丈夫だよな?
「おい、クソガキ」
閉廷し、裁判所を出た所で声をかけられ、声の方を向くとホルンがいた。
「あのねぇ。冤罪だったんだからクソガキはやめろよ」
「冤罪? 殺人はそうだが、結局は窃盗犯だろうが!」
「は?」
「記憶喰い被害者で返却漏れだ? そんなモノ受け付けるか! 貴様はやはり除籍だ!」
「え、イクスさん。話してないの?」
「話せる訳無いだろ」
「なんでさ?」
「ホルンちゃんが隠し通せる訳ないじゃん。裁判途中で絶対にミスる」
「なるほど、確かに」
「大丈夫、ホルンちゃん以外には話し通してあるから、除名にはならないよ」
「イ、イクスさん。あの……それってどういう事ですか?」
ナニコレ?
ホルンがいきなりしおらしくなった。
潤んだ瞳でモジモジして、気持ち悪っ!
「ごめんね。ホルンちゃんは(悪い意味で)素直だから、話さなかったんだけど。彼が記憶喰いの前に拾ったって言うのは嘘なんだ」
「嘘? 裁判で神に誓いをたてましたよね?」
お前、ホントに誰?
ってくらいギャップが酷いけど、イクスさんの前はコレで通すのか。
「たててないよ。サムくんの分は省略して貰ってるからね」
「そういえば……でも、何故そんな嘘を?」
「ゲリオスには私達も手を焼いていてね。だから消えて貰おうと思って、サムくんに協力して貰ったんだ」
「確かに面倒な貴族でしたが、協力とは?」
「無色の魔石の所持者をゲリオスにし、殺人の罪を被せる。貴族といえど殺人罪になれば簡単に揉み潰せる事ではない。その為の協力だよ。実際に殺人を犯していたのは予想外だけどね」
「ゲリオス子爵に罪を着せることはわかりました。ですが、拾得が嘘であるなら、無色魔石の所持者はこの者になります」
「そうだよ」
「ならば、この者は殺人を犯し者。冒険者ギルドは除名が正しき裁きと考えます」
「だから、あの魔石は作ったって言ってるじゃん。人の話し聞けよ」
「少年、魔石は作れない。そのような虚言で罪から逃れようとするな」
「ならお前はあのボーリング球が人に収められてると?」
「ボーリング球?」
「この魔石だよ」
そういってサムはボーリング球サイズの魔石を取り出した。
「うわっ、デカイな」
そういやイクスさんには見せてないか。
「これもあの元魔王が作ったの?」
「そうですよ。本人は駄作と言ってますけど」
「あの時は驚きました。でもこれは偽物なのでしょ?」
「は?」
「だって……こんなに大きなモノが入る訳、ないもの」
ちょっと!
イクスさんの前だからってしおらしい態度のまま微妙なイントネーションで言うの止めてくれる?
