~灯華ちゃん、ポニテになる~
その連絡が来たのはプールへ行った3日後のことだった。
「はい・・・かしこまりました。これから柚希様に確認しますので少々お待ちください」
電話に出るのはいつも藤田さんの役目になっているのでこの日もいつも通り藤田さんが電話に出た。
しかし、いつもと様子が違っていたのであまりよくない知らせなのではないかと思いながらも自分の仕事をこなすことにした。
「あ、尾上さん、あなたも一緒に来てください」
「はい、わかりました」
なんだろうと思いながらもとりあえず藤田さんと一緒に柚希様の部屋まで行った。
「お嬢様、入ってもよろしいですか?」
「あぁ、藤田か。構わない」
返事を確認してから藤田さんはドアを開けて柚希様の部屋へと入ったので僕もそれに続く。
「ん?なんだ灯華も一緒だったのか。どうした?」
「はい・・・実は先ほどヘレーネ様から連絡がありまして・・・」
藤田さんにしては珍しく言葉を濁した。
「ヘレーネから?それで、どんな要件だったんだ?」
「それが・・・夏休みの間、この屋敷に間借りさせてほしいとのことで」
「ほぼ毎年のことだしそれくらいなら別に・・・あぁそうか」
ヘレーネ様が休暇中にこの屋敷で生活したいと申し出たらしい。前にもあったらしいが、その時とは違うことが1つ。
「灯華をどうするか、か」
「はい、一応屋敷内でも女装で過ごしてもらっていますが、とはいえ何か事故が起きてしまう可能性もありますし・・・一応保留にして、こちらから折り返し連絡することにしました」
「わかった。どうだ灯華。私からするとバレないとは思うし、藤田たちがいる分、学校よりカバーしやすいとは思うんだが」
「自信はあまりないです。なので柚希様が大丈夫だと思うのであれば私はそれで構いません」
「夏休みになるとユリア以外の使用人が休暇で居なくなってしまうんだ。それでユリア1人で屋敷の仕事をしなくてはならなくなってしまうんだ。それを聞いた私は3年前から休暇の間、ユリアとヘレーネを屋敷に招いてる・・・できれば数少ない友人だし、頼みは聞いてやりたい」
なるほど、そんな事情があったのか。
「かしこまりました。でしたら私は自分に出来る限りのことをしたいと思います」
「ありがとう、私もサポートする。じゃあ藤田、ヘレーネに連絡しておいてくれ。どうせあいつのことだ。明日にでもくるだろう。灯華、2階の客室、どこでもいいから2箇所用意しておいてくれ」
「はい」
そうか、明日からヘレーネ様とユリアさんもこの屋敷でしばらく生活するのか。夏期休暇に入って少し油断してた部分もあるから気を付けないと。
僕は階の客室へと入り、照明器具の点検や掃除を済ませる。柚希様の手前、大丈夫ですみたいなことを言ったけど内心不安だ。お屋敷内でも自室以外では気が抜けなくなってしまうな。
「それでは今日からお世話になりますわ」
翌日、ヘレーネ様とユリアさんが大きな荷物を持って屋敷にきた。
「ようこそお越しくださいました。お世話を担当させていただきます尾上灯華と申します」
一応お客様ということなので丁寧に挨拶をしたが、ヘレーネ様がにこにこしてるので僕まで釣られて笑いそうになってしまった。
「お荷物をお預かりします。ではお部屋へと案内させていただきます」
「いえ、私が持ちますから!」
ユリアさんは僕が預かったヘレーネ様の荷物に手を伸ばした。
「いえ、ユリアさんはお客様ですから」
それをするりと避けてそのまま案内する。
「むー」
やや不満そうだったが、ヘレーネ様の手前だったため、すっと引き下がった。
「こちらがヘレーネ様、こちらがユリアさんの部屋になります。何かご用件や必要な物がありましたら私にお声がけください。」
それぞれの部屋に荷物を置いた。
とりあえず案内は終わった。そろそろ昼食の準備を・・・いや、まだちょっと早いかなと思った矢先、ヘレーネ様に袖を掴まれた。
「ちょっとお待ちください。必要なのはトーカです、荷解きを手伝ってくださいな」
「かしこまりました」
「あ!ずるいですヘレーネ様!私だって灯華さんとお話したいです」
「早いもの勝ちですわ!オホホホホ」
勝ち誇ったヘレーネ様が部屋に入るのを確認してからユリアさんに耳打ちする。
「終わりましたらユリアさんの方も手伝いますから少しお待ちくださいね」
「はい!お待ちしてます!」
「ふーん。中々綺麗にしてありますわね」
ヘレーネ様は小姑のような感じで部屋のチェックを始めた。
細かいところの汚れなども無いかを確認された後、
「まぁ流石柚希の使用人ですわね。合格です。私の使用人になりなさい」
「すいません」
もう勧誘も慣れたもので、すいませんと断るまでが1つのネタとして成立していた。
「むぅ。ちょっと強気に誘ってみてもだめですか」
観念したヘレーネ様はトランクとキャリーバッグを開けて荷物を広げた。
「そういえば柚希は今何をしてますの?」
「本日は課題の制作をするためアトリエに居ます」
「あぁなるほど、でしたら挨拶はあとでもいいですわね」
あ、画材もある。そりゃそうか。休暇中はここにいるんだから制作だってここでするんだろうし。
次々と荷物を片付けているととある物が出てきた。
「っ!」
黒のちょっとえっちな下着が出てきて心臓が跳ねた。
「あぁ、下着はそっちのタンスに入れといてくださいな」
ヘレーネ様は特に何も思わなかったのか簡単に指示をするとすぐに荷物整理へと戻った。
下着と衣類をタンスに入れて、荷解きが終わった。
「それでは昼食のお時間にお呼びしますので」
「えぇ、着いたばかりですしそれまでここで休んでますわ」
「すいません、お待たせしました」
隣のユリアさんの部屋に行くと既に荷解きは終わっていた。
「あぁすいません、もう終わってしまっていたんですね」
「いえいいんです。できればこの屋敷の居る間、私も使用人として接していただいていいですから」
「ですが一応お客様ですので・・・」
まさかお客様に家事をやらせるわけにもいかない。たとえそれが友人でもだ。
「わかりました・・・でも自分のことはできますから大丈夫です。ヘレーネ様の方を優先で構いませんから」
そう言いながらユリアさんは小さな包装紙を取り出した。
「これ、灯華さんのために用意したんです。もらってください」
「ありがとうございます・・・開けてもいいですか?」
贈り物?一体なんだろう。
包装紙を丁寧に開くと中からは小さな白いリボンの付いたヘアゴムが出てきた
「これ、私が作ったんです、よければ使ってください」
「ユリアさんが作ってくれたんですか?」
とても可愛らしいヘアゴムだった。
「わぁ・・・ありがとうございます。大切にしますね」
ユリアさんの前で僕は髪を後ろで1つに縛る。
「どうでしょうか」
こうすると涼しいな。作業の邪魔になることもあるから自分でもヘアゴム用意しようかな
「とても素敵です!よかったです頑張って作ったので」
「ありがとうございます。大切にしますね」
ウィッグが外れてしまうのを恐れたため、一旦髪を解き、ヘアゴムを手首に付けた。
「これから掃除等もあって、汚れてしまうといけないので大切な時やみんなで遊びに行くときにつけさせていただきますね」
まさか贈り物をいただけると思ってなかったのでとても嬉しくなった。
そのうちお返しを用意しないとだな・・・。
はっ!喜んでしまったがこれヘアゴムじゃんか!男なのに嬉しくなってしまった・・・




