~今日から僕は~
「いっそ瑞樹さんがいなくなってしまったことにすればいいんです」
それは僕には思いつかない作戦だった
「まずブリエンヌ家の結託をして、あなたが失踪したことにしましょう」
聞きたいことはあったがまずは全容を聞くことにした
「その後、『瑞樹』という名前は捨て、別人として過ごしましょう。もちろん可能な限りの支援はさせていただきます。そしてその間にこの誇れない争いを終わらせます。それが終わった後なら、あなたの望む生活ができるはずです。勝手に巻き込んで我慢を強要するようで申し訳ないのですが、未熟な私ではこのようなことしか思いつきませんでした」
頭を下げる美羽様に長光家の人全員が悪ではないのかと思い始めた。
少なくともこの人だけは信じても良いのではないか、と
「とんでもないです。助かります」
確かにブリエンヌ家にしばらく帰れなくなってしまうのは辛いかもしれないが、その先の未来のためならば・・・。
「でも私にはブリエンヌ家以外に頼れるところがありません。しばらく身を隠せる場所など到底・・・」
「それについては私に考えがあります。私の友人に使用人を探している人がいます。来月から高校へ行くのだけど、遠くのため、本邸ではなく別邸から通うそうなんです。だけど別邸での使用人が足りなく、困っているみたいで。そこで私が紹介状を書きます。あなたは別の名前でそのお屋敷でしばらく過ごして頂ければ、あとは私が家督争いを終わらせます」
その人のところで使用人として暮らせばいいのか。それならいけそうだ。別名を使ってもさして問題もなさそうだ。
「わかりました。美羽様にお任せします」
「よろしくお願いします。では早速行動に移しましょう。ブリエンヌ家には私がまず連絡するので、その後あなたからも説明してください。その後、友人に連絡します。後日招待状を持って行ってください。簡単な面接くらいはあるかもしれませんが、私からの紹介なのである程度は融通が利くはずです」
「わかりました」
使用人としてはもう10年過ごした。一通りの礼儀も学んでいるし、問題はないはずだ。
「さぁ急ぎましょう。叔父たちが行動を起こす前に」
早速美羽さんは電話を掛け、5分ほど会話した後、私に電話を渡してくる。
「ブリエンヌ家の旦那様とつながっています。理由は説明しました。しばらく連絡ができない状態になるかもしれない。後悔のないようにしてください」
「もしもし、瑞樹です」
僕は深呼吸を1つしてから電話を受け取る
「あぁ瑞樹か。事情は聞いた。長光家の方にはお前はもう居ないと伝えればいいんだったな。しばらく戻ってこれないんだろう?お前がいない間、少し寂しいがこちらのことは任せなさい。帰って来れる日を待っているよ」
「ありがとうございます、旦那様」
本当にお優しい方だ。
残念ながら奥様とは話せなかったが、旦那様と挨拶ができてよかった。これで心おきなくこっちに専念できる。
「とりあえずしばらくはこの屋敷に泊まってください。ここは私個人の屋敷だから他の家族が来ることもないでしょう。何かあれば橘に言うといいです。必要なものがあれば用意させます。あなたを車で迎えに行った人なので顔はわかると思います」
あぁ、あの男性か。というかここは美羽様個人の家ということか、すごいな
「私はこれから友人に連絡します。面接の日が決まればあなたに伝えます」
それだけ言うと美羽様は部屋から出て行った。
一旦落ち着いて頭を整理しよう。
家督争いに巻き込まれそうになった。そこを妹にあたる美羽様がなんとかしようとしてくれて、僕を別の家に匿ってくれると。
僕がやらなきゃいけないことはブリエンヌ家から失踪したことにして、まず名前を変え、紹介される家で使用人としてしばらく過ごす。あとは美羽様がなんとかしてくれるので、全てが終わったらまたブリエンヌ家に戻る・・・。
こうしてみると難しいことはない。とりあえず時差ボケもあって疲れてるし、少し早いが休ませてもらおうかな。
橘さんに案内してもらって個室へと案内してもらった。
やはり家具はどれも新調したばかりの物のようだ。
「では私はここで一度失礼させていただきます。夕食のお時間にお呼びに参りますが、御用があればそちらの内線の4番に掛けていただければ私につながりますので」
「はいわかりました。ありがとうございます」
橘さんは一礼して去っていった。
まだ午後3時なので夕食までは少なくとも4時間はあるだろう。
少し仮眠を取ろうかな、とベッドに横になり寝心地の良さに驚愕する。
初めての家族との出会いを嬉しく思えたのはよかった。少なくとも美羽様は良い人だった。
もし今後、他の家族と出会うことがあったら、僕のことをどのように接するのだろうか。
そんな幻想に思いを馳せながら浅い眠りに落ちていった。
翌日、僕は橘さんと一緒にお屋敷の手伝いをしていた。
「本当によろしかったのですか?」
「はい、使用人としての時間のほうが長いのでお仕事しているほうが落ち着きます。」
今日の朝、5時に目が覚めて、お手伝いをすることにした。
美羽様にも一応聞いて許可はもらっている。
「ですが本日の午後からは成川様のところでの面接があると聞いています。」
「はい、そうです。それもあってか少し緊張しています。なのでいつも通りの行動で落ち着ければと思いました」
「なるほどそうでしたか。でしたらお願いします」
橘さんは僕に簡単な作業の指示を出してくれた
