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白い刃、赤の唇

 絶対殺す。

 絶対。


 殺られたら殺り返す。

 この世界の鉄則。


 そんな事と関係無く、あのクズだけは許せない。

 何としてでも見つけ出す。


 ◆


 怒りが彼女を動かしていた。

 一体、何に対する怒りだろうか?

 それはともかく、彼女は男を探す。

 香島の残した情報と金を使い、光学迷彩専用のレーダーを作らせた。

 それに一日。

 そして、そのレーダーを使い、男を探し出す。

 それに一日。

 男がログアウトする所を確認し、待ち伏せて戻るのを待つ。

 それに一日。

 都合、三日で彼女は復讐の機会を得るのである。


 ◆


 毒を塗ったセラミック刀を静かに差し出す。

 手応え無く、相手の脇腹に沈み込んでいく。

 引き抜くと同時に、血が溢れ出る。


 そして、驚愕の表情で振り返ったクズが地面に倒れる。


 さて、この後どうしようか。


 私のスカートとパンツを駄目にして、一人欲望を満たしたこのクズ。

 同じことをやり返されるのが一番屈辱的だ、と、この世界で学んだのだけれど……。


 取り敢えず、セラミック刀でベルトとズボンとパンツを切ってみる。

 こんなんじゃ、全然私のスカートと釣り合わない……。


 それにしても……。


 露わになったクズの股間。


 ……薬が効いているのに元気にピクピクと動いている。





 いやいやいや、何で私はじっくり観察してるんだ!


 寝転がるクズがこっちを見ていた。


 その視線に無性に腹が立つ。

 刀を一振り。

 両目を潰す。


 それでも元気なままのクズ。





 同じことを、やり返す……?


 それは、私の勝ちになるのか?


 どうすれば良いのだろうか?


 ……。


 クズの上に跨り腰を下ろす。


 そして、上を向いているそれを、とりあえず太腿で挟み込んでみる……。


「いやぁ!?」


 何か、出た!?


 咄嗟にそこから飛び退く。




 そして、冷静になる。


 一体、私は何をしているんだろう。


 ……。


 はー。

 ここで刀一本無駄にするのか。

 ま、仕方ない。


 私は、刀を一振りして、先端から白い何かを垂れ流すそれを根本から切り落とす。

 そして、そのばっちぃ刀を置いてその場を後にした。


 ◆


「お前さ、自分がどれだけエゲツない事をしたか分かってないだろ!?」


 それから一週間後。

 クズは再び私の前に現れた。


「知らない。興味無い」


 何故かそいつは武器を手にして、でも、私を攻撃せずに居る。


「あれから一週間だよ!

 ずっと違和感があるんだぞ?

 現実でも」


 だから何?

 来ないならこっちから行くよ?

 刀を一振り。


 呆気なく、頭が落ちた。


 ◆


「あのさ、話を聞くとか、そう言うことはしないの?」


 何故かまた現れるクズ。

 聞くべき話なんか無いし、語る言葉も無い。


 ただ、命のやり取りだけあれば良いのだ。


 刀を突き出す。

 辛うじて、本当に辛うじてクズがそれを避ける。

 その先へ右足で蹴りを入れる。

 一瞬、動きが止まったその体に刀を深く沈みこませる。


 ◆


「オーケー。話を聞かないのは分かった。

 なら屈服させれば良いよな?」


 出来ればね。


 槍を手にしたそいつを呆気なく殺す。


 しかし、しつこい。

 ログインの場所を変えようかな。


 ◆


 それからも男はシルエラの前に現れた。

 流石に毎日では無かったが。

 その度に、シルエラは男を殺す。


 会う度に、次第に生きる時間が長くなっていたのは、丹念に男がシルエラの動きを観察し、それを覚えようとしていたからである。

 いずれ殺すために。


 ログインして、殺しに出かける。

 シルエラのそんな毎日に変化は無かった。

 ただ、三日か四日に一度、ログインした彼女の前に男が待っている。

 それを殺してから出かける。

 それだけだった。


 しかし、いつしか彼女はその日を待ち望む様になっていた。

 ログインして、男が視界に飛び込んでくる日を。


 ◆


 ログインして、私は溜息をつき、失望する。


 今日も居ない。

 そろそろ十日。


 もう来ないのかな。

 最後の戦い、惜しかったのに。

 もうちょっとで殺されかけた。

 勝ちに戸惑ったのか、一瞬隙が出来てフイにしていたけど。

 その後、私に勝ったらこいつはもう来なくなるのかな、なんて考えていたのに。


 ……。


 辞めちゃったのかな?


