~お風呂大魔神藤田さん~
今回のコンクールは諦めることにした結果、このゴールデンウィークにやることが無くなってしまった柚希様はどうやら暇を持て余しているようだった。
「初めてだ。今までは時間があるならとにかく絵を描いていたのに・・・」
つい10分ほど前、柚希様は食堂で掃除をする僕を見つけると、話し相手を見つけたと歓喜し、テーブルに突っ伏した。
「今までずっと休むことなく走ってきたのですから、一回くらい休憩が必要なのだと思いますよ」
1日置いたからか、昨日の出来事があったけれどだいぶ落ち着いていた。
「ん、ヘレーネからメールか」
今回は諦めることをどうやら柚希様からヘレーネ様には伝えたようだ。
しばらくスマホを操作した後、返信を打ち終わったのか、再びテーブルに伏した。
「なぁ灯華」
「はい、なんでしょうか」
モップを掛けながら返事をする。
「君は休日はどのように過ごしてたんだ?」
「私は使用人ですので、あまりお休みという日はありません。世間でも専業主婦と呼ばれる奥様方は365日休みなしですから、それに近いかもしれませんね」
家事に休みはないので仕方ない。
「ですが、フランスで働いていた時、他の使用人たちはお休みをいただけると帰省したりしてました。住み込みが基本なので」
なつかしいな。先輩たち元気にしてるだろうか。厳しく叱られたこともあったけれど、そのおかげで僕は今、尊敬できる人の元で働けています、と感謝をした。
「私はお休みをいただいても帰れるところがありませんでしたから、お休みの日は勉強をしてました」
学校へと通えなかった僕は休日、自室で勉強をしていたことを思い出した。
「最初の頃はフランス語やテーブルマナーなど、それが問題なくなると数学や国語などの基礎的な知識の勉強をしました」
その勉強のために家庭教師まで付けてくださった奥様には感謝しかない。
「君も色々大変だったんだな」
「いえ、とても楽しかったですよ。最初の1年はフランス語がわからなくて苦労しましたが、お屋敷の先輩に日本文化が好きな人がいて、少しなら日本語がわかるからということで助けてもらってましたし」
アジー先輩ありがとう。フランスに戻る時にはたくさんお土産を持って帰ります。
「灯華ー藤田さんがそこ終わったら浴槽の掃除してってさ」
「はーい。ちょうど終わったとこなのですぐにやりますねー」
伝言を伝えると末永さんは再びお庭のほうへ戻っていく。
「ということのようなので、私はこれで失礼しますね」
今日は掃除担当の瀬川さんが体調が悪くてお休みしてるのでいつもより頑張らなきゃ
気合を入れ直して浴室へ向かった。
最後に柚希様に一礼して顔を上げると、いたずらを考えている子供のような顔をしていた。
「ふふっ・・・」
何か思いついたのか柚希様は自室の方へとやや駆け足で戻っていった。
屋敷内は走ると藤田さんに怒られますよ、と注意する前に声の届かないところまで行ってしまった。
なんだか嫌な予感がするが、とりあえず浴槽の掃除に行かないと怒られてしまう。
洗剤を希釈して床に撒き、デッキブラシでシャカシャカこすり始める。
ここの浴室はは大浴場と言っても過言ではないぐらいの広さなので掃除も大変だ。
結構な重労働になるのでわりとしんどい。いつもなら瀬川さんと2人でここを掃除するのだが、あいにく今日は僕1人だ。
藤田さんがお風呂好きのため、ここの手を抜くと一発でバレるうえに他の場所より厳しく叱るので本気でやらねばならない。
他の場所の掃除も残ってる上に1人なのでキッツいなーと思っていたら、脱衣室に誰かが入ってくる音がした。
もしかしたら誰か手伝いに来てくれたのかもしれない。
「手伝いに来たよー」
やっぱりそうだ!浴室は反響するから誰の声かわからなかった。小暮さんかな?琴山さんかな?それとも藤田さんだろうか。
ガラガラと、スライド式の脱衣所への扉が開く
「えっ」
「たまには手伝わないとな」
そこにいたのはメイド服を着て、デッキブラシを持った柚希様が居た。
「柚希様!?いったいどうして!?」
困惑しながらも、とりあえずデッキブラシは取り上げた。
「いや、今日は瀬川が休んでるし手伝おうと思ったんだが」
「いけません!お嬢様にそんなことさせられるわけないじゃないですか!!」
悪巧みしてるのはわかったけど、まさかの展開だった。
「迷惑だろうか」
「迷惑じゃないです、でも柚希様に清掃をさせたとなれば私が藤田さんに叱られます」
「バレなければいいんだろう?君と私が黙ってればバレない」
僕から無理矢理デッキブラシを取り返すと柚希様は床を掃除し始めた。
一瞬藤田さんを呼んで説得してもらおうとも思ったが・・・
「今藤田を呼んできたらこの場で裸にしてやるからな」
よくわからない脅しを受けてしまった。
僕、男なんですけど。
結局、柚希様と2人で清掃をすることになり、勝手のわからない柚希様に教えながらの作業になったため、いつもより忙しくなった。
でも楽しいのでこれはこれで良かったと思った。
「灯華さん?浴室の清掃はどこまで・・・」
「あっ」
手伝いに来てくれた藤田さんに見つかり、その日の夜、僕たちは2人で藤田さんに叱られた。




