~2人の約束~
それからの2週間はあっという間だった。
お屋敷の仕事を覚えるのは結構大変で、フランスとはまた違った生活に戸惑うことも多かった。
でも実は優しいお嬢様と藤田さんの助けもあり、なんとか屋敷には馴染めたとは思う。
そもそもお屋敷には藤田さんと僕を含めて6人しか使用人がいないので全員と交流も多いので仲良くなるのに時間はかからなかった。
元々人と接するのは好きだし、フランスでの生活に皆さん興味があったようで、何度か会話をするうちに自然と馴染めた。
ただ、1つ不満があるとすれば・・・
「いやーそれにしても灯華は本当に女の子にしか見えないねー」
お嬢様の昼食を作りながらキッチン担当の小暮さんは野菜を切りながらこっちを向いてニヤニヤする。
「そう言われるのももう慣れました。はいお皿です」
この2週間で何度もからかわれて、すっかり耐性のついた僕は平然とした態度を貫く。
「学校、明日からでしょ?頑張ってね。家の事はできるだけウチらでやるから」
「ありがとうございます。でもできるだけ僕もやりますので」
「こら、『僕』じゃなくて『私』でしょ。私生活でも可能な限り女として過ごすようにってお嬢様から言われてたでしょ」
「あはは、そうでした」
そう、僕はこのお屋敷の中ですら女性として過ごさなくてはならなかったのだ。
心まで女の子になるようにと、毎晩藤田さんによる講習も開かれていた。
そんな僕のお屋敷での担当はお嬢様のお世話担当だった。
普段はキッチン、掃除、庭、それぞれの担当の人のお手伝いをするが、お嬢様からの御用聞きがあればそちらに戻る。といった役回りだった。
これがわりとしんどかったが、2週間もすれば適応することができた。
しかしついに明日から学校が始まる。
基本的に僕は授業を受けない。しかし教室には同伴することになっているため、やはり生徒やそのお付の人の視線には晒されることになる。
事前に藤田さんが学校へ聞いたところ、お付となる使用人はほとんど20台とのこと。
どこのお嬢様も一番若いメイドを選んだようだ。
まぁ女子高なのであまりご年配の方では不便があるかもしれないと思った結果なのかもしれない。
「じゃあこれお嬢様の部屋までお願いね。これが終わったら今日はもう屋敷の仕事はいいから。明日に備えてゆっくりしてね」
小暮さんから昼食の乗ったトレイを受け取りサービスワゴンに乗せ、キッチンをあとにした。
「お嬢様、昼食をお持ちしました」
お嬢様の部屋をノックするが反応がない。もしかしたらアトリエかもしれない。
このお屋敷の地下にはお嬢様のためのアトリエがあり、もちろん許可がなければ使用人でも入ることができない
どうしよう。アトリエにいるときは基本的に声をかけてはいけないことになっている。
しかし、朝食の後「昼食の時間になったら呼んでくれ」と言われている。
なんという二律背反。
とりあえずアトリエの前まで行って様子を見てみよう。
アトリエに行くには階段を降りるしかないため、サービスワゴンは運んでいけない。
とりあえず一旦ここに停めて行こう。
そしてアトリエの前の扉まで行く。
ここだけは防音設備がしっかりしているため、外から呼んでも中には声が聞こえない。
なので扉の横にはインターフォンが備え付けてある。緊急の場合や止む終えず連絡しなければならない用事がある時のみ鳴らすことが許されている。
申し訳ございません。と心の中で謝りながらスイッチを押した。
しかし数秒経っても何の反応もない。音も聞こえなかったため、押せてなかったのかと思いもう一度押そうとした時、扉が開かれた
「・・・誰だ」
うわーものすごい不機嫌そうな顔をしてる・・・
「灯華です。あいた!」
名乗った瞬間お嬢様が手に持っていた定規で額を叩かれた。
「君にも伝えてあったはずだ。私がアトリエにいるときは声をかけないでほしいと。」
「申し訳ございません。ですが今朝お嬢様から昼食の時間に呼んで欲しいと言われてましたので」
「ん?なんだもうそんな時間か。すまない、君は悪くないのに叩いてしまった」
お嬢様はやや赤くなってる僕の額にそっと触れた
