~郷愁~
今日から6月になった。
気温も徐々に上がり、薄着の人も増えてきたある日の放課後、ヘレーネ様は柚希様と神林様にとあるパンフレットを渡す。
「柚希はもう知ってるとは思いますが私の作品がこのコンクールに出品されてますの、その展示会が今日から始まってるのでよかったらいらしてください。一般客も審査をして、投票できるようなので」
それだけ言うとヘレーネ様は教室を出て行った。
「よし、灯華、車を出してくれるか?」
「はい、かしこまりました」
柚希様が諦めたコンクールだったので、一瞬行かないのではと思ったが、柚希様はそんな方ではなかったのを忘れていた。
「私も行きたい。一緒でもいいかな」
「あぁもちろん。ただ2台で行くのもあれだし、よかったらうちの車で行くか?」
「いいの?だったらそうしたい。今日はお兄様の送迎に車を使ってるからタクシーを使おうと思ってたんだ」
そういうわけでまとめて1台で展示会が行われている会場まで行くことになった。
僕が運転席、椿さんが助手席に座り、お嬢様方2人が後ろに座り、会場まで運転した。
都内なので、迷うことなく行けたのでよかった。
「結構大きなとこだな」
「そうだね」
入口で受付を済ませ、さっそく僕たちは展示されているホールへと入る。
「こっからは自由行動だ。灯華も私から離れてもいいぞ。自由に見てきてくれ」
「はい、ありがとうございます」
とは言ったものの美術にはあまり詳しくないし、とりあえずヘレーネ様の描いた絵を探してみようかな。
と、ここで展示されている絵には題名しかなく、誰が描いたかわからないようになっていた。
そういえば一般客でも投票できるんだった。誰が描いたかわからないようにすることである程度平等性を持たせているのかもしれない。
受付で貰ったパンフレットを確認すると、一般客の投票で一番票数が多かった作品は特別賞をもらえるようだ。
もちろん優秀賞などは審査員のみで決めるのだろう。それとは別に一般受けする作品も受賞できるというわけだ。
もちろんヘレーネ様の作品に入れたいとは思うが、作者名が記載されてないので難しいかな。
なら自分が一番気に入ったやつにしよう。
そう思って最初の絵からゆっくり見始めた。
「あっ」
思わず声が出てしまった。
その絵の前には柚希様、神林様以外にも数名の人が集まっていた。
描かれているのは風景画、とある町だ。
ライン川とネッカー川の合流地点近くにあり、その国で最も古い大学もあり、旧市街を見渡せる高台には城跡もある。観光名所としても有名なその町の名前は・・・
「ハイデルベルグか」
「ヘレーネ様らしいですね」
その絵のタイトルは『帰郷』
この絵を見た人は皆気づいただろう。
あぁ、この絵を描いた人はドイツ生まれなんだ、と。
この風景画からは不思議と郷土愛すら感じる。
手前には川、左手には橋、奥には街があり、そのさらに奥には緑の山。
なんて美しい町並みなのだろうか。綺麗な心がないとこの絵は描けないだろう。
ヘレーネ様が描き上げたのは誰にでもある故郷への郷土愛、それをひしひしと感じる素晴らしい絵だった。
その後、すべてを見て回ったけど、僕は迷わずにヘレーネ様の絵に投票をした。
ほかにも良い絵はたくさんあったけど、ヘレーネ様ならもしかして賞を取れるのではないかと、そんなふうに思えた。
会場から出た僕たちはカフェでしばらくお茶をしながら作品について少し語り合った。
時間があっという間に過ぎてしまい、今日はもう帰ろうということになったので、僕は車で神林様の家まで向かう。
助手席の椿さんから道を聞きながら運転し、ちょっと迷いそうになったけれど到着した。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「そうだな。今度はヘレーネも誘ってまたみんなでどこかへ行こう。次の長期休暇は夏休みか。ちょっと遠いな」
「うん。楽しみにしてるよ。また学校で」