「送っていただいてありがとうございます。では行ってきます」
面接時間10分前に成川家のお屋敷前まで送ってもらった。橘さんにはお世話になりっぱなしなので、いつか恩返しがしたい。
「おし、行こう」
深呼吸を2回してからインターフォンを押す
「長光美羽様からご紹介いただきました。尾上灯華と申します。」
「はい、お話は伺っております。ご足労をおかけしますが、玄関までお越しいただけますでしょうか」
女性の声の後、門のロックが外れる音がした
この偽名を考えてくれたのは美羽様のメイドだ。女性のような名前にしたのも意図的である。
広い庭にはバラ園や噴水などもあり、美羽様のお屋敷より広かった。
これだけの家のお嬢様に仕えるのだ。失礼のないようにしなくては。
意気込み新たに歩き、玄関まで行くと、4人のメイド服を着た女性が待っていたが・・・。
僕を見た時の表情に驚きが見える
「長光美羽様からご紹介いただいた尾上灯華と申します。本日はよろしくお願いします」
なぜ驚きを見せているかはわからないが、まずは挨拶をしておこうと思った。
「ご、ご足労をおかけしました。成川家のメイド長の藤田と申します。大変失礼なんですが、灯華様は男性ですか?」
久しぶりの日本語なので聞き間違いかと思った。顔立ちがよく女性みたいだとは言われるが、性別を確認されるとは思っていなかったので少し困惑した
「はい、そうです」
「そ、そうでしたか。とりあえずお嬢様のところに案内しますね」
なんでこんなに驚かれているのだろう。確かに名前だけなら女性っぽいからだろうか。
訝しい目で見られながら案内されるままに歩く。
客間に通されるのかと思ったが、階段を上がったのでどうやら違うようだ。
2階に客間があることなんてほぼないだろう。荷物もあるし、先に客室か?
いや、でもまだ面接に通ったわけでもない。落とされる可能性だってある以上、客室という可能性もあまりない。
よくわからないままついて行くととある部屋の前で藤田さんが足を止めた。
「お嬢様、尾上様をお連れしました」
ノックの後、部屋に向かって声をかけると女性の声が返ってくる
「入ってくれ」
それだけ聞くと藤田さんはゆっくりとドアを開け、僕へ入るように促す。
「失礼します。長光美羽様からご紹介預かりました尾上灯華と申します。この度は私のために--」
途中まで言いかけたがそこから言葉が出なかった。
ここの主、成川柚希様は、僕なんて見向きもせずにパソコンで何かの作業をしていたのだ。
「あぁ済まない。今ちょっと手が離せないんだ。ちゃんと聞いているから続けてくれて構わない」
「お嬢様、さすがにそれは失礼になるかと思われます。まだ契約を結んだわけではないのでお客様にあたります」
柚希様は一瞬キーボードから手を離し、顎のあたりで切り揃えられた髪を指でくるくる弄る。
それがなんだかこの人の不機嫌の時の手癖に思えた。
「いえ、わかりました。このまま続けさせていただきます」
そう言うと一瞬こっちを見た成川様はふっと小さく笑い、パソコンに視線を戻す。
この人もまた、美羽様に劣らない美人だ。
ただ、キツめの目がやや冷たい印象を受ける。
「それでは改めて、尾上灯華と申します。使用人としては10年働いておりますので、一通りはできます。以前フランスのブリエンヌ家に勤めていた時期もありますので、英語、フランス語、日本語での会話ができます」
3ヵ国語話せることに驚いたのか、眉がやや上がる。
表情がわかりにくいがよく観察してみると無表情ではない。
2、3分ほど自己紹介をしたが、驚いたり関心したりしてくれているのがわかった。
「なるほど、ありがとう」
ずっとパソコンに向かっていた柚希様がついにこっちを向いた。
「君の能力面で問題がないのはわかった。私は彼でいいと思うんだが、どうだろう藤田」
「私はお嬢様さえよければ構いません。しかしあの件で必要なのは女性ではなかったのですか?」
あの件とはなんだろうか。
わからないが、本来であれば女性を雇うつもりだったのだろう。主が女性の場合、周りを女性だけでお世話する場合も少なくない。
「だが藤田、4人も落として、5人目の彼でようやくいいかなと思えたんだ。入学式までもう2週間しかないし、最後のチャンスだろう?」
「それはそうですが・・・」
事情がわからない以上、僕は黙っているしかなかった
「顔立ちも女性のようだし、彼さえ承諾すれば大丈夫だと思うんだが。美羽にも了承を得てるし・・・」
「わかりました。たしかに女装すれば女性に見えるかとは思います。所作についてはこの2週間で慣らしましょう」
ん?今、女装って言った?
「よし、合格だ。今日から君は私の従者として働くがいい」
え、いやこの状況で合格と言われてもいまいち実感がないんですが・・・
「ん?美羽から聞いてないのか?来月の頭から私は高校に通うんだ」
「はい、それは聞いております」
「その学校には特別に自分の付き人を1名だけ一緒に通わせることができるんだ」
嫌な予感がしてくるが、柚希様は構わず続ける。
「芸術科の学校なんだが、デッサンなどで外に出たりする場合も多い。通うのは財閥のご息女ばっかりだ。警護の意味も兼ねて1名だけ使用人を連れて行かなくてはならないんだ」
「そのお付に私を?」
「うむ。ただ、問題が1つあるんだ。私の通うことになる学部は女子のみでね、お付も女性でなければならないんだ」
だから、と柚希様は続ける
「今日から君には女装をして女性として過ごしてもらう」