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赤、白

 あの結婚式から二ヶ月半。

 世の中は師走になったらしい。


 半引き篭もりで不登校の私には暦なんて関係なかったけれど。

 一応定められたレポートは提出しているから進級には問題無い。

 あと一年こんな生活をして、そして卒業。

 その後どうしよう。

 働こうかな。

 別に働かなくても生きては行けるのだけれど。

 でも、そうすると本格的に外に出なくなってしまう。

 そんな風にちょっと先の未来を憂いでいた。


 狂った世界に入り浸る事に変わりは無かった。

 ただ、アイツとの関わり方が少し変わった。

 一方的に殺すだけだった力関係が均衡し、私が殺される事も多くなった。

 そして……たまにいちゃいちゃしたり。


 まぁ、あんな感じでキスなんかしたら欲情しちゃうよね。

 それに対しての後悔は無かった。


 ◆


 無かった!

 さっきまでは。


 どうしてこんな話になったのだろう!?

 いつの間にか、二人で会う話になっていた。

 現実リアルで!


 ヤバいヤバいヤバいヤバい。

 マジヤバい。


 どうしてこうなった?


 ……いや、こうなるのは多分必然。自明の理。


 今する事は反省じゃ無い。

 この先を考える事だ!


 ……無理無理!

 だって、こっちは引き篭もり!

 どうしろと?


 いや、会いに行けと言うのはわかっている。

 むしろ、会ってみたい。

 そう、会いたいんだよ! 私だって!

 ただ、どんな顔して行けば良いのだ?

 いや、顔は今更変えられ無い。

 違う。

 そう言う意味じゃ無い。

 何を一人で訳のわから無い突っ込みをしているんだ?

 私は。


 落ち着け。


 やる事。


 ……髪を切ろう!


 ◆


 私が誰かの彼氏に告白した。

 誰かが私に告白して、それを断った。

 私が何人かの教師に色目を使っている。


 どれも心当たりが無いそんな噂が流れ出し、突然周りが私を無視し出し、結果、私は学校へ行かなくなった。


 その事に今の所後悔は無い。

 気を使ってくれた訳では無いだろうが従兄弟が譲ってくれたFDVRギアは、結果としてそれなりに楽しい時間を私に与えてくれた。


 そして今、その従兄弟が仮想ウインドウの先に居る。


 ◆


『青いなぁ!』


 笑うなぁ!

 本当はこんな人に相談なんてしたく無かったけど、他に頼れる人が居ない!

 引き篭もり万歳!

 ちくしょう。


「どうすれば良いのよ?」

『普段通りで大丈夫じゃ無いかな。

 いつもと同じようにしてれば良いんだよ』


 何のアドバイスにもなって無い!!

 明らかに相談相手を間違えた!


「そうかな……」

『それより、前髪少し切り過ぎたんじゃ無いのか』

「ああああぁぁぁ……やっぱりぃぃぃぃ…………」


 美容師のチャラい兄さんは「いや、可愛いっスよ! オレ、マジ惚れちゃいますって。いや、マジ、イケてますって」って言ってたけど、そう言われて、信じ込んでは見たけれど、どう見て切り過ぎだ! バァァァァカァァァァァァ!!!

 今時前髪パッツンとか流行って無いんだよぉ!

 お前の好みか?

 死ね!


 もうダメだ。

 誰か、私を殺してくれ。


 ◆


 いっそ、事故にでも遭って来なければ良いのに。

 待ち合わせ場所にしたその場所に着くに至っても、まだ私はそんな事を考えていた。


 一つ年上の彼は、キャンパス見学の為に上京するらしい。

 そのまま春からはこっちで一人暮らし。

 そんなつもりらしい。


 え、通い妻?

 え、それは……いやいやいや、まだ会った事も無いのよ!

 顔も知らないのですよ!

 お互い!


「……すももさん?」

「ふぁい!?」


 下を向いてどうにもならない事をぐるぐる考えている最中に声を掛けられる。

 変な返事をして、顔を上げる。


 そこには、知らない顔の男。


赤須あかす百々(もも)さん?」

「……あ、は、い。そう、です」

「良かった」


 爽やかイケメン。


「初めまして、て言うのもおかしいけれど、水白みずしろ春人はるひとです」

「は、初め、まして」


 相手が、少し照れ臭そうな笑いを浮かべながら頭を下げる。

 その笑顔に、呆気なく私の心は鷲掴みにされた。


 いやいやいやいや、可笑しいだろ!

 何でアバターよりイケメンなのさ!!

 こっちは、それこそどんなのが来ても良いような心構えをしてたさ。

 自分の事を棚に上げつつアレだけども。


 何でさ、何でさ、それを全力で逆方向に裏切って来るの!?


 そう言えばこいつ、根本的に頭おかしいのだった。

 今は、爽やかな微笑みに誤魔化されているけども。

 くそぅ……性根はクズの癖に……クズの癖に! 反則過ぎる。

 どうしよう。

 こっちはタダでさえ前髪残念なのに!


「えーっと…………お茶でも飲もうか?」

「は、はい」


 固まったままの私に彼がそう言った。


 ◆


 コーヒーを頼み、そして、ブラックのまま一口。

 苦い。

 ミルクと砂糖を入れる。


 そんな私を不思議そうに彼が見つめる。

 あぁぁ、かっこ悪いぃぃぃぃ……。


 店内に立ち込めるコーヒーの香りが、エリスさんを思い出させたからだ。

 そして、彼女みたいにカッコよくブラックで飲もうと思ったのだ。

 失敗したけれど。


 そして、調子に乗ってテラス席なんて座るんじゃ無かった。

 何でここにしちゃったんだろう。

 寒い。

 寒いよ。

 そう言えば外はいつの間にか冬になってたのか。


 ◆


 駄目だ。


 何とか会話をしようとしてくれる彼に対し、一年以上引きこもってた私が対応出来るはずも無く。

 前髪おかしいし。

 そもそも、共通の話題何て、殺す殺されたの事ばかりだから外で話す事なんて無くて当然なんだ!