内股になっちゃうじゃないか。
てかサムの身体は子供だと思ってたけど、ちゃんと反応するんだな。
じゃなくて。
「なら鑑定してみてよ」
「いいですよ」
そういってボーリング魔石を軽くヒョイとサムから取り上げる。
「……」
「黙ってないで何か言えば?」
「見れない……」
「えぁ、そうか。鑑定持ってないんだっけ?」
「持ってはいるんですが私のはステータス重視なんです。魔石は専門外でして……」
「苦しい言い訳するね」
「いえ、本当に……」
「なら私が鑑定るよ」
「え、でもイクスさんは彼を擁護してるんですよね?」
「信用できない?」
「イクスさんを疑う気は無いのですが……その……」
「なら解りやすくコレかな」
取り出したのはメーターが付いた四角い物体。
100円均一に売ってそうな電池チェッカーみたいだ。
「何それ?」
「あれ? 知らない? 生産ギルドから販売してる魔力チェッカーだよ」
似たようなものだった。
「って、サム君は記憶がないからしょうがないか」
【魔力チェッカー】
その場で魔力の魔力値が計れる優れもの。
鑑定が無くても確認できる為、冒険者の必需品だ。
「いいでしょう。この石に魔力が確認できたなら、魔石と認め除名を取り消して差し上げます」
「違うよね?」
「まだなにか?」
「除名取消は当然として魔力が確認されたらホルンちゃんはグランドマスターとしてサム君に正式に謝罪を発表。更に慰謝料の支払いだ」
「くっ、正式に? いいでしょう。確認できたら謝罪します。ですが慰謝料とは?」
「本当は子爵の手に渡ってしまった無色透明魔石の代金を適正価格で支払うべきなんだけど、それは無理だろうから」
「あぁ、そういう……。それなら同等のサイズの魔石が1個10万ギルです。迷惑料を入れて1個50万、100個で5000万ギル。それでいいですよね?」
「人の話聞いてたかな? 適正価格で支払うのが無理って言ったんだけど?」
「無理? 私はグランドマスターです。5000万も貯蓄がないとでも?」
「5000万じゃあの魔石は1つも買えないよ」
「はぁ? そんな訳ないでしょ!?」
おやおや、憧れのイクスさんに対していいんですか?
「あの魔石は保有魔力が2Eある。伝説……いや魔王か神話級の魔石だったよ。価格なんておいそれとつけられない。だがもしつけるとしたら、最低でも200京は必要だよ」
「ニヒャッケイ……」
そもそも京が解ってなさそうだ。
「1億は解る?」
「人を馬鹿にしないでくれます?」
「へぇ~解るんだ。意外。じゃあ1億は何桁?」
サムに問われたらホルンが指を折りながら一所懸命数えている。
「9桁……?」
そして自信無さげに答えた。
「1京は17桁だよ。200京だと19桁だ」
「そんなっ! 個人で払える額じゃありません!」
「だから無理なんだよ。私も払えるなら1つ欲しいけど諦めたよ」
「わかりました。もしそれが魔石なら慰謝料を払いましょう。ですが魔石じゃなかったらサム=クゥエルは永久除籍、そしてイクスさんは私とけ、けっ、……」
顔を真っ赤にしているが、「け」の先が発言できないようだ。
「「け?」」
け……け……決闘か?
小声過ぎて肝心な所が聞き取れない。
「やっぱり、こんなガサツな女は……嫌……ですよね……」
サムもイクスも返事をしないでいたらホルンが瞳に涙を浮かべていた。
何を要求したんだろ。
「いいよ」
「ホントですか!?」
パアッと顔を明るくした。
「後で……やっぱなしとか言わないで下さいね!」
「言わないよ。だってこれ魔石だもの」
そう言ってイクスが魔力チェッカーの端子をボーリング魔石に当てた。
とたんにランプが右から赤3つ黄3つ緑3つと付き、からの黄3つ赤3つと続いていく。
そして表記された[2E]の文字。
なんで緑まで行ったのにまた赤に戻るんだ?
「はい。証明終了」
「そ、そんな……」
ホルンが青ざめている。
「あんな冗談言うくらいだからホルンちゃんも本当は解ってたんだよね?」
「じょ、冗談?」
「ボクは声が小さすぎて聞き取れなかったんだけど何を要求したの?」
「あ、いや、それは……」
「サム君は耳が悪いなぁ。ホルンちゃんは━━」
「━━なんでもないのよ。そう、冗談。冗談だから忘れなさい!」
イクスに被せて発言を遮りボクの頭を抱きしめ耳を塞ぐ。
それはいいんだが、慎ましい胸が顔に当たる。
性格は好きになれないが、うん、まぁ、あれだ。
堪能しとこう。
ゲリオスの白濁という汚物を脳内から抹消するように今の感触と眼福を全力で脳内保存した。
「さて、それで慰謝料だけど、サム君は幾らを望む?」
慰謝料か、正直お金よりグランドマスター挑戦権が欲しいんだよな。
「慰謝料はお金じゃない方がいいな」
「ま、まさか。私が目当てとか言わないわよね?」
目当て?
