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モノクロの世界、赤い血

『Welcome to Heaven』


 エリスさんと一ヶ月過ごした廃墟は当然ながらもぬけのからで、ただ、崩れかけの壁に真っ赤なルージュで悪趣味な伝言が書かれていた。

 そして、彼女が使っていたバイク。

 リアガード、レッグガード、ライトガード、そう言った装備が施されたオフロードバイク。

 こんなガード、ミサイルが飛んで来たら何の役にも立ちはしないと持ち主自身が言っていた。

 楽しそうに微笑みながら。


 ……あの笑いは、微笑みは、一体何の笑いだったんだろう。

 この一ヶ月、横にいた笑顔。

 それは、愚かな獲物をあざ笑う、ともすれば、こみ上げて来てしまう笑いを誤魔化す為?


 私は、餞別のつもりなのか、それとも、ただ、乾いた大地に轍が残る事を嫌った、それだけの為に置いて行かれたのか判然としないバイクを壁に立てかける様に移動させる。


 そして、その場から立ち去る。

 50メートル程離れ、振り返り、彼女がくれた小型拳銃でバイクのエンジンを撃ち抜く。

 直後、盛大な爆発がバイクの破片を撒き散らしながら伝言を跡形も無く消し去った。

 手の銃を放り捨て、私は再び歩き出す。


 どうせ、他にやる事なんか無い。

 でも、時間だけはあるのだから。


 ◆


 エリスさんと過ごした時間と同じだけ、一人で過ごした。

 何度も何度も殺され、そして、何人も殺した。

 でも、どっちの出来事も私の感情を揺り動かす事は無くなった。

 殺される事は、一時的に現実に戻されるだけだし、殺す事は何の躊躇いも無い。

 そもそも、人だなんて思わなくなっていた。

 殺す為の存在オブジェクト

 それは、必ず赤い血を流しながら死んで行く。

 そう、あのルージュの様に。


 ◆


 彼女自身は気付いていなかったが、彼女の従兄弟がデバイスに施した細工は彼女をこの世界の住人へと最適化させていた。


 敵を排除し、身を守るために必要最小限の情報のみをフィードバックし、彼女自身の判断速度、そして、分身であるアバターの動作速度を向上させる。


 その結果、戦闘に移行すると彼女の視覚から色が消え、次いで、雑音が消える。

 無彩色の静寂な世界で彼女は冷静に敵を処理する。

 敵の状態を流れる血の赤い色で彼女は判断する。

 モノクロの世界に鮮やかな赤が挿入される瞬間が彼女の喜びとなって行った。

 その色は、彼女を陥れた女の唇を思い出させる。憎しみとも憧れとも判断の付かない感情と共に。


 こうして、彼女は狂気の世界の上位へ上っていくこととなる。

 もっとも、人が去り、終了を迎えようとしているゲーム世界の中の話ではあるのだが。


 ◆


「ここ……?」


 香島の兄さんに『女の子にやらせるゲームじゃない』なんて見栄を切った手前、その後、それなりに続けていると言い出しづらく、結局、『お土産』と言われた兄さんの置き土産は簡単なメモを頼りに自力で探す羽目になってしまった。


