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星の山林間学校

作者: 居眠り猫


『星の鳥のオムレツ』


「ジョージ!」

 親友であるルイスに話しかけられて、ボクは振り返る。

「ハイ、ルイス。どうしたの? そんなに急いで」

「朝起きたら君がもう部屋にいないから、探したんだ」

「だって今日は朝の卵採り当番だもの。そりゃ早起きするよ」

「君が当番ならボクも当番だろう!」

「気持ち良さそうに寝ていたから」

 ボクはそう言いながら、足元の草原を見る。草原には所々いくつかの木が生えていて、ボクはそこに向かってゆっくりと歩く。ルイスはボクの数歩跡を小走りでついてきて並んだ。

「だったら起こせばいいだろ。卵採る時、木から落ちて泣いたじゃないか」

「随分昔の話をするね。それはもう少しボクが小さい時の話だろう? まだ此処に来たばかりの頃だ」

 まるで成長していないかのように言われて、流石にボクも腹が立って言い返す。そうだったかな、とルイスはとぼけた。ボクより此処に来たのが少し早かっただけなのに、ルイスはお兄さん面をする。

「取り敢えず卵を採るよ。今日は朝にオムレツを出してくれるって、厨房の先生が言っていた」

「やった! バターたっぷりのやつがいいな! バターたっぷりで!」

 ルイスはすぐに上機嫌になって、ボクとは別の方向にスキップで進みだした。やれやれと思いながら、ボクは最初にたどり着いた木の上に向かって声をかける。

「おはよう。卵を貰ってもいい?」

 木の中から、一羽の大きな、燃えるような羽をもった鳥の目が見返してきた。くるる、ころろ、とその鳥は鳴いて、そして顔を引っ込める。どうやら採ってもいいらしい。

「ありがとう」

 ボクはそう言って、一番近い枝に成っている卵を手に取った。


 最初このフロアには、白鳥に鳩、風鳥に鷲、巨嘴鳥、鶴に鳳凰、それにカラスの木だけがあったけれど、先生が気が付いた時には、何故か鶏や雀、その他の鳥の木が小さく生えて紛れ込んでいたらしい。そのおかげで毎日何かしらの卵にあり付けるから、ボクらはありがたいけれど。


 フロア一面の草原は、今日もしっとりと水分を孕んでいる。柔らかい草を踏み分けて、ボクは隣の木に移動する。フロアの空はいつもと変わらず星が瞬いていた。ルイスが別の木がら両手いっぱいに卵を抱えて寄ってくる。

「何の卵が採れた?」

「鳳凰」

「やったな! 甘くてうまい奴だ!」

「ルイスは?」

「鶏の木が少しだろ、あと鳩だ!」

 全部を籠に入れると、結構な数になった。もう十分だろう、採り過ぎてはいけないと、先生も言っていた。

「そろそろ帰ろう。早く戻らないとオムレツにあり付けなくなる」

 ボクはそう言って籠を抱えた。フロアの中央にあるエレベーターの乗り口に向かって歩きはじめる。そうだね、とルイスも一緒についてきた。草原の真ん中にポツリとおかれたエレベーターのボタンを押せば、直ぐに扉が開いた。乗れば一瞬でボクらが生活する学校まで連れて行ってくれるのだ。

 ごうん、と音を立ててエレベーターは下がり始める。まだ温かい星から採れた卵が、ボクの腕の中でカタリと触れ合う音がした。



――ここは『星の山林間学校』。一日中星の光だけが降り注ぐ山の中にある、不思議な学校。

 昼も夜も無い、緑あふれる山の中。空はずっと仄明るく何処か遠く見える星空。その中にある小さな小さな学舎は、少年達がホンの数名、そして先生たちだけしかいない、静かな静かな場所。彼らはここで学び、そして巣立っていく。



 エレベーターが校舎につくなり、ボクらは食堂に急ぐ。

「給食の先生、今日の卵です!」

「オムレツおねがいします!」

 ボクはキッチンカウンターに卵が入った籠を差し出して、ルイスは隣で先生に手を合わせてお願いをする。はぁい、と声がして、キッチンの奥から給食の先生が現れた。三角巾に白いエプロン、髪を一纏めにした女性で、優しく快活に笑うけど、ちゃんとご飯を食べないととても怒る人だ。

