~あの人のもとへ~
それから2日が過ぎた。
今日は柚希様からのメッセージが合っていれば救出作戦を実行する日。
詳しい詳細がわからないので臨機応変に対応するしかないのだが・・・
「どうかした?」
「いえ、なんでもないです」
今日に限ってなぜか昼間からずっとゆりさんが部屋に訪れていた。
時刻は既に17時となり、作戦決行まであと4時間と迫っているのでさすがに焦り始める。。
「なかなか強いわね。チェスでも負けるなんて」
ゆりさんは時間つぶしとでも言わんとばかりに大量のボードゲームを持ち込んできており次々と僕に勝負を挑んできた。
理由はもちろんわからない。
オセロ、ババ抜き、五目並べと比較的ルールが簡単なものなら勝てたのだが、チェス、将棋、囲碁と自頭の良さが出るものになるとさすがに厳しくなってきた。
ゆりさんもそれをわかってか最後は将棋でしか挑んでこなくなった。
「・・・意外ね。将棋なら経験ないと思ったんだけど」
「基本的なルールくらいしか知らないです」
と、雁木に構えて攻め込む。
「またそれ・・・」
またと言われても僕はこれしか戦法を知らないんだからしょうがない。
そして4度目の対局でついに僕が負けた。
「やっぱりそれ、左側の守りが弱いのね。参考になったわ。たぶんもう負けない」
弱点を早々に見極められた後はもうどうしようもなかった。
次々と連敗を重ね、黒星が2ケタになろうとした時、ゆりさんがふと呟いた。
「もうこんな時間ね。あの子たちが来るまであとどれくらいかしらね」
と。
持ち上げた玉を思わず落としてしまう。
やっぱりバレていたんだ。
平静を装いながらも玉を逃がす。
「もう助けには期待してないですし諦めました。ゆりさん側に付いてもデメリットありませんし」
「ふーん」
飛車が金を取り、成る。
もう逃げ場がない。次の次で詰む。
チラっと時計を確認すると時間は20時55分。
あと5分しかなかった。
抜け出すんで部屋から出て行ってください、とは言えるわけもなく、どうしたらいいかわからず迷っているとゆりさんの携帯が鳴った。
「なに?・・・あっそう・・・いいわ、任せる」
ゆりさんにメッセージがバレていた事を考えると屋上も制圧されている可能性が高い。
きっと見張りも複数名配置してあると考えてもいいだろう。
ならばここはヘリからの脱出にこだわらず、普通に1階のロビーから脱出しよう。
僕はあの単語についてもう一度思考する。
『暗闇』・・・。
これがもし照明・・・いや、このホテルの電気を落とすという意味だったら・・・。
電子ロックで施錠されているこの部屋からも出られるし、屋上の扉も開く。
たぶん20時きっかりにこのホテルの電気を方法はわからないが断つのだ。
そう信じて行動を考えよう。
まず視界の確保。
明るい部屋にいて突然真っ暗になると瞳孔が閉じてしまっているため暗くて何も見えなくなってしまう。
だから1分前からは目を閉じて瞳孔の調整が必要だ。
そして消灯と同時に用意してあった例のアレでこの部屋から出る。
指揮系統が乱れるのは一瞬。だがその一瞬をついて脱出をすれば不可能ではない。
そう信じて僕はゆっくり目を閉じた。
「さすがにこの盤面からはひっくり返せないんじゃない」
電話を切ったゆりさんが僕から取った金を手元に置く。
消灯まであと60秒。
「まだわかりません。最後の最後まで勝負はわかりませんから」
「そういう寒いの嫌いなんだよね。さっさと投了して次やるよ」
あと40秒。
この部屋の詳細を頭に思い描き、見えにくくても行動できる準備を整える。
「でも角2つに金と銀ありますから、王手をかけ続ければもしかしたらがあるかもしれません」
「なるほど、喉元まで刃が迫っていても攻める勇気も必要・・・と」
盤面を見るフリをしてうつむいているがさすがに不審と感じるだろうか。
あのメッセージを察したゆりさんなら可能性はありそうだ。
だけどあのゆりさんでも想像を超えるはずだ・・・この45階からの脱出劇は。
あと30秒。
「1つだけゆりさんに言っておきたいことがあります」
「ん?なに」
「僕はあまり家族というものがわからないのですが・・・美羽さんやゆりさん、ほかに会ったことのない長光家の人たち全員が仲良くできたらいいなと思ってます」
「全員が・・・?それは無理だよ。金の亡者しかいない」
あと15秒。
「やっぱ金は人を狂わせるよ。だから狂っていない瑞樹が少し羨ましい。きっと全員が瑞樹みたいに善人ならこういう風にはなってなかったよ」
「そうですか・・・。でもゆりさんが総裁になっても美羽さんがなってもきっと家族みんなが仲良くなれるようにしてくれると信じてます」
あと5秒。
「それは・・・」
と、ゆりさんが言い籠もった瞬間、部屋の照明が消えたと同時にバチンという大きな音がホテル中に響き渡った。
僕は素早く立ち上がりながら目を開く。
大丈夫、見えてる。
真っ暗闇のなかで目を白黒させているゆりさんが見えたが、心の中で謝りながら脱出をするため窓際へと駆け寄る。
「来たぞ!逃がすなよ!」
ゆりさんが部屋の外に向かって叫ぶが無視して昨日の夜中にこっそりセットしておいたそれを確認する。
それはシーツを3枚縛って繋げただけの簡易ロープ。
もちろんこれで地上まで降りられるとは思ってない。
段々と騒がしくなってきたと思ったら部屋のドアが蹴破られる。
廊下に居た見張りが入ってきたのだ。
躊躇ってる余裕はないと判断し、ひと思いにロープにしがみつきながら僕は45階のベランダから飛び降りた。
「いいいいいいい」
心臓が止まりそうだがなんとか1つ下の部屋のベランダに降りることができた。
ここからは時間との勝負。
45階のベランダから飛び降りるという予想はしてなかっただろうがすぐにバレて追いかけてくるだろう。
僕はすいませんと謝りながら窓ガラスを割って鍵を開けて部屋に入る。
やはりここも無人。部屋を一気に駆け抜けてドアを開ける。
電子ロックである以上停電が起きている今は全部の部屋のドアが開錠された状態だ。
廊下に飛び出て周りを見渡すが人の姿は見えない。
ホールへ続くエレベーター側ではなく、反対側の非常用階段を使って一気に駆け下りる。
一番の懸念はここだ。
本来は屋上に逃げる手筈だったから心配してなかったが地上に下りるとなると話が変わってくる。
45階から階段で駆け下りるのだ。
体力が持つかわからなかった。
見張りもおそらく階段で降りてくるだろうから油断はできない。
頑張れ僕、ここさえ乗り切ればまた柚希様に会えるんだ!
 