「昼食はアトリエで食べることにする。悪いがここまで運んできてくれるか?」
「はい、すぐそこまで運んできてますのですぐにお持ちします」
自らの非をすぐに謝ることができるのはこの人の美点だ。やはりお金持ちの人だとプライドが高い人も多く、決して自らの非を認めようとしない人だっている。
しかし柚希様はプライドを持ちながら、それでいて相手のことも認める心の広さも持ち合わせているお方だ。
仕えるのがこの人でよかった。
「ん?そうか。でも持ってきたのは私の分だけだろう?君の分も持ってこい。2人で話したいこともあるし、一緒にどうだ?もちろん君が嫌なら断ってくれていいんだが」
「せっかくなのでご一緒させていただきます。すぐにお持ちしますので少々お待ちください」
初めてお嬢様に認められてような気がして嬉しかった。
再びキッチンから戻り、今度は2人分の昼食を持ってきた僕は初めてアトリエへと足を踏み入れた。
広さで言えば20畳くらいだろうか。軽い運動程度ならできそうな広さだ。
壁はクリーム色で、大きなテーブルが1つ、シンプルなイスが1つ。それと画材を置いてある棚。
家具はそれしか置いてなかったが、いたるところに描き終えた絵画があった。そのうちの1つに目がいく。
湖が描かれたとても美しい絵で、見ているとあたかも自分がそこにいるような感覚になった
「ありがとう。こっちのテーブルに置いてくれ」
お嬢様の声でハッとし、広いテーブルの上に2人分の食事を置く。
「普段人を入れることなんてないからあまり掃除はしてないんだ。すまない」
ちょっと照れくさそうに柚希様は笑う
「いえ、なんというか・・・私の表現力では言い表せないんですが、素敵な場所だと思います」
例えるならば聖域、とでも言うべきだろうか。
柚希様はこの場所で絵をずっと描き続けてきたのだろう。
このテーブルにも固まって落なくなった絵の具が付いている。
きっとここはお嬢様の心の中、そんな気がしたのだ
「食べながらで構わない。少し質問をしていいか?」
「はい」
通常、主と使用人が一緒に食事をすることなどほぼない。皆無といってもいいだろう。
それでも今回柚希様が同席させたのにはそれなりの理由があるはずだ。なにか大切な話があるのかもしれない。
「だいぶ女装が馴染んできたじゃないか」
訂正、そんなことはなかった。
「ええ、2週間もしてますし、藤田さんやそのほかの皆さんにも色々ご教授いただいてますから」
「そうか。とりあえず安心したよ。君は本当によくやってくれてると思う」
本来であればお天道様に顔向けできることではないので、褒められてもむずむずする
「明日から学校も始まるし、色々大変だろう。もちろんできる限りサポートはするつもりだ。でも君の負担は大きくなってしまうかもしれない」
お嬢様は僕を真正面から見つめ、続けた。
「だから君には1つ褒美をあげることにした。なんでも構わない。私に用意できるものであれば用意しよう。もちろん金銭的に価値の高いものでもいい」
高価なものでもいいと言われてもすぐに欲しいものが思いつかなかった。
しかしここで要らないというのは間違いだと思った。
「あ、でしたら私をモデルとした絵を描いていただけないでしょうか」
視界の端にお嬢様の描いた風景画があった。それを見て咄嗟に思いついた。
これならお嬢様にしか用意できない物だ。
「すまない、私は人物画は描かないんだ」
しかしきっぱりと断られてしまった。
「そうですか、ではこのお屋敷の風景画は描いたことありますか?」
「この屋敷?いや、ないな」
「でしたらそれがいいです。お嬢様の描いたこのお屋敷の絵を私にください」
お嬢様はしばらく考えた
「本当にそれでいいのか?もっと金銭的な価値があるものでなくていいのか?」
「はい」
はっきりと言うとお嬢様は笑みをこぼした
「わかった。これから学校も始まるし、すぐには完成しないが少しずつ描くよ。出来上がったら真っ先に君に見せる。君に見せるまでは途中でも誰にも見せない」
「完成する日を楽しみに待っています」
「君の希望に添えるだけのものを描くよ」