~希望の灯~
時間の感覚が無くなるほど駆け下りた僕はついに1階へとたどり着く。
「はぁ・・・はぁ・・・ゲボッ」
いつもより重い防火扉を開け放ち、無人の裏口側のロビーへとたどり着いた。
やった・・・出口だ・・・。
ここで休むわけにもいかず、息を入れ直して再び歩き出すとどこからかカツンと革靴の音が鳴り響いた。
「お部屋にお戻りください。抵抗されると実力行使に移らなくてはいけなくなります」
いつもゆりさんの隣にいたSPの人が僕と出口の間に立ちはだかった。
いつも食事やお願いした物を運んできてくれていた人なのでわかる。
戦っても勝てない人だと。
ただ、唯一僕が彼に勝機を見出すとしたら1つ。
彼はまだ僕を女性だと思っているという点。
このホテルに来てから一応瑞樹でないという体裁を取るために女装を続けていたためか、なぜかゆりさん以外の人は僕を男だと思っていない。
一昨日、僕が換えの下着が無いと言ったら女性用の下着を用意してきたことで確信した。
ゆりさんは僕が女性だと伝えてないのだと。
「尾上様、どうかお戻りいただけないでしょうか。手荒な事は避けたいのですが」
「すいません、押し通ります」
一瞬の隙さえできればいい。そう思い僕はじりじりと石橋さんとの距離を詰める。
彼もまた止むなしといった様子で構えた。
護身術を教えてくれたジョンソン先生の言葉を思い出せ。
『相手が格上なら一撃で』だ。
暗闇という利点を生かし、僕は低い体勢で飛び込む。
ただ階段を降りてきた疲労もあり、それほど速さがでない。
足が縺れそうになるのをなんとかこらえながら僕の手が届く範囲まで近づいた。
右手をパーにして顔を覆うように前につき出す。
当然丸見えの攻撃だから片腕で軽く止められる。
でもこれでいい・・・右手は囮、本命は左手。
「ごめんなさい」
左手でがっつりと陰部を掴み、思いっきり握った。
「ぐぅぅ」
石橋さんは苦悶の表情を浮かべながらその場に蹲った。
まさかいきなり女性に思いっきり握られるとは思っていなかっただろう。
今のうちに逃げなきゃ、僕は足を縺れさせながらドアを押し開けて外へ飛び出る。
そうか、こっちは裏路地側か。
人の気配が全くしないし、ホテルの中が騒がしくなってきた。
早いとこ表通りに出よう。
タクシーでも捕まえれば帰れる・・・。
歩くのもままならないくらい疲弊してしまい、思うように足が動かない。
いっそここで倒れてしまいたい、そう思った瞬間、懐かしい声がした。
「灯華!」
それはおよそこのような小汚い裏路地には似つかわしくない人。
才能があり、それをひけらかすような事もせず、とても優しく、友人思いで・・・。
良いところを上げればキリがないなぁ・・・と思いながら僕は愛しき我が主の名前を呼ぶ。
「・・・柚希様」
「無事か!?とりあえず急いで移動するぞ」
そのまま僕は柚希様に担がれるような形で表通りまで出ると、近くに停めてあった黒いワゴン車に倒れこむような形で乗り込んだ。
「にしてもひどい格好だな・・・顔も汚れてるし・・・でも無事なようでよかった」
柚希様に膝枕をしてもらいながら僕は彼女の手をそっと握った。
「柚希・・・様」
「話は後で聞く。今はゆっくり休め」
「はい・・・」
安心もあってか僕はそのまま夢の中へ吸い込まれていった。




