~危険な人物~
それは突然の電話だった。
課題が発表された週の土曜日ということで柚希様は意気込んでアトリエで作業をしているので居間の食堂を清掃していた。
電話はいつもなら藤田さんが出ることになっているのだが昨日から5日間不在ということで僕が出ることになった。
「はい、成川家の--」
と、名前を言う前にその女性は僕の声を遮った。
「あーもしもし?私、長光ゆりっていいます。柚希さんに取り次いでもらっていいですか」
「・・・少々お待ちください」
深呼吸を一度してから保留を押した。
まさかゆりさんが電話してくると思わなかった。
名乗らなくてよかったと安堵しながらもアトリエに向かう。
「作業中すいません、柚希様にお電話です」
ノックをしてからドアを開ける。
「電話?誰だ」
「・・・長光ゆり様です」
その名前を告げると柚希様の手が止まり、怪訝な顔で僕と目を合わせる。
「無視するわけにもいかないか・・・」
僕から子機を受け取ると保留を解除した。
「もしもし、成川柚希です。はい・・・先日はありがとうございました・・・えぇ」
引き継ぎは終わったので清掃に戻ろうかと思ったが柚希様が僕の手を掴んだ。
「それはまた突然ですね・・・いえ、大丈夫ですがその日はお付の都合が悪いので可能なら他の日にずらして・・・え?尾上ですか」
どうやら会話の中で僕の名前が出たようだ。
「わかりました。では」
柚希様は電話を切って子機を僕に渡しながらイスに倒れかかった。
「・・・ヤバいかもしれない」
「どうされましたか?」
本来なら電話の内容に使用人が口を出すのはよくないことだが僕の名前が出ていたこともあって聞いてしまった。
「食事の誘いだったんだ。明日の予定と言われたから藤田が居ないし別の日にして欲しいと言おうと思ったんだが・・・」
次の柚希様の言葉を想像して僕の血の気が一気に引く。
「お付に君を指定してきた。君を連れて来いとのことだ」
翌日、僕と柚希様は指定されたフレンチのレストランへと来ていた。
時刻はやや遅めの20時。この時間でないとゆりさんの都合が合わなかったそうだ。
ならわざわざなぜ今日なのか、それだけがわからなかった。
ホテルの13階にあるレストランということで雰囲気はとても良い場所だが、相手がゆりさんということで正直楽しめそうにはない。
「覚悟はいいか?」
「はい」
2度3度と深呼吸をしてから僕たちは受付へと向かった。
「はい、長光様ですね。お伺いしております」
案内された席には既にゆりさんが座っており、空席が2つあった。
そう、2つ。
本来お付が居る場合でも同席することはほとんどない。
この前のシルヴィ様のときは通訳として同席していたから隣に座ったが、今回はお付としての同行なので、別の席、もしくは席を外すのが普通だ。
同席、しかも同じ卓というのは・・・。
「おーやっと来たか。突然ですまないね。来てくれてありがとう」
「こちらこそお招きいただき感謝してる」
もしかしたら3人目の人が来るのかもしれないので僕は座らずに少し離れたところに立つことにした・・・が、すぐにゆりさんが僕に声をかけてくる。
「あ、尾上さんもここ座ってよ。成川さんもいいよね?」
「えぇ、構いませんが」
「それでは失礼します」
一礼してから僕はそっと席に着く。
「じゃあとりあえず食べよう。お腹すいちゃってさ」
と、僕たちの返事をする前にゆりさんは食べ始める。
僕と柚希様は一瞬顔を合わせて困惑するがとりあえず食べることにした。
「はー美味しかった。どうだった?」
「とても美味しかったです」
食事の間は当たり障りのない話題しか振ってこなかったが、どうもこのまま解散とはならなそうだ。
「ワインは・・・って未成年か。じゃあ適当に持ってこさせようか」
ゆりさんは給仕に2言3言話すと席に座りなおす。
「じゃあそろそろ本題に入ろっか」
ゆりさんの目つきが変わる。
あの日感じたような・・・まるで心臓を鷲掴みされているような錯覚に陥る。
覚悟しなきゃ。この人は絶対に危険だ。




