第四章 睡蓮の『灯』り 旅館視点 PART2
6.
「えっ、明日追加ですか?」
「ああ、別に問題ないだろう。一つ部屋はあいていたんだから」仙一郎は何事もないかのようにいう。
「困ります。明日はあなたのお客さんのために万全を尽くしてきたのよ。一人加わるだけで配膳の量だって変わるし。サービスの質だって……」
「何をいってるんだ、お前は」仙一郎は顔をしかめた。「一人追加になっただけだろう。それくらいの変更で何を騒いでいるんだ」
「今から変更できないの? 私が直接電話するから」
「できるわけがないだろうっ」彼はテーブルを叩いて唸った。「今から断わる方が旅館のイメージダウンに繋がるだろう。それくらいお前にはわからないのか?」
「わかっています。でも明日のお客様のサービスの質を……」
「うるさいっ。俺が社長だ。俺が決めたことにとやかくいうな」
雪花は(せつか)黙るしかなかった。仙一郎がこういった手前変更することはない。
「じゃあ、料理長にも宜しくいっておいてくれ」
そういって仙一郎は大股で受付から出て行こうとした。だが途中で足を止めこちらを振り返った。
「前にもいったが明日は風呂を改築する。きちんとしたもてなしを心がけろよ」
雪花の中で張っていた最後の糸がぷつんと切れる。私の最も思い出のある場所を彼は壊すといったのだ。それも伝統を失墜させるような西洋風に変えられてしまう。
……もうこれで私を縛るものはなくなった。
雪花は戸惑っていた心を引き締めた。明日の計画はやはり実行に移さなくてはならないらしい。
しかしまずいことになった、とも思った。今まで電話の応対をしたことがない彼のおかげで計画が大幅に狂ってしまったのだ。このままでは由佳里と築き上げてきたものが台無しになってしまう。
部屋が空いていたのは人数調整するためだ。そのために明日の客は全て優待券を持った客しか入れないというのに。
頭を捻るが、いい方法が浮かばない。今から追加で材料を注文したら足がついてしまう。つまり刑事の目をごまかせなくなるということだ。全ての料理の量を平等に分けることなどできるのだろうか。
料理室に向かい由佳里に相談すると、彼女も狼狽を隠せないでいる。
「お母さん。どうするの? 高知産の野菜だってあるし、今から注文しても間に合わない。やっぱり諦めた方がいいんじゃ……」
「それはできないわ」雪花は大きく首を振った。「これ以上あの人に任せていたら全てを壊されてしまう。何としてでもあの人を止めないと……」
「でもあの韮だけはこれ以上増やせないよ。人数分だけ準備していたんだから」
「そうよね……」
そういって雪花の頭に一つの閃きが生まれた。
仕方がない、こうなれば奥の手を使うしかない――。