 でも、それを確かめる術は無いし………。


 ◆


「何してるの?」


 よく考えたらこいつの光学迷彩を見つけ出すレーダーを私は持っているのだ。

 そして、それを頼りに建物の陰に身を隠すそいつを見つけ出した。


「よく分かったな」


 スコープの様なモノ覗いていたクズが、私の声に顔を上げ振り返る。


「しかし、わざわざ会いに来てくれたお姫様のお相手は、後日にせざるを得ないのですよ」


 芝居掛かった寒い台詞を口にするクズ。


「別に会いに来た訳じゃ無いから。

 で、何を覗いてるの?」


 私の問いかけに、クズは覗いていたスコープを指差し答えにする。

 言葉で説明すればすぐなのに。


 仕方なくそのスコープを覗く。

 プレイヤーの集団があった。

 珍しい。


「あいつら、これからプロメテイを襲撃するらしい」


 クズが、インスタントのコーヒーを入れながら説明してくれた。


 プロメテイ。

 唯一の非戦闘区域。


「勿論、そんな事、プロメテイにも筒抜けで、あの先に幾つかの集団が身を隠して防衛に当たるらしい」


 ふーん。

 スコープを動かしながら、その襲撃すると言う集団を観察する。

 数は百よりは多そうだな。

 どうせ防衛側からも半分くらいは寝返るだろう。

 非戦闘区域は本格的に消滅かな。


「で、ま、両者がぶつかった辺りで乗り込んで漁夫の利を掻っ攫おうって訳です。お姫様」


 私の横にクズがカップを一つ置く。

 毒を盛られては癪なので口は付けないが。


「掻っ攫えるの?」


 クズを振り返りながら素直な疑問を口にする。

 こいつでも頑張れば半数くらいは殺せるかもしれないけど。


「舐めんなよ?」


 まあ良いや。

 ドヤ顔のクズから再びスコープに視線を戻す。


 赤い。


 赤い唇。

 集団のほぼ中心にそれは居た。


 記憶と寸分違わない真っ赤なルージュ。


「光学迷彩、貸して」


 流石にあの集団に手立て無しで近づいては直ぐに蜂の巣だろう。


「は? ざけんな。あいつらは俺の獲物だぞ?

 この一週間、この為に準備してたんだよ」

「いや、あいつは私の獲物」


 スコープから目を外し、クズを見る。

 偉そうに腕組みしている。


「本気かよ」

「本気だけど?」


 クズがコーヒーカップを置き、こちらを見下ろす。

 そして、しばらく考え込む。


 何を考える必要があるのだ?

