~過去との決別~
その日の授業は珍しく柚希様が注意された。
「成川ー聞いてるかー」
という先生の問いかけに対しても無反応のままあ虚空を見つめている。
「柚希様」
小さい声で呼びかけながら僕はそっと彼女の肩を叩く。
「ん?・・・あ・・・すいません。体調が悪いので医務室に行ってきます」
ようやく我に返ったと思ったらすたすたと教室から出て行ってしまった。
「付き添いに行ってきます」
僕も席を立って廊下へ出て行った柚希様を追いかけるが既にその姿は見えなかった。
エレベーターで降りて医務室に行ってみるが柚希様は居なかった。
どこに行ってしまったのだろうか。
彼女の行きそうなところを片っ端から探すことにした僕は屋上へと足を運ぶ。
休み時間以外は開放されていないはずのドアの鍵が外れていたのでもしやと思い屋上に出てみると柚希様が日当たりの良いベンチに座っていた。
「お天気が良いとはいえまだ1月ですから風邪を引いてしまいますよ」
自販機で温かい紅茶を買ってきた僕は隣に座って彼女に手渡す。
「・・・不甲斐ない主人ですまない」
「私は柚希様が不甲斐ないなんて思ったこと一度もありません。世界で一番誇れる人です」
「ありがとう。そもそもよくここに居るってわかったな」
本当はただの偶然なのだけれどちょっとだけ嘘を付く。
「当たり前です。だって私はメイドですから。どこに居たって見つけ出してみせます」
「まるで怖い母親みたじゃないか」
そう言って僕たちは顔を合わせて笑った。
「・・・今回の課題のことなんだが」
やっぱりそのことで悩んでるんだなと、僕は彼女の話を黙って聞くことにした。
「夏前のコンクールで失敗したこともあって不安なんだ。でもあの時も君は私を支えてくれた。とても嬉しかったし弱い自分が情けなくもなった。君が私に尽くしてくれてるのは嬉しいし、私が人を信じても大丈夫なのだと思えるようになったのは間違いなく君やヘレーネ、神林さんたちのおかげだ。だから、もし今回・・・同じテーマで描けなかったらと思うと・・・ちょっとな」
やはり年相応の女の子なのだなと改めて思う。
「大丈夫です、描けます。柚希様なら」
なんの根拠もない薄い言葉、でも今の僕からならちゃんと伝わる。
「うん、君がそう言ってくれると不思議と描けるような気がするよ。ありがとう」
信頼があればこそ。
僕たちは昼休みになるまで何度も唇を重ね合った。
その日の放課後から柚希様は早速作業に取り掛かった。
「作品は2つ提出、さらに同一のテーマで・・・か」
なぜか僕もアトリエに呼ばれたため、柚希様の近くのイスに座って彼女を眺める。
「1枚は人物画、1枚は風景画でいこうと思う」
「はい、できることがあればおっしゃってください。ここで待機しておりますので」
「うん」
瞳に闘志を宿した彼女はキャンバスに下書きを始めた。
アタリがないので風景画から描くのだろうか・・・でもモデルの写真も何もないのに。
何も見ずに彼女はどんどんと下書きを進めていく。
やがて形になり始めたそれがようやくわかった。
見なくても描けるはずだ。だって何百、何千と見たことのある風景だからだ。
このお屋敷のバラ園、琴山さんと末永さんが大切に育てているお庭の風景だ。
この調子なら風景画の方は問題なくできそうだ。
あとはもう1枚・・・人物画だけ・・・。
柚希様・・・頑張ってください。
応援しかできない自分がもどかしかった。




