~嵐の予感~
「では一通り自己紹介も済んだので授業の大まかな説明をします」
福田先生は神林さんと柚希様の簡潔すぎる自己紹介に苦笑いしながらも先へと進める。
「美術科なので当然美術の時間が一番多いです。1日の半分は美術だと思っていただいて構いません。次に多いのが芸術科目です。これは演劇であったり、映画観賞であったりと感性を磨くための授業で、美術とはまた違いますが、同じ芸術を学ぶことで得るものがあるはずです。こちらも積極的に取り組んでください」
そして、と福田先生は薄い教科書を掲げる
「一般科目はほぼありません。こちらを勉強したいのであれば普通科に編入してください。申請があれば私まで言いにきてください」
さすが美術科だな、と思った。
「それで美術の時間ですが、基本的には自由に制作してもらいます。もちろんこちらからモデルを指定して提出してもらうこともありますが」
教室の雑談が止まり、皆先生に注目している。
「もちろん持ってくればアドバイスしますし、相談にも乗ります。そして評価についてですが、今学期末に作品を提出していただき、それだけで評価します。どれだけ提出していただいても構いません。ただしクオリティの低い物に関しては減点です。盗作や他人の作品を自分のと偽って提出した場合は退学になる場合もありますので注意してください」
高評価を取るなら良い作品をどれだけ提出できるか、ということになるのか
「なんだ、わかりやすくていいじゃないか」
柚希様はこの方針に納得したようだ
「ではさっそくですが、初日なので軽くデッサンでもしましょうか。鉛筆だけ持って美術室に案内しますのでついてきてください」
福田先生が教室を出て行ったので、次々と生徒が後を追う。
同じ階の一番奥まで行くと教室2つ分くらいの大きさの部屋があった。
「ここが美術室になります。イーゼルやパレットなど一通り用意してありますが、自前の物でも構いません。持ち込むのに特に申請などはいらないので自由にしてください。」
あ、絵を描くときにキャンバスを乗せるスタンドみたいなやつってイーゼルっていうのか。
柚希様に買い物を頼まれて画材を用意することもあるだろうし、そこらへんは少し勉強しておく必要があるな。
「今日はまだイーゼルを用意してない方しかいないと思うので、自前のは次回から使ってください。今回は学校の備品を使いましょう。お付きの人は手伝っていただいてもいいですか?」
柚希様に伺うと「行ってこい」と許可をいただいたので教室の隅にあるイーゼルを福田先生の指示の通りに等間隔で並べる
中央の台座に籠に入ったリンゴが3つあり、その周りに円形にイーゼルを並べた。
「はい、ありがとうございます。ではさっそく始めましょう。お付の人は控え室を用意してありますので、そちらに行っていただいても構いませんし、ここに残っていただいても構わないです」
「別に控え室に行ってもらっても構わないぞ」
とお優しい柚希様はおっしゃってくれた
「いえ、せっかくなのでここで見させていただこうと思います」
「ふん、勝手にしろ」
と言いつつちょっと嬉しそうだった
柚希様の隣にヘレーネ様が座る。
「ここで描いてもいいかしら?」
とヘレーネ様は聞くが、既にデッサンを始めていた柚希様は適当に返事をする。
それに理解を示しているヘレーネ様はすっと座り、彼女自身もデッサンを始めた。
「ではすいませんが色々と所用がありますので少し離れます。1時間後に戻ってきますのでそれまでやっててください。特に提出などは求めませんので」
それだけ言うと福田先生は教室から出て行った。
提出が無いとわかったからか、数名の生徒がデッサンを放り投げて雑談を始める。
おおよそ美術とは関係の無い話なのはここからでもわかった。
まぁ僕も全員が柚希様のようにやる気がある生徒だとは思っていない。
しかし話し声がいくらか大きく、真面目にやってる人からすれば迷惑でしかないのも事実。
「・・・ちっ」
さすがに柚希様も思うところがあるのか露骨に機嫌が悪くなった。
「私が行って来ましょうか?」
「放っておけ。初日から波風は立てたくないし、君の体のこともある、無理に目立つ必要もない」
柚希様は僕にしかわからないように小声で言った。
それから30分くらいが経っただろうか、依然として話し声は止まず、それどころか人数が増えてより大きくなっていた。
「・・・」
あれ以来無言でデッサンを続ける柚希様だが、鉛筆を持つ手が震えるくらいには怒っていた。
そしてついに限界を迎えたのか、柚希様は鉛筆を置いて立ち上がろうとした、まさにその瞬間
「ちょっとうるさいんじゃありません?雑談に興じるのも結構ですが、真面目にやってる方もいます」
ヘレーネ様が静かに立ち上がって窘めた。
その言葉を聞いて、一瞬教室が静かになった。
これで一安心と思った矢先、再び雑談が始まる。
「っ!!」
これにはさすがのヘレーネ様も苛立ちを隠せない様子だった。
「あなたたちいい加減に--」
今度は大声を出そうとした瞬間、今度は別の人物が怒りを爆発させた。
バン!と大きな音がしてイーゼルが倒れる。
「うるさいんだけど」
大きな音は神林様がイーゼルを蹴り倒したから発生したのだった
「・・・」
これにはさすがにおしゃべりをしていた生徒も絶句する。
神林様はちょうど向かいに座っていたのでキャンバスとイーゼルは柚希様の近くまで飛んできた。
一応身を守るために柚希様の前に体を入れたが杞憂に終わった。
「大丈夫でしたか?」
目立たないように小声で柚希様に確認するとニタリと笑う。
あ、この顔は何かイタズラを思いついた時の顔だ
「め、目立つのは嫌だったのでは?」
この後に起きることを予見した僕は止めようとしたが無駄だった
「おい、神林さん」
わざと大きな声で向かいの神林様に声を掛ける
「気持ちはよくわかる、君があと一瞬耐えたなら先に私が同じことをしていたからな。ただうちのメイドに危害が及ぶのは私としては許せない。だから・・・」
と、そこまで言うと柚希様はイスから立ち上がり、騒いでいた生徒の目の前に行った。
そしてゆっくりと右足を上げると、騒いでいた生徒のイーゼルを蹴り倒した
「蹴るならこっちにしてくれ」
そこは配慮したのか蹴り飛ばしたイーゼルは誰にも当たらない方向へ倒れた。
教室内の空気が完全に凍りついた。
柚希様はフンと清々しい顔をして振り返ると、真っ直ぐ戻ってきて、デッサンを再開させた。
 