 もう、高さ二メートル強の壁がL字型にしか残っていない住居後。

 いや、残っている、それ自体が、既に奇跡に近い。

 建物らしい建物なんて、非戦闘区域として定められている広大な荒野に対して猫の額ほどの広さの場所にしか残っていない。

 それに,非戦闘区域と言った所で、所詮は、プレイヤー達の定めた紳士協定に過ぎない。

 そして、このゲーム、紳士なんか存在しないのだ。


 結局その非戦闘区域も、日常的に爆風に晒され、銃弾が飛び交う。

 それでもそんな中で商売をする商魂たくましいプレイヤー達の唯一の交流の場になっている。


 私にも、何人か言葉を交わすような相手が出来た。


 そして、エリスさんが『混沌女神カオス・ゴッデス』なる有名人らしい、と言う事を掴み他に目的らしい目的も無いので彼女の影を追っている。

 もし再会することがあったら、その時に考えよう。

 このゲームらしく殺し合いをするも良し。

 彼女に倣って懐に飛び込んでみて、後ろから斬りつけるも良し。

 それとも、もう一度殺されてみて、そしたら、こんな馬鹿げたゲーム、止めたくなるかしら。

 いつの間にか、三ヶ月、エリスさんを失ってから二ヶ月が過ぎていた。

 そして、世の中では、もうすぐ聖夜何てイベントが行われるらしい。

 その所為かな。

 プレイヤーが少し減ったような……。


「これ……か」


 メモの通りに壁の下のあるブロックを外す。

 中から出てきたのは、前時代的な片手に収まる携帯デバイス。

 前面に液晶画面とボタンが一つ付いている。


 という事は……。


 取り敢えず、ボタンを押して見る。

 そのまま爆発なんて、似たような出来事も何度か遭遇してるけど、結局それを警戒しても仕方が無いのでそういう時は運が悪かったと思うようになった。


 画面が明るくなり、0から9までの数字と、32個の白い円が並ぶ。

 試しに3の数字に触れると一番端の白い円が赤に変わる。

 これにパスワードを入れるってことね。

 パスワードはちゃんと教えてもらっている。

 30桁の数字。

 入力が32桁なのに答えは30桁。

 実にあの人らしい引っ掛けだ。


 間違わないように30個の数字を入力。エンターっと。


 同時に、私の足元がポッカリと穴を開け、そのまま落下した。

 突然の落とし穴に着地なんて出来るはずも無く、当然の様に尻もちを着く。

 油断していた。

 これくらいやってもおかしくない人だった……。


「いてててて……」


 驚きと衝撃と動揺を誤魔化すように言ってから、さっきまでいた場所を見上げる。

 高さ二メートル程の天井に、丁度人一人が通り抜けられる程度の穴が空いていた。

 サラサラと少し砂が落ちてくるその穴の先に星空が見えた。

 中に地球と月があるらしいって聞いたけど、どれかは全くわからない。


 しかし、そんな暗闇の中、更に暗い地下空間を暗視装置を使って探る。


 机の上に紙のノートと旧時代の入出力デバイス。たしか、ラップトップパソコン。

 そして、壁一面に棚が作り付けられていて、そこにアイテム類が整然と並べられていた。


 取り敢えず、私はノートを手に取る。


『ようこそ。地獄へ』


 表紙にそんな事が書かれている。


 椅子が見当たらないので、机に腰掛け、香島の兄さんが残したであろうそのノートをめくりだした。


 ◆


 香島がここに残したものは、ゲーム内で得ていた金銭のほぼ全てと、知識、それを用いたアイテム。

 中には、幾つかの強力な爆破物、弾薬の製造方法もあったのだが、それを活かすための資源は既にゲーム内では枯渇しかけていた。


 それよりも、シルエラの目を引いたものは香島が作り、結局使わなかった五十本のセラミックブレードである。


 刀身およそ90センチ程の、明らかに日本刀を意識したであろう反り返ったフォルムは、茶褐色の物で溢れる世界に似つかわしくない程に白く美しい。

 その美しさ以上に彼女の心をときめかせたのがその切れ味である。

 刃が、皮と肉と骨とを断ち切る。

 一瞬遅れて、そこから赤い血が吹き出る。


 彼女に最適化されたモノクロの世界と、高められた視覚処理速度の影響ではあるが相手の命を奪った後、一拍置いて鮮やかな赤に染まるその瞬間。

 それに彼女は魅せられた。

 彼女は次から次へとその白い刀餌食となるものを求めた。

 当然、銃火器の間合いには逆らえず返り討ちに合う事もあり、そしてその白い刀を強奪される事も幾度かあったのだが。

 しかし、白い刀は同じく香島が残したラップトップパソコンから遠隔で爆破、消去出来るように仕込まれていた。

 その刀を奪い去った存在もろとも消え去るように。


 やがて、彼女に『白刃』という二つ名が付き殺害数キリングランキングの常連となって行った。


 ◆


 五人殺した。

 たったの五人。

 今日は人が少なかったな。

 今日もか。


 そんな事を考えながら彼女は香島の残したアジトに戻る。

 その近くに、二十近い死体の山と血溜まりが出来ていた。

 誰がやったのかわからないが視界の端に転がる人の山は、既に事切れているのが明白でそれに興味を持つ事は無かった。

 そして、崩れた壁の影でログアウトして行く。


 香島が残したラップトップの中のプログラムは光学迷彩を利用しその一角をカモフラージュしていたし、追っ手が無い事は分かっていたので何ら警戒すること無くゲームから姿を消した。

 彼女には、現実で優先すべき事柄があった事も注意を削がせていた一因であろう。


 もし、彼女にレポートの提出締切と言う逃れようの無い事柄が迫っていなければ。

 または、香島が光学迷彩はそれを使用している者同士には効果が無いと言う、既にこの世界に存在しない製作者の残した仕様を理解していたならばこの後の事件は起こり得なかったであろう。

 しかし、味方同士の識別の為、と言う極めて常識的な判断の下に備え付けられたその仕様は、味方を識別する必要が無く、周囲に敵しか存在しない世界の住人達にとって想像し得ない物であり、そもそも、隠れて誰かを襲うと言うことに興味を持ち得なかった香島がそれに気付かなかった事は当然とも言える。


 結果、彼女は死体の山の中に生きた目が存在する事に気付かず無防備にログアウトする姿を晒してしまったのである。


 ◆


 面倒なレポートはまとめて片付けた。

 これで無事に進級。

 いや、無事って言うのはおかしいかな?

