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桜並木を、あなたと共に  作者: 真祖しろねこ
35/69

~灯の華~

「あー美味しかったですわ」

「日本のお寿司を初めて食べましたがとても美味しいですね。フランスでも一度食べたことがありますが比較にならないです」

 神林さんが連れてきたところはお寿司だった。

 旦那様が一度寿司を食べさせてくれたことがあったが、今食べた物とはとても比べられないくらいの差があった。

「喜んでくれたようでよかった」

「職人技の結晶だから灯華にも用意できないから良かった。普段外食はしないがたまにはいいな」

 確かにこの美味しさの寿司は僕には用意できないな・・・。悔しいから屋敷に戻ったら練習しよう。




 夕食を済ませた僕たちはホテルへ戻った。

「椿、そろそろだったよな」

「はい、あと15分で始まりますね」

 今が7時45分なので8時か?ら何かあるのだろうか。

「ん?なにか用事でもあるのか」

 僕と同じ疑問を柚希様も抱いたようで、すぐに聞いていた。

「うん。今は秘密にしておく。このホテル、屋上に露天風呂があるんだ。だから後でそこに来て欲しい」

 それだけ言うと神林様と椿さんは部屋へと戻っていった。

「よくわかりませんでしたが、ようは屋上のお風呂に行けばいいんですね?」

「まぁそういうことだろう。じゃあ一旦戻ろうか」

 というわけで一旦戻った僕たちはお風呂の用意をする。

「さて、問題は君だな・・・さすがに行かないのはまずいだろう」

「緊急事態に備えての用意はしてるので行くこと事態は私としては問題ないのですが・・・」

「私は知ってるからガードを固めておくけれど他の連中だな・・・」

 最大の問題はお風呂に行くのだから柚希様以外の女性の身体を見てしまう可能性があるということだ。

「できるだけ見ないようにしろよ」

「・・・わかってます」

 本来は特殊メイクなどに使う肌用の糊をカバンから取り出しパッドに丁寧に塗る。

 もちろん防水性能はあるが十分に注意する必要がある。

 胸にピタリとくっつけて固定するまでさらしを巻いた上からしっかりと押さえつける。

 昼間の海の時よりガッチリ固定して、用意はできた。

 あとは大きめのバスタオルをあっちで体に巻けば大丈夫だろう。

 藤田さんたちを信じよう・・・言ってたじゃないか、女だと思ってれば違和感がないって。

 ならばあとはなるべく見ないという責務を果たすだけ。

「用意できたか?とりあえず先に行く。みんなが着替え終わったくらいに連絡するからそしたら来い」

 それだけ言って柚希様は先に部屋から出て行った。 

 もう3度ほど問題無いかを確認していると柚希様からメールが来た。

『いいぞ』というシンプルな3文字を見て気合を入れる。

「よし、覚悟は決まったぞ」

 



 脱衣所で素早く最後の身支度を整えた僕はそっとスライド式の木製ドアを開けて外へ出る。

 そこにはホテルに似つかわしくないくらいの温泉があった。

 大きく分けて2つに分かれていてちょうど8の字を描くようになっていた。

 あ、小さな檜のもある。1人用だろうか・・・あっちに行こうかな・・・。

 なんて逃げようかと思った矢先にユリアさんの声がした

「灯華さーん!こっちです!遅いですよー!」

 あー・・・呼ばれてしまった以上行くしかあるまい。

 できるだけ視線を合わせずに僕はそっと温泉の中に入った。

 幸運だったのはにごり湯だったため、こうして中へ入ってしまえば体が見えないことだ。

 しかもみんなキチンとバスタオルを体に巻いてくれている。

 本当ならマナーはよくないのかもしれないが僕的にはラッキーだった。

「すいません、お待たせしました。ちょっと屋敷の方に業務連絡をしてたもので」

 適当に理由をでっち上げた。

「もう始まっちゃってますよ!」

 ユリアさんが夜空を指差す。

 何が、と聞こうとした時、夜空に大きな華が咲いた。

 直後にお腹にまで響く大きな炸裂音。

「・・・花火」

「今日はこれを見せたかったんだ。特に灯華さんには」

 神林様が優しい笑顔で僕を見る。

「え?」

 別に何かの記念日でも・・・あ、そうだ・・・今日、8月18日は僕の誕生日だ。

「灯華さんの名前って、灯の華って書くだろう。まさにピッタリだと思ったんだ。フランスでは珍しいから喜ぶと思ったんだが・・・どうだっただろうか」

 僕は感動でどう言葉を紡いでいいかわからず、開いた口から空気が漏れるばかりで言葉を発せられなかった。

「喜んでもらえたようでよかった」

「はい・・・ありがとうございます」

 フランスでは打ち上げ花火は珍しい。唯一花火を上げるのは7月14日の革命記念日だけだ。

 以前に旦那様に付いて行って特等席で見たことはあったが、この景色から見る花火は数倍綺麗だった。

 灯華という名前はあくまでも偽名だし、本当の名前は瑞樹だ。

 それでも、こうして友人が僕の名前に親しみを持ってくれて、こんな綺麗なものを見せてもらえて・・・なんて幸せなんだろうか。

「ん?なんだ灯華、泣いてるのか?」

 柚希様に指摘されて慌てて目尻を拭う。

「泣いてません」

 感涙してしまったことが恥ずかしくなりお湯を両手で掬って顔を覆った。

「誕生日おめでとう、灯華」

「おめでとうトーカ」

「おめでとう」

「おめでとうございます!」

 人生で初めて生まれたことを祝福された。

 初めてここにいていいよと言われた気がした。

「本当に・・・ありがとうございます」

 顔をあげて今までで一番の笑顔でお礼をする。

 19歳の誕生日、灯華として1歳の誕生日を僕は永遠に忘れることはないだろう。

 夜空に咲いた大きな赤い華がいつまでも網膜に焼きついていた・・・。

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