「いっぱい採れたね。朝早くからご苦労様。オムレツはバターたっぷり?」

 先生は籠の中を覗き込んで微笑んで、それからルイスにウィンクして聞いた。

「うん!」

 ルイスが嬉しそうに大きく頷いた。先生がジョージは? と目線を向けてきたので、ボクも、と言って頷いた。

「特別よ。卵当番は朝が早いからね」

 先生はそう言うと卵のいっぱい入った籠を抱えて、キッチンの奥に向かって行こうとする。

「先生、作るところ、見てもいい?」

 ボクは思わず先生に聞いた。先生はボクの顔を見て、パチクリと目を見開いた。

「いいけれど。どうしたの、急に」

「気になったんだ。どんな風に作るのか、ボクは見たことない」

「ボクも見たことないなぁ」

 隣でルイスが頷いた。いつも先生任せで、あの綺麗な黄色のオムレツが出来上がる様を見たことがない。……だから次に卵当番になった時には見させてもらおうと、前の卵当番が終わった直後から心に決めていたのだ。

「じゃあついでに手伝いなさい。卵を割るのは?」

 ふふ、と先生は笑った。そして卵を一つ手に取って、軽くカウンターにコツコツとぶつける。

「……採ってる時に落として割ったことなら」

「ボクは割ったことないなぁ」

 ルイスが素直に言ったボクの横で自慢げに言った。ウソつけ、と思ったけれど此処で喧嘩しても仕方ないので、隣から睨みつけるだけにしてやる。

「そりゃまぁ頼りないねぇ。ほら、一つずつ持ちなさい」

 そう言われて、ボクらはそれぞれ一つずつ卵を持った。丁度掌に収まるサイズの、ほのかに青くも見える卵の殻は、さっき自分が採ったもののハズなのに、まるで初めて触ったかのような気分になる。親指の腹でスリスリと表面を撫でた。その間に目の前に銀色に光るボウルが差し出された。先生がいつの間にか持ってきていたらしい。

「いいかい、持ち方はこう」

 先生が卵を一つ、手のひらで包むような形にして持った。

「そして、軽く、けれどしっかりと、リズムを付けるように机の平たいところにぶつけなさい」

 カンカン、と小気味よい音を立てて先生の手の中の卵にヒビが入った。

「そしたらヒビに指を差しこんで、こう」

 クレーターの様に凹んだ卵の殻に両手の親指を差しこんで、先生はパカリと卵を割った。クリーム色がかった黄身と、キラキラした透明な白身がボウルに落ちる。

「さ、やってみなさい」

 先生がどうぞ、とボウルを差し出した。ルイスが隣でコンコンと卵を叩く音がした。

「先生、上手く割れないよ?」

「優しく叩きすぎ。加減を覚えれば簡単だけれど、君は思ったより慎重派だったのね」

 もう少し強くしていいよ、先生のそのアドバイスを横で聞きながら、ボクも卵をカンカンと平たい所に打ち付けてみる。……少し強かったのだろうか、ヒビは相当広範囲に広がって、ボクの手には白身が少しついた。白身がキラキラ、星屑の様に光る。

「鳳凰の卵だね、白身がキラキラしてる」

 殻が入らない様に気を付けて、と先生はボクの前にボウルを差し出してくれた。そこにポチャリと殻を開いて落としてみる。鳳凰の卵は星をまぶしたようにキラキラしている。先生が割った卵とは少し違うようだった。

「わっ、わっ、ジョージ! ボウルくれよ! こぼれちゃう!」

 隣でルイスが声を上げた。どうやら今度は力を入れすぎて、ヒビが卵の半分以上を覆いそうになっている。もちろん手は白身にすでに濡れていた。

「ほら。……加減が難しいね」

 ボウルを差し向けてから、改めて僕は言った。先生はケラケラと笑った。

「卵三つじゃあなたたち二人のオムレツにも足りないからね、沢山割って、加減を覚えるといいよ。殻が入らない様にだけ気を付けて」

 じゃあ卵割りよろしくね、と先生はキッチンの奥の方へ向かってしまった。どうやら他のメニューの用意をするらしかった。当たり前だ、オムレツだけじゃ朝食にはならないモノな。

