~この中に1人、箱入り娘がいる~
「灯華、缶のフタが開かない」
「はい、どうぞ」
ヘレーネは隣で繰り広げられるなんとも言えない空気感に思わず顔が歪む。
ここ最近の2人は様子がおかしい。
前々からトーカはどこか尽くしすぎるというか、献身を超えているとは思っていた。
明らかに違和感を覚えたのは先週のあの日からだ。詳しく聞いてないから知らないが、どうやら2人で本邸に一度帰ったらしい。父親と話をしたんだとか。
その次の日あたりから柚希の態度が柔らかくなった。
これまでまでの刺々しさがなくなり、誰にでも優しくなった。
以前なら缶が開かなかったら投げ捨てて紙パックの飲み物を買いに行かせてた彼女からは想像もできない姿に目も当てられない。
これは良いことだとは思う。
私たちのような仲の良い人としか関わり合いを持たなかった彼女でもこういう雰囲気であれば周りも受け入れやすいだろうし。
「灯華、箸を落としてしまった」
「割り箸をご用意しておりますのでこちらをお使いください」
絵に描いたかのような光景に私だけでなくユリアやキリカも呆然としてしまってる。
確かにトーカは素晴らしい女性ですし、彼女が私に仕えてくれるとしたら私もああなってしまいそうだ。
と、私の使用人に目を向けると顔を赤らめていた。
どうやらお子様にはこの百合空間は刺激が強かったらしい。
「ユリア、空調の温度を下げてくださらないかしら」
「・・・あ、はい」
我に返った初心娘はサロンの空調を操作して温度を下げる。
放課後、屋敷に帰って客室で翌日の授業の用意をしているとここの使用人のフジタがやってきた。
「あら、どうしましたの?夕食にはまだ早いですわよね」
「突然すいません、どうしてもお聞きしたいことがありまして」
と、頭を抱えながらイスに座る。
普段のフジタであればありえない行動なだけに面食らってしまったが、私も対面に座って話を聞くことにした。
「えぇ、構わなくてよ。いったい何の用かしら」
「実はお嬢様と当家の尾上のことなんですが」
なんとなく予想ができていたからやっぱり、と思った。
「最近、あの2人が主従の枠を超えて仲が良い気がするんです。何か聞いてたりしませんか?学校の様子とか伺いたいんですが」
「確かにここ最近まるで恋人かのような雰囲気を出す瞬間がありますわね。学校ではそんなに変わりませんがそれでも皆が戸惑うくらいの変化ではありますわね」
と、今日の学校での出来事を語るとフジタは深いため息をついた。
彼女の立場からすれば非常事態だろう。
ずっと浮いた話の無かった彼女に訪れた春、でも相手は使用人、しかもよりにもよって女性ともなれば頭だって抱えるだろう。
「わかりました・・・ありがとうございます」
フジタはとぼとぼと覇気のない背中を見せながら出て行った。
もしかして本当に付き合って・・・さすがにないかな。女性同士だし、あの柚希に色恋なんて似合わなすぎる。
翌日の朝、キリカがとある提案をしてきた。
「どうやら世の中の女の子たちはクリパというものをするらしい」
おそらくいつものメンバーで一番世間知らずなのは彼女ではないだろうか、という疑問をずっと抱いていたが、ギャル風な女子が好きそうな雑誌を開いて見せる彼女を見て確信に変わった。
その見開きにはクリスマスパーティをやろう!という大きな文字と一緒にクリスマス特集が掲載されていた。
そういえばもうそんな時期か。と、遠いドイツに思いを馳せる。
毎年この時期になるとおじいさまが大量の服やらプレゼントを送ってくる。
また手紙を書かなきゃと手紙の内容を考えているとどんどん話が進んでいた。
「場所は私の家でもいいぞ」
「うん、じゃあ25日の土曜日だな。楽しみにしてる」
「もちろんヘレーネもくるよな?」
「えぇ、というか行くも何も年明けまで居るって言いましたよね」
「あぁ、そういえばそうだったな」
キリカの持ってきた雑誌をペラペラと捲ってみるがとても派手だ。
全ページカラーで、多色で目がチカチカしてくる。出てくるモデルの女の子も露出度の高い服を来てるし・・・なんというかドイツではあまり見られない感じだ。
やはり日本の文化は独特だ、と肌寒そうな女の子のページを閉じた。




