~模索~
予想通りその日の夜、この部屋に来訪者が現れた。
「やっほー。居心地はどう?」
SPを2名連れてきたゆりさんはベッドに座っていた僕の対面の椅子に座る。
「とても良いです。あとは部屋から自由に出入りできたら言うことはないのですが」
「残念ながら君をこの部屋から出すことはできない。必要な物があったら言って。毎日この時間に来るから言ってくれれば翌日には用意させるからさ」
「じゃあ携帯電話を」
「却下」
まぁそもそも要望が通ると思ってない。
「絵を描きたいので絵の具と筆をお願いしてもいいですか」
「ん、わかった。明日の昼までには持ってこさせる。一応言っておくけどここに3週間居てもらうから。あと成川さんはちゃんと家まで送り届けたから安心して」
よかった・・・。柚希様は無事か。
懸念が1つ減った。あとは僕がここから逃げるだけ。
ゆりさんは3週間後と言った。その日はおそらく次の長光家の集まりの日だろう。
ゆりさんの目的は言うまでもなく僕を総裁殿のところへと連れて行くこと。
それまで逃げられると困るからここに監禁するつもりなのだろう。
期限まであと3週間か、とりあえずどうやって逃げ出すかは早めに考えなきゃだ。
「まぁそう怒った顔しないでよ。悪いようにはしないからさ。私が次期総裁になったら君の長光家での待遇も良くするし学校でも融通が効くようにするからさ」
それだけ言うとゆりさんは部屋から出て行った。
彼女のその言葉に嘘が無いのであれば一見悪くない条件に思える。
彼女の思惑はおそらくこうだ。
まず僕と総裁殿を会わせて自分の次期総裁の座を確実なものにする。約束した学校生活の2年を過ごさせた後、長光家に復帰させ、僕を次男一家に取り入れるつもりだろう。
そうすれば4対4で同票、しかも三男家の長男、つまり美羽さんの兄の悠斗さんは長光家の覇権争いに興味がないとのことなので実質4対3となり次男一家が長光家を取り仕切る構図が完成する。
つまり学校卒業後、僕は次男一家の言いなりとなる道を歩むことになる。
女装して学校に通っていたという弱みも握られてしまっている上、狭い芸術の界隈で威光のあるゆりさんを敵に回すとなれば柚希様の芸術家としての将来も危うい。
だからゆりさん側には回れない・・・でも敵にすると今後がない。
どうすればいいのかわからなかった。
こんな時に柚希様がいれば、と思わずには居られない。
翌朝から色々探ってはみたが、探れば探るほど脱出が不可能に思えてくる。
部屋に貼ってあった非常用の避難経路図でこのフロアの間取りはわかったが、一番端の部屋なので階段とエレベーターまでが遠い。
ホテルの通路だから1本道だし、おそらく見張りのSPが数名いると考えられる。
この廊下を突破しなければそもそも降りられない。
色々考えていると部屋がノックされた。
「はい」
返事をするとスキンヘッドのスーツを着た男性が食事を持ってきてくれたようだ。
「食事を持って来た。ここに置いておく。食器類は1時間後に回収に来る」
と手短に去っていった。
まず外の様子が知りたいので一芝居打つことにした。
「ちょっと待って!」
僕はエビの入ったサラダの入ったお皿を持ってまさに部屋から出ようとしていた男性に声を掛ける。
「エビアレルギーなんです。交換してもらいたいんだけどいいですか」
「・・・失礼。すぐに用意する。次回からは考慮する。ほかに食べられない物は?」
なんとか無警戒のまま部屋の入口から顔を出せた。
周りの様子を伺うと長い廊下に2名の男性が立っていた。
見張りは2~3か。
「他は大丈夫です。すいません」
警戒されるのは得策ではないのでお皿を渡してすっと部屋へと引き下がる。
2名常に廊下に居て、所用の時にもう1名が来るという考えで間違いないだろう。
部屋を開けられるのは外からということを考慮に入れると3人どうにかできれば脱出できる・・・無理だ。
1人くらいなら不意打ちでなんとかできるかもしれないけど3人となるとどうしようもない。
とりあえず廊下の様子を伺えただけでも良しとしよう。
自力で脱出が難しい以上誰かの助け、主に柚希様の助けを待つしかない。
おそらく柚希様も僕を探してくれているとは思うが都内で監禁できる場所となると星の数ほどもある。3週間という期限で見つけてもらえるというのは難しいだろう。
となると僕から場所をアピールする必要がある。
用意してもらった絵を描く道具でなんとかできればと思う。
しかしこの部屋にはカメラが設置されているので手紙を書いて窓から投げるなんてことをしたらすぐにバレるだろう。
描くことができるのは普通の絵だけ。
とりあえず確保した筆記具だが活かすには方法を考えないとだな。