 ま、いっか。

 今更だ。


 しかし、こいつの所為で三日も殺しから遠ざかってしまった。

 今週のランキングは大幅に下がっちゃうな。

 ま、いっか。

 どうせトップには届かないのは分かってるから。


 今日は、何人に出会えるかな。

 ログイン。


「?」


 世界が切り替わると同時に、背中から衝撃が走る。

 目線を下に落とすと、脇腹から突起物が飛び出て居る。

 先端が赤く染まって居るのは……私の血か……?


 振り返ろうと体を捻り、そのまま体が崩れ落ちる。


 この感覚……あの時……エリスさんに盛られた時と同じ……毒。


 私が動けなくなった事を確認したからか、その相手は突然姿を現した。


 ……光学迷彩を使う槍使い……。

 実際に会うのは初めてだけど、狭い世界。

 噂だけは何度も耳にした。


 どんな手段を使っても狙った相手を追い詰めるこすい男。


 そんな男がどうしてここに?

 偶然……?

 そんな訳無い。

 待ち構えていたんだ。

 私を。


 その証拠に左手で小さくガッツポーズしてる。


 ……一匹狩ったくらいでそんなに嬉しい物だろうか。

 あれ?

 こいつ、私よりランク下だったかな?


 喜びに浸る間に殺せば良いのに。

 冷めた視線をその男に送る。

 私を見下す男と目が合う。


 その男は動きを止め私を見る。

 何?

 声が出せないから問い詰める事も出来ない。


 そして、男は私の両手を乱暴に引き上げ、地面に槍で串刺しにした。


 あー。

 拷問でもするのか。

 それか、内臓でも取り出す趣味かな。


 うーん。

 困ったな。

 逃げるには強制ログアウトしか無い。

 でも、それをすると、この体、爆発しちゃうんだよね。盛大に。


 他の場所なら良いんだけど、今、私の下には香島兄さんの地下室がある。


 そんな事をしたら全てを失ってしまうな。

 セラミックソードは、ちょっと勿体無い。


 相変わらず、私を見下ろす男。

 少し、戸惑った様子を見せた後、小さなナイフを取り出す。

 しかし、それを私に向けること無く自分のズボンのベルトを外し出す。


 ……。

 …………。

 ………………そっちかー!!


 あーはい、はい。

 子作り的なアレね。

 うん。

 ここでもたまに見かける。

 もれなく二人まとめて刀の餌食にしてるけど!


 しまった!


 せめてそれなりの格好、とか言ってミニスカートなんか履かなきゃ良かった。

 欲情しちゃったか!


 どうしようかな。


 て言うかどうするつもりなのかな。


 この体、性器付いて無いのに。


 そんな物再現して無いのだ。

 皺の一本くらいはあるかもしれないけど、穴は開いてないし。

 どうなってるのか見たことも無いし。


 突然の性のピンチに回らない頭を回している内に男はズボンとパンツを一気に下げる。

 そして手にしたナイフをお腹の方から入れて私のスカートとパンツを纏めて切り裂く。


 あーー!!!


 止めろ! バカ!!

 可愛い服って貴重なんだぞ!!

 死ね! クズ!!

 罵って蹴っ飛ばしてやりたいが体は動かない。


 そして、多分私と違ってちゃんと再現してるんだと思うそれを私の股に当てる。


 ヤバい。

 服とかどうでも良かった。

 逃げなきゃ!


 直後、おへその下ぐらいに生温い感触。

 何か、液体の様な物がかかった……?


 ……?


 私の血じゃ無いし。

 槍で刺された脇腹は鈍い痛みを断続的に伝えながら細く血を流し続けている。

 それは、でも、重力に引かれただ地面に流れ続けている。


 てことは?


 こいつ……?


 いや、違うよね?

 え? 何もしてないよね?

 まだ。


 ほんの五秒足らずの出来事。

 それを理解出来ないままの私の喉を、男がナイフで切り裂いた。


 ◆


 直後、死体となった彼女の体は、体内に仕込んだ爆弾により霧散する。

 強制ログアウトよりは威力を控え目に設定したその罠によって起きた爆発は、香島の残した地下室を崩すこと無く爆風を巻き上げ、自らの行為に小さな罪悪感を覚えた男の息の根を止める。

 吹き飛ばされる体と共に男の中から罪の意識も吹き飛ぶのであるが。


 ◆


 よくわからないまま現実に戻された。

 とりあえず、地下室は守られた。

 出入り口は蓋をしてあるから気付かないだろう。


 ……何だったんだ。

 一体。


 ……えっと、私は犯されたの?

 微かに何かが当たった感じはしたけども……。


 いやいやいや。

 あんな中途半端に?


 いやいやいや。

 中途半端が嫌とかじゃ無いんだ。

 そもそも、中途にも至って無いぞ?


 誰か!

 誰か私に説明して!

 一体何がおきたのか!!


 ……え、ちょっと待って?

 まさかあいつは、私を犯したと、そう思って居る訳か?

 勝手に、一方的に、そう言う優越的に浸って居るのか?


 何だ?

 この屈辱的な気分は。


 一瞬、こすれただけだぞ?


 あのクズ!

 絶対殺してやる!!

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