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桜並木を、あなたと共に  作者: 真祖しろねこ
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~それでも私に~

「あら、今のはよかったんじゃありません?」

 合唱コンクールの2日前、最後の練習でようやくほぼ完璧に近い合唱が出来た。

「あぁ・・・今のはよかった」

 音楽準備室に柚希様の声が透き通っていく。

 柚希様が初めて良かった、と口にしたことにみんなが一瞬ざわつく。

「っ・・・」

 何度も注意され、それでも必死に練習をしたユリアさんは思わず感涙していた。

 完成が間に合って本当に良かった。本番もこれならきっと大丈夫だろう。

 ユリアさんにハンカチを渡そうとピアノから離れてユリアさんの方へと向かう。

 このとき、心から幸せだった。間違いなく最優秀賞を取れると確信できたし、その喜びをクラスで分かち合えると思ったから・・・。

 でも、不幸は突然やってくるから不幸なんだ。

 来るとわかっていれば対処できても来ると知らないから悪い結果になってしまう。

 幼少のとき、本家の屋敷でイジメられた時も、母が亡くなった時も、長光の家を追い出された時も・・・。

 わかっていればなんとかなったのかもしれない。でもどうしようもないから不幸。

 ほんの少しの歯車の狂い。ほんの1ピースの欠損。些細なことが集まってこの不幸は起きた。

 僕たちのクラスが練習のために借りられたのがたまたま今日は音楽準備室だったこと、練習をしていたのが昼休みだったこと、昼休みに吹奏楽部が練習をしていたから棚に楽器が入っていないため軽くなっていて倒れやすくなっていたこと、どれか1つでも違っていれば・・・。

 歌い終わった直後だったからだろう、ユリアさんが酸欠を起こし、一瞬だけ体がよろめいた、小さい彼女なら普段であれば簡単に支えられたんだろう。

 でもここは狭い音楽準備室、ぎゅうぎゅう詰めに近い状態だったため、隣の人にぶつかってその人もよろけてしまう。

 将棋倒しに近い形で3人目に倒れた伊々田さんが思わずみんなの後ろにあった楽器をしまってある棚に手をついてしまった。

 その瞬間、何が起こるかを理解した僕と柚希様が同時に飛び出した。

 ぐらついた棚が倒れているユリアさんたちに目掛けて倒れていくのが見えた後は正直覚えていない。

 覚えているのはヘレーネ様と柚希様の声、それからユリアさんの無事。

 ユリアさんが無事でよかった、と思った瞬間、意識が闇に吸い込まれていった。




 夢を見ていた気がする。

 神林様とヘレーネ様、椿さん、ユリアさん、それから柚希様と僕・・・。6人であのお屋敷で楽しくお茶を楽しんでいた。

 僕がみんなの分のお茶を入れ、柚希様の隣に座り、談笑が始まる。

 何を話してるのかはわからないがとても楽しそうだ。

 こんな未来が来ればいいなと、どこか遠くから見つめている自分がいた。

「・・・ぃ・・・か・・・ぉぃ」

 誰かが僕を呼んでる。

「灯華さん!」

「灯華!」

 1人はわからなかったがもう1人ならすぐわかった。この人の声を聞き間違えるわけがない。

 柚希様の呼びかけで僕は目を覚ました。

「っ!」

 頭に痛みが走るがとりあえず体を起こす。

 僕の横には椿さんと柚希様が居た。

 そっか。もう1人は椿さんだったんだ。いつもとは声の感じが違ったからわかんなかった・・・。

 あれ、何してたんだっけ・・・なんで横に・・・。

 記憶を辿って、過去をめぐり、何があったのかを思い出した。

「大丈夫か?覚えてるか?」

 柚希様の問いかけに僕は頷く。

「はい、思い出しました。ユリアさんは?大丈夫でしたか?」

「あぁ、大丈夫。君のおかげで助かってる。彼女は無事だよ」

 そっか・・・。よかった。

 とりあえず一安心だ。辺りの様子からすると成川家のお屋敷のようだ。誰かが運んでくれたんだろうか。

 壁の時計は既に16時を過ぎている。

 4時間近くも眠っていたのか。

「それで灯華、大切な話があるんだ」

「はい、なんでしょうか」

 なんだろう、棚壊れちゃっただろうし、弁償とかかな。

 なんて僕の呑気な考えを吹き飛ばす言葉を柚希様が発した。

「君の左手なんだが・・・」

 そこで柚希様が言葉を止めてしまった。

 僕の左手?

