~すべてのはじまり~
母から貰った唯一のもの、それは言葉だった。
「これから先、どんなに辛いことがあっても逃げてはダメよ。立ち止まってしまうことがあるかもしれない。道が途絶えてしまって進めなくなることもあるかもしれない。それでも、決して逃げてはダメよ。良き友を見つけなさい。必ずあなたの支えになり、途絶えた道の先を示してくれるかもしれない。だから多くの友を持ちなさい」
8歳の僕にはまだ理解のできないことだった。
それでも、外出の許されない小さな家での神は間違いなく僕の母親で、その言葉が間違っているとは思わなかった。
だからこそ、この言葉は10年経った今でも一言一句忘れずに覚えている。
母はとても病弱な人だった。それでも僕を守るために多くの人に立ち向かっていた。
誰の助けも得られず、心労に倒れ、そして亡くなった。
葬式も行われず、最初からいなかったかのように扱われた母、その子供の僕も当然歓迎されるわけがなかった。
『妾の子』そう呼ばれている僕は母が亡くなったため、行く場所がなくなってしまった。
長光一家は大正時代から続く名家で、不動産を生業として成り上がった、いわば成金である。
現在のご当主は清廉様で、3人の子供がいる。長男の智明様は若くして病で亡くなられた。
次男の隆道様には美智代様という奥様がおり、ゆり様という娘もいる。
そして、三男の澄司様、つまり僕の父親だが、父には悠美様という奥様がおり、2人の兄妹がいる。
しかし僕は悠美様の子供ではない。
澄司様には家政婦の愛人がおり、そしてその愛人こそ、僕の母、晴美である。
本家筋の子供ではないので、家族の場に居合わせたことも無ければ、母以外に長光家の人とは誰とも会ったことすらない。
当然なのだろう、だって僕は恵まれて生まれた子ではなかったのだから・・・。
あー家族の話はここまでにしようと思う。今思い出してもあまり良い記憶ではないからね。
どこまで話したっけ?あぁそうだ、母が亡くなるところまでだったね。
それから僕はフランスに行くことになったんだ。
フランスで、ブリエンヌ家でお手伝いとして働くことになったんだ。
どうやら長光家と仲が良い家系らしくてね、今までに比べれば格段に良い待遇だったんだ。
3食付きで、寝床も用意してくれてて・・・もちろん大きなお屋敷のお手伝いは大変だったし、最初はフランス語もわからないから意思疎通が難しかったし、それでも僕は今までで一番幸せだったんだ。
ここに母がいればもっと幸せだったと思う。
でもそれは無理だと当時の僕も理解できていたし、なによりそこの家の奥様は母がいない僕の母親になってくれようと親身に接してくれたんだ。
勉強も教えてくれたし、必要ならと様々な習い事も習わせてくれた。きっと子供のいない奥様にとって、僕は本当の子供のようだったんだと思う。
僕はこのまま一生この家でお手伝いとして生きていくと思ったんだ。
でもそれは突然の出来事だった。
僕が18歳になったころ、今までずっと連絡のなかった長光家から連絡があったんだ
僕はもう長光家のことなんて忘れかけていたし、日本語すら忘れかけていたんだ。
「詳しい内容は話せない。まずは日本へ戻ってこい」
電話での内容はそれだけだった。
どうして日本に戻るのか、もうフランスへは帰って来れないのか、それすらも教えてくれなかったんだ。
「いってらっしゃいミズキ。私達はあなたが帰ってくるのを待っているわ」
奥様は僕を優しく送ってくれた。
そして、僕の人生を変える3年間が始まったんだ