~ before the fall ~
給仕の人がグラスを3つ置いていった。
そのグラスを呷りながらゆりさんはついに本題を話し始めた。
「まぁそう構えないでよ。とりあえずこれを見て欲しいんだ」
そう言って彼女はカバンから1枚の写真を取り出し僕たちに見えるように置いた。
「その写真ね、ずっと前に撮ったやつなんだけどさ、長光一家全員写ってるんだ。真ん中のが総裁ね、で、左右に長男、前の列は子供たち。左から私、悠斗、美羽・・・そして瑞樹」
それは10年以上も前の写真だ。総裁殿の気まぐれで撮った1枚。その写真には僕の母以外全員が写っている。
「で、この瑞樹は庶子って理由でずっと邪険に扱われてたんだよね。だから誰もが居ないものとして扱ってきてたの。そのために海外に送ったしね。でもなんでか知らないけど急に総裁が瑞樹に会いたいって言い出してさ」
心臓の鼓動がどんどん早くなる。
ゆりさんがこの話題を僕たちに話す理由なんて1つしかないからだ。
「んで、瑞樹を連れてきた人に次期総裁をなんてバカみたいなことも言ってるんだ」
「・・・本題とやらが全く見えてこないんだが」
柚希様の切り返しに対してゆりさんは目を細める。
「私、次期総裁の席を狙ってるんだよね。だから瑞樹を探してるんだ。尾上さん、知らない?」
この人はもう確信しているんだろう。僕が長光瑞樹であるということに。
選択肢としては2つ。しらばっくれてあくまでも僕は尾上灯華だと言い張ること。
もう1つは潔く認めてゆりさんのこれからしてくるであろう要求を飲むこと。
「私さー成川さんのとこの学校に出資してるんだよね。結構な額。だから多少は口利きができるんだ。あんまりそういうの好きじゃないからやってないけど。ただ欲しい物は何をしてでも手に入れるタイプなの。もし、尾上さんが瑞樹を連れてきてくれるなら学校で問題が起こっても揉み消してあげられるし、悪くない相談だと思うんだよなぁ」
つまりゆりさんはこう言いたいのだ。
私と一緒に総裁のところに来れば3年間の学校での安全を約束する・・・と。
でもこれは美羽さんとの約束を違えることになる。それをゆりさんも理解してるのだろう。
僕に選択肢を突きつけた。
「美羽にするか、私にするか・・・どっちかだよ」
その質問に対しての僕の答えは・・・。
「すいません。長光瑞樹さんの居場所ですが、私にはわかりません」
はっきりと断った。
「そっか・・・じゃあしょうがない。力ずくでいこう」
ばたりと隣に座っていた柚希様がテーブルに伏した。
「柚希様!?」
慌てて駆け寄ろうとするが突然の目眩に襲われる。
「言ったよね?欲しいものは何をしてでも・・・って」
ゆりさんが何かを言っているが既に僕の耳には入ってこなかった。
ゆっくりと、それでいて急速に世界が暗転していく・・・。




