~皆様、とても素敵なお召し物ですね~
そして翌朝、僕はいつもの時間に起きて朝食を用意し、お嬢様を起こしに部屋へと訪れた。
「おはようございます、お嬢様。朝食の用意ができております」
ドアをノックして声をかけるが中から応答は無い。
火災などの非常時に備えてドアにカギはかけてない・・・しかし勝手に入るのもいかがなものかと思い、部屋の中へと声をかけ続ける。
「お嬢様、開けますよ!」
中から物音が全く聞こえないのでお嬢様の体に何かが起きた可能性も頭を過ぎり、僕はドアを開けて中へと入った。
「・・・くー・・・」
どうやらお体は平気なようで、柚希様はまだベッドの中で眠っていた。
珍しいこともあるものだ、と思いながら側まで寄ってもう一度声をかける
「柚希様、朝でございます」
「・・・ん?・・・ん!?」
目を覚ました柚希様は僕の顔を見ると同時に跳ね起きた。
「申し訳ございません。何度も声をお掛けしたのですが返事がありませんでしたので」
「すまない・・・中々寝付けなくてな・・・寝坊なんて久々だ」
「朝食の用意ができております。私は先に食堂でお待ちしております」
それだけ言い残して部屋を後にする。
どこか大人びた雰囲気を感じさせる柚希様だが、お出かけの前の夜に眠れないなんて少し子供のようなところもあるのだな、と自分の主人が愛おしく思えた。
「では行ってくる」
「すいません。ありがとうございます」
「いってらっしゃいませ。灯華さんも楽しんできてくださいね。何かあったら連絡してください」
藤田さんの運転してくれた車から降りてお礼を伝えると、藤田さんは車を走らせて屋敷のほうへと戻っていった。
「にしても私達が最初か」
待ち合わせ場所に選んだのは表参道の駅前。
「待ち合わせの時間まであと15分ほどありますから。ここで待ちましょう」
どこかのお店に入って時間を潰すほどではないと思い、僕たちはこの場で待つことにした。
土曜日だけあってそれなりに賑わっているから見つけられるかやや心配だったが大丈夫そうだ。遠くにヘレーネ様が見える。
そのヘレーネ様に向かって手を振ると気づいてくれたようで、一緒に来たユリアさんとも合流できた
「あら、もう来てましたのね」
やはりヘレーネ様の金髪は目立つ。染めた髪とは違ってとても綺麗だ。
ドイツ人ということもあってか周りの男性の注目が集まる。
「あとは神林さんだけですね」
と、噂をすればなんとやらで、神林さんも駅の構内から現れた。どうやら地下鉄で来たらしい
「私が一番最後か。待たせてしまってごめん」
「いや、定刻前だし問題ないさ。しかし神林さんは電車に乗れるのか・・・」
「私もどうやって乗るかわかりませんわ。チケットを買うのですよね?」
電車に乗ったことないお嬢様達に神林さんも少し驚いたようだ。
「日本の電車は時間ぴったりと聞きましたが本当なのですか?」
フランスの電車は10分くらいのズレは普通だったので、分単位までぴったりに合わせて運行するというのはにわかに信じられなかった。
「うん。時間ぴったりなことがほとんどだよ。ただ、地下鉄は臭いがするからあまりおすすめできないかも」
「それは私も思いました。ドイツから東京に来たとき、あまりの臭いに立ちくらみがしましたもの。今はもう慣れましたが」
それは僕も思っていたことだ。空気に臭いがあるのは初めての感覚だったので戸惑ったが、元々臭いには鈍感なのもあって今のところ平気ではある。
と、ここでユリアさんが小さく手を上げる。
「どうしましたの?」
「あの、すごく注目されてますので場所を変えませんか?」
言われてみれば、どこを見渡しても僕たちを見ている気がする。
「そうだな。とりあえず近くのカフェにでも入ろう」
こういう時もリーダーシップを発揮するのは柚希様らしいな、と思いつつ後についていく。
「それにしてもトーカは私服姿も良いですわね」
まさか褒められるとは思っていなかったので慣れない靴だったこともあり転びそうになってしまった。
「私より皆様のほうがとても素敵ですよ」
末永さんの見立ては間違っていなかったようで嬉しくなった。
って、嬉しくなっちゃダメだ。これ女装だった・・・。
雰囲気が良さげなカフェに入り、6人掛けの場所が無かったので、お嬢様3人組と、使用人3人組で分かれて隣同士のテーブルに座った。
「お待たせいたしました」
店員さんが僕たちの分の紅茶を運んできた。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うと、その女性店員はニコっと笑って戻っていた。
「いつもは用意する側なので違和感がありますね」
ユリアさんは小さく笑いながら紅茶にミルクを入れた。
「そうですね、なんだかこそばゆくなってしまいます」
僕もストレートのまま紅茶を一口飲んだ。
「前から思っていたのだけれど、灯華さんってもしかして良家の生まれなの?」
椿さんが僕のほうを見て言った。
「いえ、普通の家庭です。ただ、母がマナーに関してはしっかりと教えてくれました」
もしかして男と疑われてるのだろうか、そんな不安が頭を過ぎる。
「そうだったんだ。仕草にね、気品があるからもしかしてって思ったの」
「それ、私も思ってました。なんだかメイドじゃなくてお嬢様みたいって思いましたもん」
「そ、そうですか?」
自分では全く意識してなかった。もちろんマナーだとか丁寧な仕草とかには気をつけている。しかし気品なんて意識したことなかった。
「いいことだと思うよ。メイドの質が良いのはお嬢様にとっても益だから」
「お二人も素晴らしい方だと思います。見習わなきゃいけないところもたくさんありますから」
そんな雑談をしながら軽食を取り、気づけば1時間も経過していた。
「そろそろ行こうか」
支払いを黒いカードで済ませたお嬢様たちにお礼を言う
「ごちそうさまです。本当にお金を出さなくてよかったのですか?」
「この程度の金額を出し合うのも面倒だしな。次の機会は別の人が払う方式でいこう」