なんか言い回しが違う気もするけどグランドマスターを掛けて勝負して貰うのだから間違いではないかな?
「まぁ、そうかな」
「嫌よ! この身はイクス様に捧げると━━」
イクスさんの方をチラチラ見ながら叫んでいるが目当てってそっちか。
「そう、グランドマスターに挑戦したい」
「あぁ、そっち?」
そこでボクの中のイタズラ心が動いた。
少しからかってみよう。
「他に何があるの?」
「それは……」
「ねぇねぇ、他に何があるの? 教えてよ」
「こ、子供には教えられない」
「ホントに? 教える脳ミソが足りないんじゃなくて?」
あぁ、少しからかい過ぎたかな。
まぁ、面と向かってバカにしたボクが悪いか。
顔面を鷲掴みされてます。
結構、痛い……………………?
いや、痛くないな。
「誰の脳ミソが足りてないって?」
顔は笑顔だがひしひしと怒りが伝わってくる。
「ホルン」
「鷲掴みにされて、尚余裕があるのは感心だが、早めに謝罪しなければ痛い目をみるぞ?」
ボクの身体は浮いている。
地に足がついてない状態だ。
「へぇ、どんな?」
そんな状態だが、特に痛みはないので淡々と答える。
「ほぅ、耐えるか」
「耐えるって何が? もしかして、浮いてる事が怖いとか? うわぁどうしよ。こんな高いなんて怖い怖い。落ちたら死んじゃうよ~。なんちって」
「調子に乗るなよ? 小僧!」
ホルンの腕が震えている。
そんなに力を込めているのだろうか。
全く痛くないんだが……。
などと油断していたら急に視界が動いた。
正面にいたはずのホルンが消え、世界が逆転する。
建物が逆さまに見え地面が近い。
そして次に映った視界は青空だった。
遥か上空に投げ出されたのだ。
わぁ高い。
などと落ち着く事は流石に出来ない。
落下による恐怖が襲った。
落ちる落ちる落ちる落ちる落ち……ん?
ふと、そこで疑問が浮かび急に冷静さを取り戻した。
落ちてるのか、投げられ上がっている途中か、判断がつかないな。
正直どうでもいい事だが、お陰で冷静な判断が出来るようになった。
「上がってるにしろ、落ちてるにしろ、着地はどうするか」
こんな時、羽があれば問題解決なんだがギア蝶でもここにいればなぁ。
……あ。
今の今まで完全に忘れていたが、いるわ。
森でゴーレムに加工した皆様はボクのストレージに入りっぱだった。
すかさず、ギア蝶……は飛ぶのに不安があったので機械的に加工されたフクロウを取り出した。
名は闇夜の梟。
体長3メートルの怪鳥。
鳥類の翼は翼そのままだと味気なかっので途中にオプションを追加している事が多い。
このフクロウはファンを追加している。
回転させる事により翼をはためかせることなく、上昇・下降が行え、飛行時の緊急回避にも一役買う。
回転レベルが高ければの話だが。
フクロウはボクと面向かいになるよう位置取り羽ばたいている。
それを見てもボクが上昇してるのか下降してるのからわからないな。
「悪いんだけど、ボクを掴んで地面に降りてくれる?」
「ホホゥ」
フクロウは頷き、ボクの両肩を掴み、急降下した。
……違う。
そうじゃない。
大地が凄い勢いで近づいてくる。
「ゆっくり降りてくれる?」
「ホホゥ?」
地面まで1mという所で空中停止、そこからゆっくり降ろされた。
思ってたのと大分違ったが、怪我もなく降りれたし、良しとしよう。
「ありがとう。戻っていいよ」
「ホホゥ」
一声かけて、ストレージに収納した。




