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桜並木を、あなたと共に  作者: 真祖しろねこ
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~少女たちのソナタ~

「ストップ!ヘレーネ早かったぞ」

「・・・」

 もう何度目かもわからない中断にヘレーネ様もうんざりといった顔だった。

「さっきはこのタイミングでしたわ」

「さっきはだろ、今の指揮のタイミングとは違った」

 土曜日ということもあり、僕たちは屋敷のアトリエでソロパートのあるヘレーネ様と神林様を招いて練習をしていた。

 わざわざ柚希様はこの合唱コンクールのために電子オルガンも買い、屋敷でも僕が練習できるようにしてくれた。

 土日にはソロパートのある2人を呼んで合わせる練習も始めた。

 この2人は歌いだし担当もあるので柚希様と息を合わせる必要があるからだ。

 他の人はヘレーネ様、神林様の後に続くので最悪指揮を見なくても歌える。

 この2人が合わせられればの話ではあるのだが・・・。

「もしかして意図的にずらしてます?」

 ヘレーネ様が確信を付いた質問をする。それについては僕も思っていたことだ。

「あぁ・・・そうだが」

 その問に答えた瞬間、ついにヘレーネ様の堪忍袋が弾けた。

「バカにしてるんですの!?最優秀賞を取りたいんじゃなかったんですの!?」

 今にも掴みかかりそうな勢いだったヘレーネ様をなだめるが、そのまま出口へと向かっていく

「落ち着いてくださいヘレーネ様・・・柚希様、一旦休憩にしましょう。食堂で紅茶とお菓子をご用意しますのでお越し下さい」

 今一番フォローが必要なのはヘレーネ様と判断し、神林様とアイコンタクトで柚希様のことをお願いして飛び出していったヘレーネ様を追いかける。

 



「トーカ!」

「はい!」

 僕の前をズカズカと歩いていたヘレーネ様が急に立ち止まり振り返った。

「私は大変気分が悪いです!」

「はい、理解しております。主人に代わり謝罪させていただきます。申し訳ございません」

 僕はヘレーネ様に向かって深く頭を下げる。

「ふん・・・まぁとりあえずトーカに免じて一旦話を聞くぐらいはしてもいいですわ」

「ありがとうございます。お優しいヘレーネ様、では紅茶を用意させていただきます。お部屋にしますか?それとも食堂でよろしいですか?」

「今部屋に戻るとユリアがいますし、とりあえず食堂でいいですわ」

「かしこまりました」

 僕はヘレーネ様と共に食堂へと向かう。

 ヘレーネ様だって理解はしてるんだ。どうして柚希様があのように振舞うのか。

 その振る舞い方が僕たち親しい人たちにしかしないこともわかってるんだ。

 このように聡い方が柚希様と親しくしてくれていて良かったと改めて思った。




 ヘレーネ様の紅茶を用意した後、僕は2人分の紅茶とお菓子を持ってアトリエまで戻る。

「遅れてすいません。紅茶をご用意しました」

 2人はテーブルに向かい合って座っていたが、お互い無言だった。

「ヘレーネは?」

「はい、ヘレーネ様は今食堂へお通ししてます。少し冷静になったら戻ってくるそうです。柚希様とお話がしたいとおっしゃっていました」

「そうか・・・ありがとう灯華。嫌な役をさせてすまない」

 嫌な役をしてるのは柚希様では、という言葉は飲み込んだ。僕が今それを口に出してしまっては台無しになってしまうからだ。

「ん、ありがと」

 僕が神林様の前に紅茶を置くと彼女は小さくお礼を言ってカップを持ち上げた。

「柚希があえてそうしてるのはわかってる。それが必要なのもわかってる。本番を想定してくれてるんだろう?私達が優勝するための最後のピース・・・。そのためだってわかってるよ。私もヘレーネも、灯華さんもね」

 その言葉を聞きながら柚希様は無言でカップを傾ける。

「うん・・・ありがとう」

 僕たちが勝つため、最優秀賞のためにできることをしようとしてるんだ、柚希様もヘレーネ様も、神林様も。

 柚希様があえて毎回指揮をズラしてる理由・・・。

 僕たちが勝つためには会場を盛り上げる必要がある。そういう選曲をした理由もそこだ。

 いままで普通科しか勝ってない、というこは生徒も教師も、周知してる。

 だからその流れに逆らうために、『これだけ盛り上がったのが最優秀賞じゃないなんてありえない』という空気感が必要なのだ。

 日本人は典型的な古い風習であったり、慣習であったりを慮りすぎるところがある。

 深層心理にあるのだろう、今までがこうであったなら、こうあるべきだ。変えるべきではない、という考えが。

 だから会場を盛り上げ、みんなに手拍子で盛り上がってもらう。

 でもそうすることによっていくつもの弊害が起こり得る。

 例えば伴奏の音が聞こえにくい、手拍子のタイミングがズレるので歌いにくい、など。

 だからプロの人たちは指揮を見て演奏をする。会場によっては音の反響によって聞こえてる音がズレることもあったりするからだ。

 だからみんなが・・・。少なくとも僕とヘレーネ様、神林様だけでも完璧に柚希様の思った通りにやらなければならない。

 これがプロの音楽家だったらできるのかもしれないが僕たちはあくまで素人、わかっててもできないし、それに憤ってしまうこともある。だから話し合ってお互いに認め合わなきゃいけない。

 せっかく同じ言葉を話せてお互いの意思を伝えられるのだから。




「戻りましたわ」

 ちょうど柚希様のカップが空になったところでヘレーネ様が戻ってくる。

「ヘーレネ、さっきは--むぐっ」

 柚希様が言いかかけたところでヘレーネ様が手で柚希様の口を塞ぐ。

「謝罪は必要ありませんわ。さ、練習を再開しましょう」

 ヘレーネ様は笑顔で譜面を手に取った。

「・・・ありがとう」

 この2人ならきっとどんなことがあっても大丈夫。お互いに尊重しあえてるんだから・・・。

 そんな2人を少し羨ましく思いながら僕は譜面を広げた。

 







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