 獲物が取り合いになるなら、生き残った方に権利がある。

 簡単なルールだ。

 どっちが行くか、今ここで殺し合いをして決めれば良い。

 それだけなのに。


「……ほらよ」


 クズは身につけていた黒い外套を外し、こちらに放り投げた。

 光学迷彩。

 それを素直に渡して来たのだ。


「えっと……」


 自分で言った事だが、素直に従うとは思っていなかった。

 殺す気満々だったので、反応に困ってしまう。


「そろそろ動くぞ」


 再びコーヒーカップを手に取り、クズはつまらなそうに言った。

 私は地面に落ちた光学迷彩を拾い上げ、砂を払ってから身につける。


 エリスさん、今、会いに行きます。


 クズのことなんか既に頭になかった。


 ◆


 いくら光学迷彩をまとい姿を消した所で、砂の上に足跡は残る。

 戦端が開かれるのを離れて見守る。


 飛び込むのは注意が他に向いてからだ。


 ◆


 二脚バイポッドを下ろし、スコープを覗く。

 ズームを最小にして入り乱れるプレイヤー達をなるべく多く視野に。

 そして、姿を隠し足跡だけを残すシルエラのおおよその位置を把握しながらトリガーに指を掛ける。


『領域外兵器』。

 彼が、光学迷彩と槍を手にする前の二つ名である。

 50口径の狙撃銃で、カタログスペックをはるかに上回る超長距離射撃を行う破壊者。

 一時、殺害数ランキングの常連となっていたその名は、当人が槍を手にすると共に変更され、その名は消えた。


 スコープから目を外し、戦端が開かれた戦場を見る。

 珍しく、集団同士の戦闘。

 そして、5km以上の距離がある。

 これならば、反撃は心配しなくても良いだろう。


 そう思いながら、再びスコープを覗き、トリガーを引き絞る。

 その銃弾はシルエラの後方でマシンガンを構えていた男の頭部を粉砕したが、それを確認すること無く、次弾を装填し次の標的を定める。


 彼は自身の目的の為にシルエラを行かせた。

 それが最善だと、そう判断した。


 ◆


 死体の陰に隠れ寝転がり、飛び交う銃弾から身を隠す。

 一瞬弾幕が切れたタイミングを逃さず、マシンガンだけそちらに向けて引き金を引き絞る。

 当たらなくても別に良かった。


 そうやって、今は違う名を名乗っている混沌女神、エリスはその時を待った。


 あと、五分ほどすれば大量の裏切りが発生する。

 両陣営に。

 戦場は更なる混乱に陥るだろう。

 それを見て、高笑いする。

 それまで生きていればそれで十分だ。


 町が残ろうが無くなろうが、そのことに彼女は大して興味が無かった。

 いや、そのどちらも望んで居ないと言うべきか。


 今までより、ひときわ大きな怒号が上がった。

 予定より少し早いが誰かが寝返ったか?

 それを確認するため、少し上半身を起こす。


 飛び交う銃弾の中、ゆっくり動く何かを彼女の視界が捉える。


 歪む景色はやがて人型を形作る。


 光学迷彩。

 それはわかっていた。

 そして、それが誰を意味するのかも。


 手の獲物を変え、殺されることを楽しみ始めたあの狂人はやはりここに来たか。

 面倒だな。


 エリスは領域外兵器と呼ばれていた頃から彼を知っていた。

 そして、あっさりとその脅威である超長距離射撃を捨て、槍を手にしたと聞いた時軽く失望した。

 そんな、原始的な武器で何が出来るのか、と。

 しかし、彼女の失望は、只の杞憂であった。

 彼の武器は狙撃銃でも槍でも光学迷彩でもなく、その狂気であったからだ。

 槍を手にしたその男は、更に狂気に磨きを掛けていた。

 自らの手足に爆薬を仕込み、敵の至近距離で相手の命とともに四肢を散らして行く。

 殺すことに加え、殺されることにも楽しみを見出した、そんな男になっていた。

 もっとも、ここしばらくは大人しくしていたらしいが。


 事実、今ここから離れた廃墟の隅でスコープを覗くその男は、今日ここに集う全員を殺せるだけの爆薬を体に詰め込んでいたし、周囲にはそれ以上の爆薬が隠されている。

 それは、彼の命の終了とともに一帯に大穴を開ける予定であった。

 非戦闘地域、それを守るために。

 シルエラが彼の元に現れなければ、その罠は確実に作動していたであろう。


 ◆


 光学迷彩を切り、エリスさんに近づく。

 銃弾が飛び交う中であったけれど、何故か当たる気はしなかった。


 完全に私の姿が現れた時、エリスさんは小さく眉をひそめた。


 ……そうか。

 私なんか覚えていないか。


 予想はしていたけれど、その事実に私は軽く失望した。


 周りのプレイヤー達が、銃弾を浴び次々と弾け飛んでいく中、私はセラミック刀を手にエリスさんに近づく。


 彼女が、ライフルを向ける。

 その銃口の向き先から外れ、滑るように地を蹴る。

 そして、一閃。


 呆気なく、実に呆気なくエリスさんの首を落としていた。


 ただ、一匹殺しただけ。

 それが一年追い求めた相手であっても、それだけだった。


 周りにはまだ人が居る。


 全部、切り落とそう。

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