 泣きたくなって来た。

 寒いし。


 もう、帰りたい。


 そんな私の気持ちが通じたのか、そろそろ出ようかと、彼が言う。


 目を合わせずに頷く。


 ◆


 出たところで行く当ても無く。

 ひょっとしたら彼は何処か行きたい所とかあったのかもしれないけれど、それを聞き出す事すら出来ず。

 すれ違う女の子達が眩しい。

 そんな彼女達の視線が横の男、そして、私と移り露骨に表情を変えている気がする。

 何でこの人の横をこんなのが歩いているのだ? と。

 そんな事、私が聞きたいよ!!


 せめて何か会話をしないと。


「あの……」


 その声に、しかし、彼は私を見ず、でも、微かに微笑みを浮かべながら歩き続ける。


『いつもと同じ様にすれば良いんだよ』


 蘇る唯一のアドバイス。


 いつもと同じ様にと言って思い浮かぶ事は……。

 そんなの……一つしか無いのよ……。


 横を歩く彼の服の袖を掴む。


 彼は立ち止まり私を見て小さく首を傾げる。


「……ちょ、ちょっと、何処かで温まりませんか?」


 ◆


 あああああぁぁぁぁぁ。


 これもよく考えたら失敗だった。

 アバターよりも大分貧弱なこの体を晒す事になるのだ……。


 でも、もう後戻りは出来ないよね……。

 泣きたい。

 いっそ殺してくれ。

 いや、私は死んだ。

 うん!

 今死んだ!


 意を決し、彼が待つ浴室のドアを開ける。


 ◆


 既に日は沈み、町はクリスマスの光が煌めいていた。

 綺麗。

 今日帰ると言う彼をバスターミナルまで送る。


 ゆっくりと歩きながら、恐る恐る彼に問い掛ける。


「……次、いつ会えますか?」


 手を繋いだまま、彼は私を見て、そして、微笑みながら小さく首を傾げた。


 ◆


 答えは無かった。


 それもそうか。

 こんな何の魅力もありはしない女。

 何を勘違いしてたんだろう。


 失望を顔に出さない様に気を付けながら彼を見送り、そして、家に戻り……。


 私はゲームの世界へ行かず、そのまま眠りに付いた。


 ◆


 その日から、狂った世界に白刃と呼ばれるプレイヤーが姿を現す事は無くなった。

 そして、かつて領域外兵器と呼ばれたプレイヤーも暫くして姿を消した。


 彼には、片耳にごく軽微な障害があった。

 そちらの耳から問い掛けられると正確に聞き取る事が困難な程度の。

 その事は彼のコンプレックスになっていたが、日常生活に於いて決定的に困る事は無かったので、誰にも感付かれない様心がけていた。


 彼女の問い掛けは言葉として彼に届かなかった。


 彼女が自分の状況をコンプレックスに感じ、彼に負い目を感じていたのと同様に、彼もまた、その弱さを隠そうとし、届かなかった彼女の言葉を聞き返す事が出来なかったのである。


 付け加えるなら、繋いだ手から伝わる温もりとフラッシュバックする数刻前の記憶、そう言った物が彼を支配し、心ここに在らずと言う状態であり、そして、当然の様にこの先もこの幸福が続くと思っていた訳であるが。


 しかし、ほんの些細なすれ違いの結果、二人の関係は終わるのであった。


 赤と白。

 その二つの狂気は、希望と絶望を狂った世界に置き去りに現実リアルへと戻って行く。

 

 ◆


 そして、五年の月日が流れる。


 ◆


「結婚、おめでとうございます」


 テーブルを挟んで座る二人に改めて祝福を送る。


「いやー照れるね」

「ありがとうございます」


 本当に恥ずかしそうな香島の兄さん。

 そして、その横で幸せそうな顔をしている女性。名前はしのぶさん。

 私より一つ年上らしい。

 もう三十近いし、そんな素振りを全く見せなかった兄さんにしては意外なほど若い奥さんを貰ったものだ。


 テーブルの上のコーヒーをブラックのまま口に運ぶ。


「よかったら二人の馴れ初めとか聞かせて下さい」


 その質問に忍さんが少し恥ずかしそうに兄さんを見る。


「ゲームだね」


 忍さんに微笑んだ後、兄さんはそう言った。


「またやってるの?」

「ちょっと気になる事があってね」

「ふーん。で、二人は同じゲームをしていた、と」

「いや、同じじゃ無いんだ」

「え?」

「同じじゃ無いんだけど、まあ、仮想世界あっちで出会った」


 意味がわからない。

 どうして違うゲームで出会いがあるのだろう。

 最近のゲームはそんな意味不明な事になっているのか?


 私はあの日以来ゲームをしていない。

 学校へも行かなかったが。

 三年の時にレポートと並行して医療事務の資格を取って、運よく卒業と同時に働き始めた。


 そうして、それなりの日々を過ごして来た。


「相変わらずよくわからないね。兄さんは。

 忍さん。こんな変な人ですけど、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 忍さんが深く頭を下げた。


 ◆


 彼らの話を聞いたからでは無いが、久しぶりにVRギアを引きずり出した。


 流石に昔遊んだゲームは既に存在していなかったけれど。


 改めて、別のゲームを探す。

 そうして、売り文句に惹かれ一つのゲームを選んだ。


 久しぶりの、フルダイブ。

 ちょっとだけ、あの頃を思い出す為に……。


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