「もしかしてこれ全部割るのかな……」

 ルイスが言う。籠にはまだかなりの数の卵が入っている。

「籠の半分を割ってねー!」

 キッチンの奥から先生の声がした。ルイスの問いかけが聞こえたみたいだった。二人ではーいと返事をして、次の卵を握る。

「次こそ上手く割ろう」

「そうだね」

 僕らはコンコンと卵を打ち付け始めた。


「どうだい?」

 キッチンを所狭しと歩き回って作業していた先生が近づいてきて聞いた。ボクらのボウルは結構な卵が割られて入っている。二人合わせて10個以上は割ったはずだ。ただ中には殻に黄身が引っ掛かって崩れてしまったり、黄身が二つ入っているものがあったりして、ボウルの中は結構なとっちらかり様だった。

「どう、先生! 上手く割れるようになってきたんだ!」

 ルイスが先生に嬉しそうに見せる。先生はボウルを覗き込んで、「うん、上出来だ」と笑ってくれた。

「じゃあこれに砂糖と少しの塩とミルクを入れて掻き混ぜる」

 そう言うと先生は結構な量の砂糖と、砂糖よりはかなり少ない塩、そしてミルクを入れて、さえ箸でカシャカシャと混ぜはじめた。黄身を崩して、白身と、ミルク、砂糖と塩が混ざっていく小気味のいい音がする。ボウルの中身はあっという間に綺麗な黄色のゆったりとした液体になった。

「次は温めておいたフライパンにバターを入れる」

 すぐ近くにあるコンロにあったフライパンは、どうやらいつの間にか火に掛けられていたらしい。先生がバターを入れるとジュゥと大きな音を一度立て、見る見るバターが溶けていく。

「溶けてほんの少ししたら、この卵液を流し入れる」

 壁に引っかかっていたお玉を手に取って、先生は卵液になった卵を一掬い、フライパンに流し込む。じゅわわ、と大きな音がした。ボクとルイスはびっくりして、ほんの少し肩が跳ねてしまった。

「ふふ。そしてフライパンの縁の方の卵液が少しだけ固まってきたら何度か掻き混ぜる」

「え!?」

 先生は慣れた手つきで綺麗に広がっていたフライパンの卵をぐしゃりぐしゃりと勢いよく混ぜてしまった。

「大丈夫、ちゃんと形になる。こうした方がふわふわになるんだよ。見ていてご覧」

 先生はフライパンの柄を握ると小刻みに揺らし始めた。フライパンを傾けると、ずるずると卵が縁に寄ってきて、なんとなくいつも見ているオムレツの形になってきた。

「よいしょ」

 先生が掛け声をかけてひときわ大きくフライパンを揺すった。黒いフライパンの上で黄色の卵が跳ねて、クルリとまとまって、そしていつも見るオムレツの形になった。

「お皿を一つ頂戴」

「はぁい!」

 ボクは急いで近くにあった皿を先生に差し出す。先生はボクを見ないままに掌を差し出したので、その上に皿を乗せた。

「ありがと」

 そう言うと先生は皿にオムレツを乗せた。もうすっかり見覚えのある料理の形になった、ボクらの割った卵は、ホカホカと白い湯気を上げている。天の川のミルクと鳳凰の卵が混じっているので、星の欠片がキラキラと光っている。ボクら全員の大好物なオムレツだ。

「これを人数分作るのよ、お皿の数は足りてる?」

「ええと、1、2、3、4……足りてる!」

 ボクは数えて、思わず勢い付けて返事してしまう。おっけー、と先生は言いながら、フライパンをペーパータオルで拭って、新しいバターの欠片を放り込んでいる。

「じゃあ、寝坊助さん達をそろそろ起こしてきて。マザーに叱られる前に起きなさいって」

 マザーはボクらの住む寮を仕切る寮母さんだ。厳しい人だけれど、優しいところもある。……寝坊した時が一番怒られるので、「マザーに怒られるよ」と言えば大抵皆起きてくれる。

「行ってくる! ルイスはルドルフ達の部屋をお願い! ボクはヒース達の所に行くから!」

「オッケー! オムレツ冷める前に起こそう!」

 そう言ってボクらは食堂を駆け足で飛び出した。



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