 なんだろうと思い、確認してみると包帯が手先までぐるぐると巻かれているが、問題なく動く。

「左手なら時に問題なさそうですけど」

 棚が倒れた弾みでちょっと怪我しちゃったかなと思ったが、実際はそれ以上だった。

「今包帯を解くね」

 椿さんが僕の包帯をそっと解く、擦過傷のような怪我はあるが、特に問題はなさそうだ。指も5本揃ってるし・・・

「あれ・・・え・・・」

 ある事実に僕の血の気が一気に引く。

 左手の小指だけは添え木がしてあって、さらにその上からしっかりとテーピングされて固定されていた。 

「左手の小指の骨折だそうだ。動かせるようになるのには2週間はかかるそうだ」

 目の前が真っ暗になった。

 2週間・・・だって・・・合唱コンクールは2日後なのに・・・。

「この事はまだ私と椿しか知らない。無駄な混乱を招くと思ったからだ」

「ユリアさんたちは一応下の食堂で待機してます。意識が戻ったら呼ぶと伝えてありますがどうしますか?」

 このどうしますか、というのは伝えるか伝えないかだ。

「いずれにせよ灯華がピアノを弾けなくなってしまった以上隠す意味はない。伝えて代理を探そう。椿、ピアノは?」

「灯華さんよりは弾けませんがなんとかします」

 でも、と思った時には部屋から出ようとしていた椿さんの手を握っていた。

「大丈夫です。まだ指は9本もあります。難しい曲じゃないからできます」

 この役目だけは譲れなかった。

「馬鹿を言うんじゃない。そんな手でどうやって弾くんだ」

「まだ丸1日以上あります。左指4本でも弾けるように今から練習します。だから・・・だから伴奏は私にやらせてください」

「・・・灯華」

 そんな僕のわがままを柚希様は受け入れてくれた。

「わかった。君が私を信じてくれているように、私も君を信じる。どのみち私に合わせた伴奏は君しかできないんだ。君が弾けるというなら任せる」

「ありがとうございます」

「あまり、無茶はしないでくださいね。勝手ですけど私は灯華さんを妹のように思ってます。だから辛い思いをされるのは私も苦しいです。でも灯華さんが合唱コンクールに出れないほうがもっと苦しいです。出来ることがあれば言ってください。私で避ければ力になります」

 



 その晩から練習を始めた。

 ほんとはすぐに練習を始めたかったのだがユリアさんに無事を伝える必要があったため、そこに少し時間を使ってしまった。

 ユリアさんは何度も謝っていたけれど僕が無事で怪我もないと説明すると安心してくれた。

 言わなくてよかったと思う。もし自分のせいで僕が怪我をしたとなればユリアさんはきっと立ち直れないくらいの心の傷を負ってしまうかもしれない。

 今回の事は決してユリアさんが悪いわけじゃない。ほんのちょっと運が悪かっただけなんだ。

 大丈夫、明日は祝日で休みだしまだ練習できる時間はある。

 椿さんに手伝ってもらってアトリエの電子オルガンを僕の個室に運んでもらった。

 元々あまり広い部屋ではないから置くと部屋がだいぶ窮屈になったがこれはしょうがない。

「買ったのが電子オルガンでよかったです」

 僕はヘッドフォンを電子オルガンのプラグに差し込む。

 これなら音はヘッドフォンにしか聞こえない。

 夜中であっても静かに練習できる。

「あまり無茶はするなよ。そもそも倒れてしまっては意味がないからな」

「はい、ありがとうございます」

「私と霧架様は一旦帰りますがまた明日お見舞いに来ると行ってましたし、私も来ます。何か必要な物があればその時に」

 それだけ言って椿さんは部屋から出て行った。

「私もできる限りのことはする。明日は君を休みにするから練習の時間に当ててくれ。ヘレーネ達は藤田に世話させよう」

「ありがとうございます」

 みんなが支えてくれてる。ならば後は答えるだけ。

 大丈夫。あくまで運指を覚えるだけ。

 弾けさえすれば大丈夫なんだ。

 息の合わせ方はもうできてるから。 

 



「っ!」

 思わぬ激痛に演奏が止まってしまう。

 小指が使えないだけ、そう楽観視してた部分があった。

 でも実際は使えないだけではなく、動かそうとするだけで激痛で手が一瞬動かなくなる。

 薬指で補うために運指を1本ずつずらせば弾けるとかそういう単純な話ではなかった。

 そもそも左手を動かすだけでも痛みに耐えなければならない。

 力を入れるたびに筋肉が動き折れている骨を圧迫してくる。

 もういっその事切り落としてくれたほうが楽になるんじゃないかと思ってきた。

 練習を重ねるごとに小指の熱が増し、それに伴って痛みも激しくなるので冷やしては練習してを繰り返すことになった。

 気がつけば朝になっていた。

 どうしよう、まだアメイジンググレイスの方すら出来てない。

「灯華私だ。入るぞ」

 朝9時になると柚希様が部屋に入ってきた。

「一睡もしてないのか?少しは寝たほうがいいんじゃないか」

「痛みのせいか全く眠くならないので大丈夫です、ですがすいません。思ったより進んでないです」

 柚希様はオルガンに置いてある譜面がアメイジンググレイスであることに気がついた。

「2曲いけるのか?椿にアメイジンググレイスだけでも弾いてもらっても・・・」

「大丈夫です。絶対に間に合わせます」

 そう強く宣言をした。そうやって自分に言い聞かせてないと心が折れてしまいそうだったからだ。

「わかった。とりあえず朝食を持ってきたんだ。食事は取らないと体力持たないぞ」

「はい、そうですね。とりあえず少し休憩します」

 ご飯だけでもしっかり食べよう。

 柚希様は気を利かせてくれたのか片手でも食べられるサンドイッチを用意してくれていた。

 手作りなんだろう、ところどころにそれらしき形跡がある。

 焦げてるタマゴに綺麗な三角じゃないパン、辛すぎるからしマヨネーズ。

「ありがとうございます。とても美味しいです」

 僕は柚木様にお礼を言って練習を再開する。

「そろそろユリアたちが起きてくるころだろう。適当に言い訳してここには来ないように言っておくから」

 これで練習に集中できる。

 大丈夫、できる。自分を信じろ



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