~庭園と灯華(ヘレーネ題)~
「お飲み物をお持ちしましたので、こちらに置いておきますね」
ヘレーネ様とユリアさんが屋敷に来てから9日が過ぎていた。
今日は昼食後、天気が良いからということでヘレーネ様は庭で写生をしていた。
「あら、ありがとうございます。あぁそうだちょうどよかったですわ。今お時間は大丈夫かしら」
「はい、この後は特にすることがありませんでしたので大丈夫です」
「でしたらそこでポーズをとってくださらない?ちょうど人を描こうと思っていましたの。ユリアでもよかったんですが、あの子は小柄ですから。トーカなら身長もありますし美人ですからモデルにぴったりですわ」
断る理由もなかったので僕はモデルを引き受けることにした。
「これ、日傘ですの。これを差してここでこういうポーズをとってくださいな」
ヘレーネ様の指示通りに日傘を差してポーズを決める。
「えぇばっちりですわ。後でお礼しますのでちょっとの間お願いしますね」
僕に指示を終えるとヘレーネ様はイーゼルを置いてある場所まで戻って再び描き始めた。
んー。暇だな。日傘を差しているから暑さは平気だが、ずっと立っているだけなのも辛い。
「そういえばトーカはお付き合いされている男性はいますの?」
突然の話題だったので一瞬理解できず、頭の中で3巡してようやく言っている意味を理解した。
「だだだ男性ですか!?いないです」
「め、珍しく慌ててますわね・・・。まぁちょうどよかったですわ。今、私の兄が結婚相手を探してますの」
「そ、そうでしたか」
あ、マズい。この話の流れは・・・。
「貞淑な人がいいのだそうですが、なにせヨーロッパの人はガッツリしてますから・・・」
「えぇ、そうですね」
ヨーロッパの女性は好意を持った男性に対してかなり積極的だ。それもヘレーネ様の兄ということは玉の輿確定。どんな風なのかは容易く想像できる。
「先日、実家と電話をしたときにトーカの話をしましたの」
え、なんで?という疑問を他所に話は続く。
「そうしたらトーカにお兄様も興味を持ったみたいなのです。是非1度食事にと」
「しかし私は使用人ですから・・・」
「関係ありませんわ。お兄様はそういうのをあまり気にされない人ですから」
しまった・・・適当に恋人がいるとか言っておけばよかった。
もちろん僕は男だし、無理なのだが、どうやって断ろうか。
「まぁ、急に言われても困るだろうし、すぐにとは言いませんわ。もし興味がありましたら言ってくださいな。悪い話ではないと思います」
「えぇ、わかりました」
そんな日はこないけど、適当にはぐらかした。
「なんだ、2人ともここに居たのか」
画板を持った柚希様が僕たちのいるところまでやってきた
「えぇ、トーカをモデルに描いてましたの」
興味を持ったのか柚希様はヘレーネ様の横に折りたたみのイスを広げてそこに座った。
「柚希も描きますの?」
「いや、観てるだけ。気にせず続けてくれ」
そうか、ヘレーネ様は柚希様が人を描けないことを知らないのかも
「まだ描けませんでしたのね。トーカなら描けるんじゃありませんか?」
「いや、ダメだったんだ」
「あら、そうでしたの」
ヘレーネ様は平然とした顔で言う。
そうか、ヘレーネ様は知っているのか。その上で軽く接することで『気にしすぎですよ』と言ってるのかもしれない。
「いい出来じゃないか。これ、課題で出すやつか?」
「えぇ、自由画で出そうと思ってますの」
ヘレーネ様は1つの作品を仕上げるのがとにかく早い。
1時間で1つの絵を完成させることもある。
あっという間に下書きを終えたヘレーネ様は僕に飲み物を渡してくる。
「ありがとうございます。いただきます」
長い時間立っていたので少し疲れた。
ありがたくいただくことにしてヘレーネ様の絵を覗く。
下書きとはいえ思わず見とれてしまうほどには綺麗だった。
バラ園を後ろに日傘を差した女性が佇んでいる。
「トーカも気に入ってくれたようで嬉しいですわ」
「えぇ、前のコンクールの時も思いましたが、凄い綺麗だと思います。私の語彙では言い表せないくらいです」
ヘレーネ様の絵も柚希様の絵もどちらが一番か選べないくらい素敵だと思った。
「じゃあ私は一旦戻りますわね。鉛筆しか持ってきてませんので」
ヘレーネ様は荷物を持って屋敷へと戻っていった。
柚希様はヘレーネ様が帰っても残っており、スケッチブックに屋敷の風景を描き始めていた
「あ、今お飲み物を用意しますのでお待ちください」
「いや、いい。ここにいてくれ」
「かしこまりました」
とりあえず柚希様の後ろに立つ。
「最近、ヘレーネと仲がいいな」
「はい、よくしてもらってます」
「君は・・・いや・・・」
鉛筆を走らせる指が止まった。
「正直言うと嫉妬した・・・ヘレーネの絵を見た時の君の顔は私が見たことない顔だったから・・・」
「そうだったんですか」
自分を描いてもらって感動したのは確かだが、柚希様にそんな思いをさせてしまっているとは思わなかった。
「知っての通り、私は君を描くことができない。つまりあの顔はヘレーネにしか見せられないのだと思うと胸が張り裂けそうになった」
嫉妬してくれていることが正直嬉しかったし、この主人が愛おしく感じた。
だから僕はそっと柚希様の手を握る。
「ありがとうございます。こんなに大切に思っていただいて幸せです」
こっちに向き直った柚希様と見つめ合う形になり、2人の距離が自然に近づく・・・。
あ・・・このままだといつかと同じように--。
「あら、どうしましたの?」
「っ!なんでもない!灯華の顔色が良くなかったから熱中症かなと思って確認しただけだ。だが大丈夫なようだ。」
タイミングが良かったのか悪かったのか。ヘレーネ様が戻ってきた。
慌てて顔を離して平静を取り繕う。
「?・・・まぁいいですわ。この辺に消しゴム落ちてませんでした?」
どうやら落し物を探しに来たらしい。
「あ、これですか?」
草の上に落ちていた白い消しゴムを見つけた僕は拾ってヘレーネ様に渡した。




