純白のドレス、赤のブーケ
軽いエンジン音が聞こえる。
バイクだな。
数は一台。
ということは、新手ではないのかな。
既に私以外に立つ者が居なくなった荒野。
あちこちに爆発の跡があり、煙が立ち上り、死体が転がっている。
それを避けながらバイクが近づいてくる。
乗っていたのはクズだった。
「まさか生き残るとは」
バイクを止め、私を見ながら言う。
最後はこいつか。
何人切ったか覚えていないが、刃こぼれ一つしていないセラミック刀を向ける。
「待て。今日は無し」
珍しく、銃を背中に担いだソイツは、そんな事を言った。
命乞いなんてらしくない。
もっとも聞く気は無いけど。
「今日の命は貸しにしておいてくれないかな。
別に惜しくないんだけど出来れば今日じゃない方が良い」
「……何で?」
その後、嬉しそうにクズが発した言葉はこの世界から一番縁遠いものだと思われた。
「これから結婚式なんだ」
◆
私はバイクの後ろに乗っていた。
バラックの間、ゴミだらけの路地をゆっくりと走るバイクの後ろに。
やがて町中でバイクを止め、ガラスの全部吹き飛ばされた商店で真新しいタオルと、ペットボトルをクズが買って戻ってきた。
私はそれを店の前で待っていた。
「せめて、顔くらい洗っておこう」
ペットボトルの蓋を開けながら、クズがとても人間らしいことを言う。
ペットボトルの水を両手で受け、そして、顔を洗う。
真新しい、真っ白なタオルは直ぐに赤茶色に染まる。
同じ様に顔を洗ったクズが、すっかり汚れたタオルをバイクに放り投げ歩き出す。
私は黙ってそれに付いて行く。
四回程角を曲がった先にその建物は有った。
入り口の扉は吹き飛ばされて無くなっていたし、人が手入れしている様子など微塵も無い。
しかし、辛うじて残る外壁の装飾から教会であったと判別出来た。
入り口をくぐり入っていくクズに続く。
中には既に先客が居た。
長椅子が並ぶ礼拝堂。
奥の壁から天井は崩れ、そこからこの星特有の青い夕焼けが見えた。
その光がスポットライトの様に祭壇の前に立つ3人の男女を照らす。
まるで違う世界から来た様な、真っ白のドレスを身に纏った女性。
そして、迷彩の戦闘服を来たスキンヘッドの男。
間に黒い外套を纏った男が立ち、こちらを向いていた。
それ以外、誰も居なかった。
一番後ろの長椅子にクズが腰を下ろす。
その横に私も。
「ルードは、オリエを妻とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、オチの無い長話を延々と聞かされるとしても、死が二人を分かつまで、愛し合うと誓いますか?」
スキンヘッドの新郎の方を向き、外套の男が尋ねる。
牧師役なのだろう。
「誓います」
その答えに、満足そうに頷く牧師役。
「オリエは、ルードを夫とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも……、絶対浮気するけど大丈夫?」
新婦の方を向きながらそんなふざけた事を言う。
「大丈夫。させません」
牧師役が満足そうに頷く。
いつの間にか、通路を挟んだ反対の長椅子に誰か座って居た。
「では、死が二人を分かつまで、愛し合うと誓いますか?」
「誓います」
新婦さんはハッキリと大きな声で宣誓をした。
それに牧師役が満足そうに二度三度と頷く。
更に二人ほど、静かに私達の前に座る。
「それでは、誓いのキスを、どうぞ」
新郎と新婦が向き合い、それぞれ一歩ずつ前に出て、二人の距離を縮める。
新郎が新婦のベールをそっと持ち上げ、そして、静かに二人、唇を重ねる。
長いキスが終わり、二人はまた前を向く。
「このクソみたいな世界で生まれたウソみたいな二人に満ち溢れんばかりの幸せを。
アーメン」
手で十字を切って、両手を組み合わせる牧師役。
そして、二人がこちらを向く。
姿勢を正し、そして、腕と腕を絡める様に組む。
二人共、この世界で見た事の無い笑顔だった。
隣のクズがそっと立ち上がり拍手を送る。
続けて前に座っていた二人も。
釣られて私も立ち上がり拍手をする。
二人は、深々とお辞儀をして、ゆっくり歩き出した。
そして、私の前を通る時に新婦さんがニコッと微笑み、手にしたブーケをそっと投げて来た。
慌てて、落とさない様に両手で受け取る。
新婦さんは、こちらに手を振り、そして二人は教会を出て行った。
「行ったなー」
二人の消えた出口を見ながら、余韻に浸る私の後ろで誰かが言った。
「未だに信じられない」
もう一人は女性の様だった。
「てかさ、お前ら先に来てろよ」
後ろのクズがその二人に文句を言う。
「警備役が最初ってどう言う事だよ」
「お前さ、自分で撃ち殺しておいてよくそんな事言えるよな。続きやるか?」
「町の外に大穴が空くけど、それでも良ければどうぞ」
「神の御前。争いは控えたまえ」
「アンタ、滑ってるよ?」
いつの間にか私の周りで会話に花が咲いて居た。
私は手の中にあるブーケに目を落とす。
触って驚く。
それは生花だった。
「キレイだろ?」
何故かクズがドヤ顔で話し掛けて来る。
確かに綺麗だけど。
「よく育ったな」
「どうだ! 見直せ!」
「本当、バカのやる事はすごいわ」
「バカでは無い」
え?
「え、これ、アンタが育てたの?」
まさか。
「そうだけど? そうでもしないと何処にも花なんか無いだろ?」
いや、そうだけど。
「おい、アホ共がまた集結してるらしいぞ」
通信機だろう。
耳に手を当てながら牧師役が言う。
「嗚呼、愚か者に神の慈悲を。アーメン」
そう言って十字を切って、そして、ニヤリと嬉しそうに笑って駆け出した。
「やべ、あいつ、今日何もして無いから元気だぞ?」
「止めに行くかー」
言葉と裏腹に二人も嬉しそうに駆け出す。
……。
「アンタは行かないの?」
隣のクズに問う。
「今日は、もう良いや。
……ありがとう」
へ?
「何が?」
「お陰で平和に終わった。お前が居なければここに来れなかっただろうからさ」
それは嫌味でも何でも無く、心からそう言っている気がした。
私の知らない、クズ達の世界。
「強くなったわね。シルエラ」
不意に横から声を掛けられる。
ずっと座って居た女性。
エリスさんだった。
「あれ? 知り合い?」
クズの問い掛けに、エリスさんは微笑みを一つ浮かべ、それを返答にした。
「えっと……」
何を言えば良いか全然分からなかった。
「今度、コーヒー淹れてあげるわ。
ついでにアンタにも」
「ついでかよ」
「領域外兵器の復活祝いよ」
「残念。一日限りの限定品」
「そう」
そんなやり取りをして、そして、私に手を振りながらエリスさんも出て行った。
黙って長椅子に腰を下ろすクズ。
立ち去って良いのか分からないまま私もその横に座る。
手のブーケを顔に近づける。
微かに不思議な匂いがした。
「絶望」
不意に横から声がする。
「何が?」
「マリーゴールド。その花の花言葉」
「え?」
そんな物を花嫁に渡したのか。
こいつは。
「いや、他に咲かなかったんだよ……。
それでも、鮮やかに咲いたのだけ選んだんだけど……」
さも無念そうにそう言う。
手の中の花はそいつが言うように鮮やかな赤と黄色のコントラストを見せていた。
「……良いんじゃ無い? 絶望。望まない。その方が幸せなんじゃ無いかな」
つい、そんな言葉が漏れて居た。
不思議そうな顔をこちらに向ける、不思議な男。
まさか、こんな世界で誰かに花を送るなんて。
いや、こんな世界だから不思議なのかな。
現実なら、別に花のプレゼントなんて珍しく無い。
貰った事なんて無いけど。
「……そんな事、無いと思うけど」
「そう? 世界には希望なんて何処にも無いんじゃ無い?」
どこも狂った世界だ。
「花は咲いた。そして、今日、二人幸せに旅立った。
こんな世界でも希望はあるんだと思うんだ。
いや……あるんだよ」
そして、そいつが真剣な眼差しを私に向ける。
その顔に、不意に胸が高鳴る。
「例えば、今、こうして……」
更に言葉を続けようとする相手の緊張が痛いほどに伝わって来る。
そして、可笑しくて堪らなくなった。
この男は私を犯そうとしたのだ。
それなのに、何で今こんなに緊張した面持ちでわたしを見つめて居るのか。
私はその顔に両手を当て、唇を重ねた。
◆
翌日、デイリーの殺害数ランキングに領域外兵器と言う知らない名が乗り、そして、それはちょっとだけ世間を騒がせた。
驚いた事に、その日の、つまりは昨日の殺害数は私より上だった。
私は自分のアバターに性器を付けた。